All Chapters of 元カレのことを絶対に許さない雨宮さん: Chapter 101 - Chapter 110

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第101話

凛はちらりと確認した。村井新一(むらい しんいち)、スターズ法律事務所のシニアパートナーで、瀬戸家の専属弁護士として名高い敏腕だった。乱れた髪をそっと耳にかけ直し、凛は小さく礼を述べた。「ありがとう」瀬戸家は国内でも屈指の弁護士チームを抱えている。その彼らが前に出てくれることで、面倒な手続きをいくつも省くことができた。もはや凛にとって、これはお金で片付くような問題ではなかった。時也が顔をこちらに向けた。漆黒の瞳に微かに笑みを浮かべながらも、その奥には少し真剣な色が宿っていた。「俺は善人じゃないし、むしろまともな人間ですらない。被害者がお前だったから、こうしているだけだ……」夜風が吹き抜ける中、凛は彼の目を避けて、静かに海の方を見つめた。「さっき、なんて言ったの?聞き取れなかったわ」時也はふっと笑った。「そっか。聞き取れなかったなら、もう一度言おうか。聞きたい?」凛は黙っていた。その必要はない。……同じ夜の下、ホテルのウォーターヴィラの一室。晴香は鏡に向かい、真剣な表情でパックを貼っていた。やっぱり高いものには理由がある。以前は手が出なかったパックや美容液も、いまは欲しいと思えば、いくらでも手に入る。海斗のサブカードが手元にある以上、どれだけ使っても彼がとがめることはなかった。この高級品を使い始めてから、肌の調子まで良くなった気がする。海斗はソファに腰を下ろし、ひっきりなしに振動し続けるスマートフォンに眉をひそめた。「晴香、携帯鳴ってるよ」「ああ、それ出なくていいよ。どうせまた担任からでしょ、ほんっとにうるさい!毎日毎日……」「担任?」「そう。出発前にちゃんと休暇届を出したのに、何度も電話してくるのよ。そこまでする必要ある?」そう言いながら、晴香はうんざりしたように目をくるりと回した。「……で、その休暇届って、ちゃんと承認されたのか?」「たぶんされたと思うけど?されなくても別に問題ないし。もう海外に来ちゃってるんだから、大丈夫よ。みんなこんなもんよ」海斗は何も言わなかった。「ちょっと外の空気吸ってくる。続けていいから」「えー、行かないで、もう少しで終わるから、ちょっとだけ待ってて……」だが、返ってきたのは彼の背中だけだった。海斗の脳裏にはまた凛の姿が浮かんでいた。大学時
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第102話

必要とされる感覚、心配されている感覚、たまらなく心地よかった。そして、それは凛には与えられないものだった。けれど、いざ晴香と実際に付き合ってみると、何かが足りないような気がしてならなかった。何が足りないのか、自分でもうまく言葉にできなかったが。歩いているうちに、いつの間にか海辺へと出ていた。ふいに足が止まった。視線は冷たくなり、表情もみるみる険しくなっていく。少し先のビーチチェアには、凛と時也が並んで腰かけ、何やら楽しそうに笑いながらグラスを傾けていた。晴香は、パックを終えたあと急いで美容液を塗り、彼を追いかけてきた。けれどヒールのある靴では砂浜が歩きづらく、ようやく追いついたときには息が上がっていた。「ダーリン、どうし……たの?」彼の視線の先をたどった晴香は、そっと無邪気に笑って言った。「凛さんと瀬戸さん、ずいぶん仲良さそうね?一緒にお酒まで飲んでるなんて」海斗は、無表情のまま黙っていた。「さっき遠くから見たとき、カップルかと思っちゃった。でも、よく見るとあの二人って案外お似合いよね。ねえダーリン、これって偶然?たまたま凛さんも瀬戸さんもモルディブに来てて……まさかとは思うけど、約束してたってことない?……いや、たぶん偶然だよね。私の勝手な想像だけど」そう言いながら、晴香はそっと海斗の腕に抱きついた。「夜の海辺って風が強くて、けっこう寒いわ……ハクション!」追いかけてくるとき、彼女は肩を出したストラップのドレス一枚で、ストールを持ってくるのをすっかり忘れていた。本当に少し寒かった。だが――彼は微動だにせず、上着を脱いで掛けてやろうとする素振りすら見せなかった。海斗はその場にじっと立ったまま、表情はひたすら冷たく、隣にいる晴香が思わず身震いするほどだった。彼女は、思わず指先に力を込めた。胸の奥に渦巻く嫉妬を、どうにか押し殺しながら。それでも顔には、あどけない無邪気さを貼りつけたまま、笑みを浮かべてみせる。「ダーリン、本当に寒いの。ね、もう戻ろう?いいでしょ?」しかし、海斗は彼女の腕をすっと引き抜き、無言のまま背を向けて歩き出した。晴香はその場にぽつんと取り残され、一瞬呆然とした表情を浮かべたが、すぐに我に返って追いかける。「ダーリン、待ってよ……」その途中、彼女はふと振り返り、遠くに
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第103話

