All Chapters of 秘めた過去は甘酸っぱくて、誰にも言えない: Chapter 311 - Chapter 320

325 Chapters

完結編・・・第二章8

「俺たちはさ、自分のやりたい道を見つけて、それぞれ進んでいけるかもしれないけど、今まで応援してくれた人たちはどんな気持ちになると思う?」どうしてもそこだけは避けてはいけない道のような気がして、俺は素直に自分の言葉を口にした。光の差してきた事務所にまた重い空気が流れていく。でも大事なことなので言わなければならない。苦しいけれど、ここは乗り越えて行かなければいけない壁なのだ。.「悲しむに決まってるよ。いつも俺たちの衣装を真似して作ってきてくれるファンとか、丁寧にレポートを書いて送ってくれる人とか。そういう人たちに支えられてきたんだよね」黒柳が切なそうな声で言った。でもその声の中には感謝の気持ちも感じられる。デビューしてから今日までの楽しかったことや嬉しかったこと辛かったことや苦しかったことを思い出す。毎日必死で生きてきたのであっという間に時が流れたような気がした。「感謝の気持を込めて……盛大に解散ライブをやるしかないんじゃないか?」赤坂が告げると、そこにいる全員が同じ気持ちになったようだった。部屋の空気が引き締まったように思える。「本当は全国各地回って挨拶をさせてあげたいんだけど、今あなたたちはなるべく早く解散を望んでいるわよね。それなら大きな会場でやるしかない。会場に来れない人たちのためには配信もしてあげるべきね」「そうだね」社長が言うと黒柳は返事してぼんやりと宙に視線を送る。いろんなことを想像している時、彼はこういう表情を浮かべるのだ。「今までの集大成を見せようぜ」「おう」赤坂が言い俺が返事をした。黒柳もうなずいている。「じゃあ……十二月三十一日を持って解散する方向で進んでいきましょう。まずはファンクラブに向けて今月中にメッセージをして、会場を抑えてライブの予告もする。その後にメディアにお知らせをする。おそらくオファーがたくさん来ると思うからなるべくスケジュールを合わせて、今までの感謝の気持ちで出演してきましょう」社長がテキパキと口にするが、きっと彼女の心の中にもいろんな感情が渦巻いているに違いない。育ての親としてたちを見送るような気持ちだろう。それから俺たちは解散ライブに向けてどんなことをするべきか、前向きに話し合いが行われた。
last updateLast Updated : 2025-04-21
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完結編・・・第二章9

帰りのタクシーに揺られながら俺は思いを巡らせる。具体的に解散する日が決まったが、まだ実感はわかない。ずっと一緒に走り続けてきた仲間と別の道を歩んでいく。寂しいような、ワクワクするような、不思議な感情に襲われていた。いつかはバラバラの道を歩んでいく未来があるとは予想していたが、ゴールが見えてしまった途端、まだ夢を見ているような気持ちだ。心にある感情をはっきりと言葉や文字にすることができない状態だった。これから解散までの日が一日一日と迫っていく。時間が進んでいくと心にあるものが具体的に見えてくるに違いない。その日が来るまで俺たちは一つ一つの仕事を一生懸命頑張ることが、今まで応援してくれた方々への恩返しだ。美羽には早く解散することを伝えなければいけないと思っている。報道で知ったら大きなショックを受けるかもしれない。どんな反応をするだろう。もしかすると、一般人と結婚したせいでCOLORが解散という道を選んだと自分を責めないかそれだけが心配だ。「おかえり、大くん」家に戻ってくると、美羽はヘルシーな夕食を作って待っていてくれた。俺の帰宅が嬉しいのかいつもすごく笑顔を向けてくる。別に隠し事をしているわけではないけれど、なんとなく「解散することになったんだ」と言えなくて、俺はいつものように笑顔を浮かべているだけだった。タイミングを見て伝えようとは思っているがなかなか難しい。作ってくれた料理は鶏肉と野菜が中心のものだ。俺の体のことを考えていつもバランスのいい食事を用意してくれているのだ。今日あった何気ない出来事を楽しそうに話をしてくれる。「いつも買い物に行くと店員さんが笑顔で話しかけてくれるの。すごく面白い人なんだよ」その姿を見ているだけで癒されて結婚してよかった、彼女と夫婦になれてよかったと心から思うのだ。この幸せな時間が長く続くように俺はこれからも頑張っていかなければならない。食事を終えて入浴して戻ってくると、彼女はソファーの上でくつろいでいた。「あまり無理しないで早く寝たほうがいいぞ」「そうだよね」「大事な体なんだから」美羽に優しくキスする。髪を撫でると甘く花のような優しい香りがした。夫婦になっても俺はこれからも胸をときめかせる日々が続くのだろうか。幸せそうな目で美羽は俺を見る。この時間がいつまでも続けばいいと思っている
last updateLast Updated : 2025-05-08
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完結編・・・第二章10

