――婚約者?桜子の鼓動が、一拍だけ飛んだ。思わず目を見開き、万霆の整った横顔をまっすぐ見つめる。隼人の瞳には、張りつめた緊張と不安が溜まっていた。身体は限界まで引き絞られた弓のように強張り、次の瞬間には駆け寄って桜子の手を掴み、何もかも捨てて連れ去ってしまいそうな気配すらある。顔色を崩したのは、光景や本田家の面々も同じだった。とりわけ昭子は、心臓が胸の中で暴走しているかのように落ち着きを失い、鋭い視線で桜子を睨みつける。もっとも、口調だけはあくまで嘲りを帯びていた。「まあまあ……桜子様に婚約者がいらっしゃるなんて?」昭子はわざとらしく声を張り上げる。「いったい、どこの御曹司がそんな幸運を手にしたんでしょうね。高城家と縁組できるなんて」光景は歯を食いしばり、吐き捨てるように言った。「高城家がどこと縁組しようが、宮沢家とだけはあり得ない」昭子は口元を歪め、胸につかえていたものがすっと落ちるのを感じた。一方、フレッドの表情は目に見えて陰った。万霆が娘を守るため、とっさに作った口実――そう受け取ったのだ。競馬場で桜子と隼人が親密だったことは知っている。だが、M国の上流社会ではそんな関係は珍しくもない。ただのいい仲にすぎない、という認識だ。もし本当に婚約者がいるなら、競馬場の時点で公にしていただろう。今になって持ち出すのは、どう考えても不自然だった。アンドリューは変わらぬ笑みを浮かべ、穏やかに尋ねる。「なるほど。お嬢様にはすでに婚約者が?それはおめでたいですね。いったい、どちらのご子息がそんな福を授かったのでしょうか?」その一言で、会場の好奇心は一気に煽られた。万霆は淡い、しかし嫌味のない笑みを保ったまま――ふと、深い視線を何気なく隼人へと流す。その視線の先を追ったフレッドは、誰を見ているのか悟った瞬間、奥歯が軋むほど歯を噛みしめた。「うお……っ、隼人!」優希は喉元を押さえながら、男の腕を狂ったように揺さぶる。「俺、見間違えてないよな?!今、万霆さん……完全にお前見てたよな?!」興奮しきった様子は、まるでミーアキャットだ。隼人は荒い呼吸を抑え、額に滲む汗を気にも留めず、低い声で答えた。「……期待しすぎるな。フレッドの好意を断るための口実かもしれない」「じゃあ、なんでこっちを見るんだ
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