何度も彼女があれほど積極的だったのに、彼はまったく動じなかった。彼女にはどうしても理解できなかった。いったい彼は何にこだわっているのか?まさか、凛のために「貞操を守っている」つもりなのか?笑っちゃう話だ。部屋の中——海斗は明かりを消して眠ろうとしたが、目を閉じるとすぐに、凛と時也が海辺で酒を飲み、風に吹かれながら笑い合っている光景が頭に浮かんできた。そのせいで一晩中寝返りを打ち、ほとんど眠れなかった。翌朝。目の下にクマを作ったまま、海斗は西岸レストランで朝食をとっていた。晴香が彼の腕にそっと手を添え、終始慎重な様子だった。ちょうどその時、別のエレベーターから時也が出てきて、向かいに立った。狭い場所での鉢合わせ。二人の間に張りつめた空気が走る。そこへちょうど、凛とすみれが別の入口から現れ、時也はにこやかに歩み寄ってきた。「やあ、お二人とも、おはよう。昨夜はぐっすり眠れたか?」彼は自然な口調で、気さくに声をかけた。だが海斗には、それが計算ずくの態度にしか思えなかった。すみれがうなずく。「まあまあね」凛は言った。「蚊がちょっと多かったけど、それ以外は快適だったわ」時也は言った。「じゃあ、一緒に朝食でもどう?」すみれは「いいわよ」と応じた。三人は連れ立って店内へと進み、海斗は完全に無視された。不機嫌そうにその後を追おうとしたところで、時也がふいに振り返り、言った。「そうだ、忘れ物してた。先に行っててくれ、すぐ行くから」すみれは軽く手を振って応じた。「はいはい、行ってらっしゃい」だが時也が向かったのは部屋ではなく、まっすぐ海斗の前。「何のつもりだ?」海斗が眉をひそめて睨む。「ちょっと来い。話がある」時也はそう言い残し、さっさと非常階段のほうへ歩いていく。海斗は彼の横柄な態度に苛立ちながらも、話の内容が凛に関するものだと察して、しぶしぶ後を追った。――レストラン。すみれは、今日の凛が時也に向けた態度がいつもと違うことに気づき、こっそり彼女の腰をつついた。「さっきの見てたわよ。あんたって、海斗以外の男にはいつも塩対応じゃなかった?どうしたのよ、心境の変化?恋愛再開でもしようって?」「……何言ってるの。助けてくれたからお礼を言っただけよ。そういうの、もう変なふうに言わない
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第104話