美羽side「そうなんだね……。大くんたちが決めたことだから私は首を突っ込むべきじゃないね。陰ながら応援しているから……」「ありがとう」私を安心させるように優しく笑ってくれていたけど本当は大きな不安を抱えているに違いない。私にできることがないか自分なりに考えてみよう。私のせいではないと言っていたけれど、COLORが解散することになったと聞いてかなり動揺していた。解散の話を聞いてから数日過ぎていたが大くんの前では平気な顔をするように心がけている。かなり大変な時期だろうから心配をかけたくなかった。お腹の赤ちゃんは順調に育っていて、今はグレープフルーツぐらいの大きさになっているそうだ。まずはお腹の中で健康に育てて元気な状態で産むことが私の一番大切なこと。でも心配で仕方がなくて落ち込んでいると、お腹がピクピクと動き出した。胎動を感じたのだ。今の時期は耳ができてきて母親の声が聞こえてくるんだとか。私の感情を察知して励ましてくれているに違いない。私は大きくなってきたお腹をそっと撫でた。「大丈夫よ。お母さんとお父さんはいっぱい辛いことがあったけど、あなたは迎える時には必ず幸せな時間にするって約束する。だから安心して生まれてきてね」   *そして気がつけば三月になり、COLORはファンクラブで解散することを発表した。その日の夕方のニュース速報で解散報道が流れ、次の日にはテレビのワイドショーで国民的アイドルが解散するということで大々的に取り上げられている。『ファンの皆様へいつもCOLORを応援してください本当にありがとうございます。僕たち三人は話し合いに話し合いを重ね、今年の十二月三十一日を持ちまして解散することにしました。数えきれないほどのファンの皆さんとの思い出があり、この決断をするまでにはかなりの時間が必要でしたが、それぞれの人生を考えて別々に行動していこうという話になりました。今までの感謝の気持ちを込めて全国ツアーを開催いたします。僕たち三人は解散しても芸能活動は続けていきます。変わらずに応援していただけたらありがたいです』三人の連名でメッセージが発表されていた。解散コンサートをするということでこれからまたかなり忙しくなってくるそうだ。テレビを見ていると複雑な感情になってくるが、目の前でゆで卵を食べている大くんはいつもと変わらない
last updateLast Updated : 2025-05-09
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完結編・・・第二章11