彼は馬鹿ではなかった。凛にあの事故が起きた直後から、こういう可能性もあると察していた。だからこそ、真っ先に監視映像の確認を求めた。最終的に出た結論は「偶然」だ。サメも、酸素ボンベの件も。時也は眉を寄せた。「いいから話を聞いてくれ……」だが海斗はその手を振り払うと、冷たく言い放った。「忠告しておく。凛に近づくな。そうじゃないと――ただじゃおかない」時也は立ち去る海斗の背中を見つめ、眉を少しつり上げた。晴香のことには一言も触れなかった。まったく気づいていないのか、それとも意図的に伏せているのか?一方その頃、晴香は不安そうにその場に立っていたが、険しい表情のまま近づいてくる海斗を見つけると、すぐに作り笑いを浮かべて彼の腕にすがりついた。「ダーリン、待ってたんだよ。ね、一緒に朝ごはん行こ?もうお腹ぺこぺこ……」言いながら、ぷくっと頬をふくらませて、甘えたような仕草を見せる。海斗は軽く「うん」と返すと、腕を引き離すことはしなかった。視線を上げてあたりを見回すと、凛の姿はすでに消えていた。ポケットに手を突っ込みながら、彼は内心で舌打ちする。――やっぱり、時也のやつ。あの話、最初から狙いがあって仕掛けてきたんだ……凛は島で数日を過ごすうちに、ここがただ景色がきれいなだけでなく、開放的な空気に満ちた場所だと気づいた。世界中から観光客が集まり、肌の色も言葉もバラバラなのに、不思議と会話は弾む。そんなある朝、レストランを出たところで、目の前から歩いてきた「黒い美女」とぶつかりそうになった。ドレッドヘアに蛍光グリーンのビキニ。華やかで野性的な美しさが目を引いた。その女性は凛の視線に気づくと、にっこり笑って情熱的に投げキッスをしてきた。凛は彼女の美しさと色気にドキッとして、顔を赤らめ、思わずむせかけた。すみれが気づいて振り返る。「大丈夫?風邪でもひいた?」「ううん、ただちょっと気になって。今日ってなんでこんなにビキニの人が多いの?」海に囲まれたこの島では、水着姿の人は珍しくない。けれど今日のように、どこを見てもビキニとショートパンツばかりという光景はさすがに目を引いた。「えっ、知らなかったの?!」すみれは目を丸くした。凛はきょとんとして答える。「何が?」「まったく……モルディブに来たのに何も下調べしてな
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第105話

凛が「これは無理」と叫びたくなったのは、胸元を覆っている手のひらサイズの布切れだった。恥ずかしすぎる……「ダメ、やっぱり着替えてくる!」「ちょ、待って!」すみれが慌てて凛の腕をつかんだ。「なに着替えるのよ?このままで全然いいじゃない。あんた、あの何も着てないみたいな人たち見てみなよ。誰も文句言ってないでしょ。なんであんただけそんなに恥ずかしがるの?」「すみれ、お願いだから放っておいて……これ、無理。外に出られない」「やだってば……」そのとき、すみれのスマホが鳴った。彼女はその隙を逃さず、すっと体を引いて逃げ出した。「構わないで、自分の青い目の子犬ちゃんと遊んでなさい!」どうにもならず、すみれはため息をついて外に出て、仕方なく電話に出た。……「ねえ、ダーリン。この服どう思う?」「うん」海斗は顔も上げずに生返事。晴香は別の服を手に取った。「じゃあこれは?ちょっと地味すぎる?」「まあまあだな」「じゃあ、これは?ちょっとセクシーなデザインかも……」鏡の前でいろんなポーズを取りながら、ふと海斗がずっとスマホをいじっているのに気づく。――一度たりとも見てない!眉間にしわを寄せ、目を見開いたその瞬間、何かを思いついたのか、晴香の表情はふっと和らいだ。「ダーリン〜」晴香は蝶のように海斗の胸に飛び込み、甘えるように言った。「この3着、どれがいいと思う?」海斗はスマホから目を離さず、適当に指さした。「それでいい」「やっぱり!私もそれが気に入ってたの。やっぱり心が通じ合ってるのね〜」そう言いながら、彼女は下唇を噛み、甘えるような声で続けた。「じゃあ……着て見せてあげようか?」「うん」晴香はすっと立ち上がり、そのまま彼の目の前でスカートを脱ぎ始めた。そしてブラのホックに手をかけたそのとき、ようやく海斗が顔を上げた。けれど、目の前の艶めかしい光景も、彼にとってはただの空気だった。しかも眉をひそめて、一言。「何してるんだ?」晴香はバツが悪そうに動きを止め、その場で固まった。「……更衣室があるだろ」えっと……「……じゃあ、行ってくるね」彼女はあわててスカートを拾い上げ、そのまま飛び出した。しばらくして着替えて戻ると、海斗はすでにスマホを脇に置き、疲れたようにこめかみを揉んでいた。今回の
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第106話

だが海斗は、まるで限界まで疲れていたかのように目を閉じると、すぐさま眠りに落ちた。周囲のざわめきにも、まるで耳を貸さなかった。「ワオ!」突然、外国人のイケメンが大げさな声を上げる。「すごく綺麗だ!」晴香が思わずその視線を追うと、黒のセパレートタイプのスカート風ビキニをまとった凛が、隣の砂小屋から出てくるところだった。白いシースルーのスカーフを首元に無造作に巻きつけ、海風にふわりと舞い上がる様子が、なんとも気品と躍動感を感じさせた。「うわあ、シャネルだ!本当に美しい!」晴香は横目で男を睨みつける。「……そんなに美しい?」外国人はまるで詩人のように熱弁を振るった。「君、シャネルの創業者、ガブリエル・シャネルをご存知?黒のドレスに白いヴェールをまとい、パリのシャンゼリゼ通りを歩くあの姿。風がドレスの裾を揺らし、ヴェールが空に舞う……そんな感じなんだ」晴香は歯を食いしばり、声を低くした。「じゃあ私は?私も綺麗でしょ?」「もちろん、とっても綺麗だよ」男は笑顔で即答した。「じゃあ……彼女と比べては?」「うーん、紳士として答えるのは難しいけど……でも、あえて比べるなら、あの女性のほうが美しいかな」その瞬間、晴香の表情は完全に凍りついた。実際、彼女はすらりとした長身に色白の肌、背中に無造作に流した波打つ髪――大人の色気と洗練された美しさを持ち合わせた魅力的な女性だった。一方の凛は、比較的控えめなセパレートタイプのスカートビキニを身につけていた。裾は太ももの付け根までしっかりと覆い、色も目立たない落ち着いた黒。それなのに――彼女の肌はあまりに白く、その黒がかえって彼女をまるで輝いているかのように際立たせていた。首元には一枚の白いシースルースカーフがふわりと巻かれ、ほんのりと肌を隠しつつ、隠しきれない色気を漂わせている。その儚げで繊細な佇まいに、周囲の外国人たちは目を奪われていた。こんな古典的で奥ゆかしい美しさ、彼らは見たことがなかった。珍しいものこそが価値あるもの。カラフルで露出度の高い水着を着た美女たちの中で、凛の控えめな装いはまるで一輪の白百合のように浮かび上がっていた。清楚で、気高くて、誰とも似ていない。まさに唯一無二の存在だった。だが、晴香を本当に怒らせたのはこのあとだった。ずっと目を閉じて休んでいた入江海斗が、
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第107話

結果、バラは次から次へと凛の手元に集まり、どんどん増えていった。「……え?」すみれは唖然とした顔で凛を見つめた。(ちょっと待って、私の想像と違うんだけど?)「……え?」凛も困惑した表情で首を傾げた。(助けて、こんなはずじゃなかったのに……)「……っ!」人混みの中、海斗の目が大きく見開かれた。晴香は、自分の手に残ったほんの数本のバラを見つめながら、悔しさで目に涙をためていた。この男たち、目でも悪いの!?凛なんて、さっきの黒いビキニを脱いで、途中から地味なワンピースの水着に着替えたっていうのに!あんなの、正直ダサすぎるでしょ!なのに。そんな凛に、海斗は完全に目を奪われていた。彼女は、広いつばのある編み込みの帽子をかぶり、そこに淡い色のリボンが結ばれている。デザイン自体はごくシンプルなのに、彼女が身に着けると、それだけで洗練されて見え、上品さと高貴さが漂っていた。彼女がそこに現れただけで、その場にいた男たちの視線が一斉に引き寄せられた。けれど、本人はそんなことにまるで気づいていない様子で、すみれと並んで話しながら、ときおりふっと微笑んでいた。その笑みがまた、周囲の視線を引きつけて離さなかった。「悔しいか?」いつの間にか海斗の隣に現れた時也は、怒りで血走った彼の目を見てふっと笑い、視線を遠くへと向けた。「彼女は、最初からお前の所有物なんかじゃなかった」海斗は拳を握りしめたまま、黙っていた。「彼女は、お前が思ってるよりずっと輝いてる。だから、お前じゃもう隠しきれない」時也は、どこか尊敬と憧れが入り混じったまなざしを凛へ向けた後、静かに顔を戻して口元にうっすら笑みを浮かべた。「大事なバラを失って、今さら後悔してるか?でももう遅い。彼女はもう、お前のものじゃない」その瞬間、風を切って拳が目の前をかすめた。時也はほんの数ミリ先の拳を見つめながら、目を細めた。「いつも取り返すチャンスがあると思うなよ」海斗は口の端を引きつらせ、笑った。「そうだな。でも、忘れるなよ。彼女は、俺が育てたバラだ」「彼女が今の彼女になるまで、俺がずっとそばで見てきた。あの美しさも、今の暮らしも、すべてに俺の影がある。俺たちは6年一緒にいたんだ。お前にわかるか?彼女が何を好きで、何を一番嫌ってるか」海斗は、皮肉を込めた笑みを浮かべながら、ま
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第108話