大樹side解散が決まってから、コンサートの準備を始めていた。ファンの皆さんにお礼を伝えられる最後の機会なので、構成からダンスの振り付けまでほとんど自分たちで決めたのだ。心からの感謝を込めたライブにしたいと思っている。毎日のようにレッスンがあり、大変な日々だ。COLORが解散を発表すると、メディアでは報道がものすごく大きく取り上げられた。事務所にもたくさんの電話や手紙が届いた。ほとんどが寂しいとか、今までありがとうと言った言葉だったが、その中には、何年も応援してきたのに裏切られたと怒りの言葉も添えられていた。俺たちは覚悟の上だが、それぞれの愛する人が一般人ということもあり、大きな問題が起きないか心配ではある。俺が結婚したことがきっかけで一部のファンは許せないという感情が爆発していたのだ。なるべく一人でも納得してもらえるように、今はコンサートの準備を前向きに頑張っていくしかない。俺は演技の仕事にも力を入れていた。映画の監督の仕事もものすごく忙しい。監督業なんてやったことがないので大丈夫なのか。俺は空いている時間にはスマホで動画を見たり、いろいろなドラマの脚本を読ませてもらったりしていた。自分自身も俳優として出演させてもらう。その映画のキーパーソンになる不良の役を決めるオーディションが開かれることになっていた。今日はそのオーディションがあり、マネージャーが車を運転し、オーディション会場へ向かっている。俺も審査員として参加することになっていたのだ。オーディションで人を選ぶなんて、経験がないので、朝から緊張していた。でも、仕事を頑張らなければ、家族を守ることができないのだ。未経験ながらも真剣に取り組んでいこうと思った。自分の意見で、その人の人生を変えてしまうかもしれないからだ。「到着しました」「あぁ、うん」「真剣な顔をしていましたね。私の声掛けにも気づいていらっしゃらなかったですし」「中途半端な気持ちができないなあと思って」そんな話をしながら車を降りて建物の中に入って行く。緊張しつつオーディション会場の扉を開いた。細長い机が用意されていて監督と書かれたところに俺は腰をかけた。どんな人が来てくれるのだろうか。時間になりオーディションが始まる。一度に五人と面接をする。俺は監督ということもあり自ら司会をすることをお願いした。「ではお
last updateLast Updated : 2025-05-09
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完結編・・・第二章11

美羽side今日は珍しく大くんが半日休みを取れるとのことだったので、マタニティフォトを撮ってもらうことになっていた。事務所のタレントやアーティストなども撮影してもらっているカメラマンとのことだ。そんなプロに撮影してもらうなんて申し訳ないと私は断ったが、大くんが記念だからと言って聞いてくれなかった。撮影スタジオに向かうと様々な衣装が用意されていた。ドレスタイプのものだったり、普段着のような服だったり。スタイリストさんが近づいてくる。「人気があるのは大きなお腹を出すファッションですね」「なるほど」私はSNSをよく見ていて、妊婦さんが大きなお腹を出して写真を撮っているのを見ていた。でも服がいっぱいあるので悩んでしまう。大くんとどんな格好がいいのか一緒に選んでいた。私はレースがたっぷり使われている白いドレスを選び、お腹が出ているタイプだ。大くんはシンプルに白いシャツとスラックス。どんな格好しても彼はとてもかっこいいので似合ってしまう。衣装が決まると続いてお腹にペイントすることになった。プロのアーティストさんが描いてくれる。元々お腹に絵を描くと魔除けになり健康に生まれてくるなどの迷信があって、日本から世界に広まったらしい。「本日はよろしくお願いします」あらかじめデザインをいくつか見せてくれて希望を伝えた。私はなるべくカラフルなものがいいとリクエストして、小鳥とお花をお腹に描いてもらう。花はたんぽぽだ。天国に行ってしまった娘の代わりにと描いてもらうことにした。家族が一緒にいるんだよという意味も込めてだ。しばらく描いてもらっているところを見ているとペイントが完成した。華やかなお腹になっている。「Welcome Baby」と書かれていた。日に日にお腹が大きくなっているけれど本当に我が家に赤ちゃんがやってくるのだと思うと幸せでたまらない。『はな』が亡くなってしまった時、もう私は一生妊娠することはないと思っていたし、母親になることもできないと考えていた。子供が順調に産まれてくるまではどうなるかわからないけれど、こうして妊婦として大好きな人と写真を撮ることができるなんてどれほどの幸福なのだろうか。「可愛く描けたね」「うん……」大くんは私のお腹にペイントされたたんぽぽの絵にそっと触れた。「『はな』もきっと喜んでくれている。すぐそばにいる気
last updateLast Updated : 2025-05-09
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完結編・・・第三章1