箱の中から、突然蛇が飛び出した!白と黒の環状模様、細く鋭い尾――明らかに毒蛇だ!凛は一瞬で状況を察し、とっさに箱を投げ捨てた。しかし蛇はすでに跳び上がっており、鋭い毒牙をむき出しにして彼女に向かって襲いかかってきた。隣にいた司会者は青ざめ、マイクを持った手を震わせながら悲鳴を上げる。会場は一気にパニックに陥った。人々は叫び声を上げながら四方に散り、本能的に危険から遠ざかろうとする。だが、凛には逃げる余裕などなかった。目の前で、舌をチロチロと動かす毒蛇が自分の手首を狙って迫ってくる――その場から動くことすらできず、彼女はただ呆然と立ち尽くした。まさにそのとき。二つの人影が、ほぼ同時に飛び出した。海斗のほうがわずかに距離が近く、動きも素早かった。時也よりも早く、凛の腕をつかんで彼女を後方へ引き寄せた。しかし、その一瞬の動作で、彼自身のうなじが毒蛇の真正面に晒されてしまう――「危ない!」「気をつけて!」凛と晴香が、同時に叫び声を上げた。凛は入江海斗にしっかりと抱きかかえられ、晴香は勢いよく前へと飛び出し、自らの身体で彼をかばった。そして毒蛇の鋭い牙は、迷いなく晴香のふくらはぎに深く突き刺さった。「──あっ!」彼女は苦痛に顔をゆがめたかと思うと、次の瞬間には力なくその場に倒れ込んだ。海斗の瞳孔が瞬間的に縮まり、凛を突き放すように後ろへ避けさせ、すぐさま晴香のもとへ駆け寄った。そのふくらはぎに残る傷跡を見て、確信する。間違いない、これは毒蛇だ!「ダーリン……」少女は涙に濡れた目で彼を見上げた。「痛いよ……」海斗は歯を食いしばりながら、彼女を優しく抱き寄せる。「ばかだな…どうしてそんなことを……」晴香は額に浮かぶ冷や汗を拭うこともできず、かすれた声で、それでも微笑もうとした。「でも……よかった……あなたが無事で……」海斗は唇をきつく結び、彼女の手をしっかりと握った。その声は震え、かすれていた。「大丈夫だ…すぐに医者が来る…絶対に…お前を助けるからな…」晴香の瞳はすでに焦点を失い、声もどんどん小さくなっていく。「わかってる……私は…信じてる……だから……あなたのために……絶対……よくなるから……」その言葉は最後まで届かず、彼女はふっと、彼の腕の中で意識を失った。海斗は一瞬、言葉を失い、
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第109話