芽衣子side「解散するって、どういうことですか?」COLORが話し合いの末、解散するということになったらしい。事務所で働いていた私に近づいてきた大澤社長が伝えてきたのだ。その話を聞いた時一緒に理解ができなくて頭が真っ白になった。「あの子たちが話し合って決めたことだから誰も反対はできないの」「しかし……っ」いきなり聞かされたので私はパニック状態だった。「愛する人との人生を選びたいとあの子たちが決めたことよ」その言葉が嬉しかった反面、ファンの皆さんのことを考えると申し訳なくて押しつぶされそうな気持ちになった。私はずっとアイドルと付き合っていることを隠して生きてきたのだ。結婚することも子供を産むことも不可能かもしれない。そう思いながら生きてきたので期待なんてしていなかった。ただ猫のようにのんびりとした性格をしているリュウジとこれからもそばでくっついて暮らしていけたらいいと思っていたのに、ちゃんと結婚の約束をしてくれたのだ。事務所の社長も認めてくれたけれどその代償が解散だったとは……。強い頭痛に襲われて私はこめかみを抑えた。「それぞれの道を歩んでいくって決意してたわ。リュウジはテレビで話をしたいからタレントのようになりたいと言っていた。オファーが来ればいいんだけどね……」腕を組んで困った表情を浮かべている。もしかすると仕事が激減してしまうという可能性だってあるのだ。「……私が支えていきます」「芽衣子はしっかり働いてくれるから心配はしてないんだけど。メンタル的にもきてると思うから支えてあげてね」「わかりました」その場を去っていく大澤社長を見送り、私は深く頭を下げた。それから数日後。夕方の六時になり仕事が終わった私は、解散の事実を聞かされて頭の中がまだぼんやりとしていた。家に戻ってまずは食事をしよう。スーパーで食材を買い込んでから自宅に戻ってくる。私も三十代後半。年齢的にあまり油っぽいものは食べたくないので、豆腐の味噌汁、豆苗の炒め物、焼き魚を用意して和食を心がける。キッチンで調理をして食べる準備をしていると、玄関のドアが開いた。「ただいまー」リュウジが何の連絡もなく突然やってきたのだ。「今日お魚なんだー。うまそうじゃん」食卓テーブルの椅子にご紹介かけてニコニコとしている。「来るなら言ってくれたらいいじゃない。魚はひと
last updateLast Updated : 2025-05-09
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完結編・・・第三章2

黒柳sideCOLORは、解散してしまうのだ。COLORとしての人生が終わってしまうのだ。そう考えると寂しくてたまらなくなる。自分にとっては大きな存在だったから。あまり深くは考えないようにしている。そうじゃないと思わず泣いてしまいそうだから。COLORは終了するけれど、これからの自分の人生はまだまだ続いていく。長い道のりの人生の一ページだったと思うようにしよう。最近は、解散コンサートの準備で忙しくしているが、新しい仕事もしていかなければならないからと、マネージャーが営業を頑張ってくれていた。そのおかげで俺はラジオの仕事をもらえることができたのだ。先日、ラジオの収録をしてきた。音楽と日常的な話をするというラフなラジオ番組だったが肩の力を抜いて楽しく話をしてくることができた。放送されるとトークが面白いと反響があったそうでとてもありがたい。トークが上手なほうではないけれど、自分の視点で思ったことを伝えていくスタンスだ。それがよかったようで一安心。この芸能界の世界では正解というものがない。世の中の人がその時代に受け入れてくれるかどうかなのだ。「黒柳さん、でも今はコンプライアンスとか大事な時代なので発言には気をつけてくださいね」車の移動中マネージャーに指摘された。「まぁ、そうだよね。言葉って怖いな……」そんなつもりはないのに悪く受け取られてしまうこともある。特にメディアを通しての発言は気をつけなければならない。「ただ、黒柳さんのカラーはそのまま残しておきたいですけどね。難しいところですが発言する時に少し一呼吸置いてから話をしてほしいです」俺は眉毛を寄せた。「難しいこと言うね……。でも時代がそうなんだから仕方がないか。わかったよ」「会社から、個人のSNSも作られたので発信してもらえたらと思います」今まではスタッフがお知らせなどをつぶやいていただけなので、自分で使ったことはない。「俺そういうのに苦手なんだよな……」パソコンとかスマホとか、細かいものをいじるのはあまり好きではない。「しかし事務所の会議で言われていたように、タレントを目指すなら今はSNSを使ったほうがいいかと思いますよ」「うん。そうだよね。余計なこと言わないように気をつける」解散が決まってから複雑な感情になっていたけれど、新しい未来に向かって歩くしかないと思
last updateLast Updated : 2025-05-09
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完結編・・・第四章1

美羽side六月に入り出産日が近づいてきた。天気がよかったり悪かったりと、不安定な日が続いているが、私の体調は比較的安定していて食欲もしっかりあった。出産当日を無事に迎えることを願うばかりだ。大くんは映画の撮影のために札幌にいることが多い。夜遅くなってしまうけれど、毎日のようにビデオ通話をしてくれていた。今日は比較的早く終わったからと二十時頃に連絡が入る。私は通話が終わったらすぐ眠ることができるように、食事も入浴も済ませてパソコンの前に座る。そして連絡が来るのを今か今かと待っていた。『美羽、体調は大丈夫?』「うん! でもあともう少しで陣痛が来そうな気がしてる。緊張するけど、赤ちゃんに会えると思ったら楽しみだよ」『そうだな』名前は三人で話し合い『はな』はやめたのだ。『はな』は、『はな』である。生まれてくることができなかったお姉ちゃんの人生をお腹の赤ちゃんに背負わせるわけにはいかない。生まれてくることはできなかったけれど、私には娘が二人いるのだと胸に抱きながらこれからも生きていくつもりだ。生まれてきたらすぐに名前で呼んであげたいと思い、名前は『美花』にした。私から美しいという文字を取って、生まれて来られなかったお姉ちゃんの名前の「はな」を入れさせてもらった。そして彼女の人生が美しい花のように咲き誇りますようにという願いも込めている。子供の名前を考えるのにこんなにも苦労するとは思わなかった。名前だけで人生が決まるわけではないけれど、とても重要なものだと感じている。『美花の顔を見るのが楽しみだな。とにかく元気で無事でこの世の中に生まれてきてくれることを願う』「そうだね。大くんは仕事順調?」『慣れないことも多いけれど、スタッフたちが一生懸命頑張ってくれているし、現場の雰囲気もいいんだ。きっと素晴らしい作品ができるに違いない』表情を見ていると明るくて、大変で苦しんで辛いという感じではないので安心した。苦労も多いと思うけれどそれでも前向きに楽しくやって生きてるようでほっとしている。穏やかな気持ちで話をしていたのに、私はお腹に違和感を覚えた。お腹が張るような感じがしたのだ。陣痛の前兆は人それぞれだと書いていたから、これがそうなのかわからない。しかも、出産予定日よりまだ一週間も早いんだけど……まさか?「ごめん……お腹痛くなってきた」『
last updateLast Updated : 2025-05-09
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完結編・・・第四章2