この瞬間から、海斗は正式に脱落した。……晴香は体質がよく、すぐに血清を打ったおかげで、命に別状はなかった。病院での検査でも大きな問題は見つからず、二人は無事に島へ戻った。念のため、海斗は医師を一人同行させ、晴香の体調管理を任せることにした。部屋の中では、晴香が弱々しくベッドに横たわり、医者が丁寧に診察をしていた。海斗はベッドの傍らでじっと見守っていたが、何度かタバコを吸いに外へ出たくなるのをこらえていた。「ダーリン、怖いよ……」晴香が弱々しく呼びかける。「一人にしないで……お願い。もしまた毒蛇が来たら、どうするの……うぅ……」彼女が自ら危険を顧みず、自分を守ろうとしたあの瞬間がよみがえり、海斗の心はぐっと締めつけられた。「わかった。どこにも行かない。だから、ちゃんと検査を受けて」「うん……」晴香は涙をためた瞳で、小さく頷いた。診察を終えた医者は点滴の針を抜き、静かに部屋を出ていった。部屋には、二人きり。晴香がゆっくりと身体を起こそうとすると、海斗が支えるように手を差し出した。彼女はそのまま彼に寄りかかり、胸元へ身を預ける。「ダーリン……ふくらはぎ、すごく痛いの。これって……跡、残っちゃうかな?」「残らないって、医者が保証しただろ」「でも……ほんとに痛いの……」「塗り薬、さっき塗ったばかりだから。ちょっと我慢して」そう言いながらも、海斗の意識はすでに遠く、別の記憶に囚われていた。大学の頃、凛が体力テストで長距離走を走ったときのこと。スタート直後に足首をひねったのに、彼女は最後まで走り切った。走り終えた彼女の足首は、みじめなほどパンパンに腫れていた。慌てて病院に連れて行くと、医者が机を叩いて怒鳴った。「こんな状態で走るなんて正気じゃない!あと少しで骨にまで影響が出るところだったんだぞ!」でも凛は黙っていた。涙一つ流さず、ただ静かに目元を赤く染めて、じっと座っていた。あのとき、彼は思わず怒鳴った。「バカだな。最初からやめておけばよかったのに!」凛はこう言った。「だって、成績が悪かったら卒業できないんだよ?ちょっとくらい歯を食いしばれば、何とかなるって思って……それに、こんなに痛いのに、なんで叱るの?」「ダーリン?何を考えてるの?」晴香の声で、思考が現実に引き戻される。彼女は体を
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第110話

「愛してるの。あなたが凛さんを愛してるのと同じように。あなたが彼女をどれだけ想っても手に入らないように、私もあなたをどれだけ想っても、届かないの。だから……もし私に何が欲しいかを聞かれたら。私はただ――あなたのそばにいられる、それだけの機会が欲しいの」少女の声は優しく、目には誠実さと、明らかな……卑屈さがあった。その瞬間、海斗の心の奥で、何かがふわりと小さく揺れた。「安心して。これからは絶対に、お前を大切にする。もう二度と傷つけたりしない」晴香はふっと笑みを浮かべ、顔を彼の胸に埋めたまま、片手で彼の腰をぎゅっと抱きしめる。声は蜜のように甘く、とろけるようだった。「うん、わかってるよ。私もね、ずっとそう信じてた」海斗も、その体を優しく、しかし強く抱きしめた。けれどその胸の奥には、言葉にできない重たいものが静かに沈んでいた。それが何なのか、自分でもわからなかった。……イベント会場で発生した大きな事故により、ホテルのスタッフは急いで現場の後処理に駆けつけた。人身に関わる重大な問題だったため、責任者はすぐに警察に通報。その夜のうちに、警察は関係者全員からの聞き取りを行った。だが――予想通り、何の手がかりも得られなかった。結局この事件は、ただの「不運な事故」として処理されることになった。熱帯地域とはいえ、ホテルの裏には手つかずの原生林が広がっており、蛇の出没自体は珍しくない。そんな説明に、すみれは冷ややかに口を開いた。「でも、毒蛇ってそんなに頻繁に出るものじゃないでしょ?」「それは……」「しかも、あれだけ人が集まってるビーチに?人目の多い場所に毒蛇が現れるなんて、もっとおかしいわ」警察官たちは顔を見合わせ、明確な返答を出せないままだった。ホテルの責任者も、何も言えずに口をつぐんだ。すみれは鼻で笑い、鋭く言い放つ。「これで二回目よ?私の友達がこの島で二度も命の危険にさらされたなんて。いい?この件、そう簡単には終わらせないから。覚えておきなさい!凛、行きましょ!」そう言って、凛の手をぐっと引き、勢いよくその場をあとにした。人混みから十分離れたところで、凛がようやく口を開いた。「……もういいよ。怒らないで。こんなことで感情を乱すの、もったいないから」「あなた、あんな目に遭いかけたのに?なんでそん
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