それから八時間後――。六月一九日。私は無事に、健康な女の赤ちゃんを出産した。産声を聞いた時に感動のあまり胸がいっぱいになった。私の元へ連れてきてくれた赤ちゃんを見ると大粒の涙が溢れ出る。「元気な女の子ですよ」顔を真っ赤にして力いっぱい泣いている。生命がこの世の中に誕生したのだ。「美花、この世の中に生まれてきてくれて本当にありがとう」愛する人の子供を無事に出産でき、胸がいっぱいだった。処置を終えて病室へ移動する。一般的な部屋でいいと伝えていたけれど、大くんが私にゆっくり過ごしてほしいと配慮してくれて大きな個室が準備されていた。退院する前日にはフルコースを食べることができるらしい。まだ体は辛かったけれど病室で両親が待っていてくれて、姿を見ると少し元気が出てきた。「可愛い赤ちゃんだったわね」「美羽、頑張ったな」両親が今までに見たことのないような優しい顔をしていた。「ありがとう」まずは無事に生まれてきてくれたので、一安心だった。でも実際に生まれてきてくれた我が子を見たら、強い責任感が湧き上がってくる。この子を無事に育てて成人するまでは何としても生き抜かなければならないと。体の状態が落ち着いてくると、赤ちゃんが病室に運ばれてきた。その姿を見るだけでも可愛くて愛おしくて仕方がない。こんなにも命をかけて守ろうと思う存在には出会えるなんて思わなかった。おっぱいをあげる練習をすると、緊張しながらもちゃんと授乳することができた。両親が自宅に戻ることになった。「また明日も来るから、必要なものがあれば言いなさいね」「ありがとうお母さん。お父さんもありがとう」両親を見送り娘に視線を送ると、美花はすやすやと眠っている。熟睡するとピクピクと痙攣するので、びっくりするけれど問題ないと言われた。私も休める時は休んでおかなければと横になる。でも赤ちゃんがちゃんと呼吸しているかと気になって何度も体を起こしてお腹のあたりを見て、動いているのを確認すると安心した。大くんには無事に生まれたとメッセージを送っているが既読はつかない。きっと仕事で忙しくて手を離せない状態なのだろう。夕方になり、スマホを見てみるがまだ既読にはならない。部屋の扉が開いた。なんと大くんが部屋の中に入ってきたのだ。「美羽、本当にお疲れ様!」「大くん、札幌にいたんじゃないの?」
last updateLast Updated : 2025-05-09
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完結編・・・第四章3

子供と接していくうちに一日一日、母親の気持ちが芽生えてくる気がした。おっぱいを飲ませてゲップをさせてオムツを取り替えて。ちょっとした表情の変化も可愛くて写真を何枚も撮ってしまう。そして退院する前日には、これから子育てで大変な日々がはじまり、ゆっくりと食事ができない母親のためにと出してくれる豪華なフルコースを食べていた。家族も同席していいとのことで両親と一緒に食事を楽しんでいた。ホテルのレストランかと思うほどの繊細な盛り付けと味付けに私は舌鼓を打つ。本当は大くんも一緒に食べたかったけれど、今彼は仕事を頑張ってきてくれているのだ。とにかく健康で働くことができるようにと私は願うしかなかった。   *「うぎゃああああああああ、ふぎゃああああああああ」「よしよし、いい子ね」退院して一週間が過ぎたが子育てはなかなか慣れない。赤ちゃんがどうして泣いているのかもまだわからないし、とにかく睡眠時間が削られる。先輩ママの話を聞いていて大変だとはわかっていたけれど、想像以上に体力が削られていた。夜中何回も起こされるし、放っておくわけにはいかない。子育ては予想よりもはるかにハードだった。でもすやすや眠っている娘の顔を見ると、疲れが吹き飛んでしまうのが不思議である。愛する人の子供をこの世の中に産むことができたことが何よりも幸せだし、自分の血を分けた我が子は世界で一番大切にしたい生き物だ。お腹の中にいる時から母性は沸いていたけれど、生まれてきた姿を見るとどんどん母親の自覚が芽生えてくる。我が子が無事に成人し、幸せな人生を送っていくところを見届けたい。可愛くて仕方がないけれど、それでもやっぱり一人では大変だからとのことで、しばらくの間実家で暮らすことになった。退院した日は両親が暖かく迎えてくれて、特にお父さんは顔がくしゃくしゃになってしまうほどだった。初孫が嬉しくてたまらないのかもしれない。お母さんも美花を見て目に入れても痛くないといった表情をしている。両親に孫という存在を見せることができて、少しは親孝行できただろうか。いろんな負担をかけたし悲しい思いもさせてしまったのでこれからは両親に対しても恩返しをしていきたい。母が面倒を見てくれるのでとても助かる。眠っている娘の姿を見ると、大くんのことを強烈に思い出すのだ。それほどそっくり。この唇とかもすごく似
last updateLast Updated : 2025-05-09
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