「過去に私はあなたの子を妊娠・流産しました」元カレは誰もが知っている芸能人。 紫藤大樹 <しどう だいき>は、COLORというアイドルグループのメンバー。 今は番組の司会・ドラマにも出ている。 初瀬美羽<はせ みう>は、甘藤-amafuji-というフルーツメーカーのOL。 しっかりして見えそうだけどピュア。 10年前、2人はだんだんと仲良くなり恋人に。彼は芸能人として才能開花。ところが妊娠が発覚し芸能事務所から身を隠してほしいと依頼を受け、一人で子供を産んで育てようとしたが流産。美羽は社会人になりフルーツメーカーの広報部に配属。CMを作ることになりタレントとして起用されることになったのが大樹だった。
View Moreプロローグ
「ハァー……」 時計は午前四時。 目が覚めると、瞳が涙で濡れていた。 玉のような汗をかいていて、額には前髪が張りついている。 また、あの日のことが夢に出てきたのだ。 ベッドから降りると『はな』の元へ行く。 そして、手を合わせた。「はな……」
……はな。 ……はな。 私はその場で横になり悲しみの中、 入社してまだ間もない頃の会話をふっと思い出す――。 『ねえ、果物言葉って、知ってる?』 『くだものことば? 知らないです』 『誕生花や花言葉みたいなものよ。果物言葉は、時期や外観のイメージ・味・性質をもとに作ったものでね。果物屋の仲間が作ったんだって』 入社したばかりの頃、同僚が上司のいない時にホームページを開いて見せてくれた。 スクロールして調べた日は十一月三日。 誕生果は『りんご』で相思相愛と書かれていた。 誰かの誕生日ではない。 私と大くんが付き合った記念日だ。 二十一歳で入社した時は、すでに大くんと別れて二年以上が過ぎていたのに、自分にとっては忘れられない日だった――。 なぜ果物かというと……。 大学を卒業後、大手フルーツメーカーの甘藤-amafuji-に入社し、果物は身近な存在だったから。仕事に一生懸命取り組み順調に年齢を重ねていた。
一般的な悩みはあるだろうけどそんなに不幸なこともなく、普通の人生を歩んできたと人には思われているかもしれない。 私は過去のことを、誰にも打ち明けないで生きてきた。 十九歳の時。 恋は、愛は、果物のように甘いだけじゃないと知った。 人は傷つき、大人になっていく。 『あなただから乗り越えられる試練なのよ』 励ましてくれた母の言葉を信じて、悲しみを胸に抱えながら歩み続けて来たのだ。 傷は、いつか癒えるはず。 辛かった日々は、笑える日が来るはず。 そう思っていたのだけど、深い、深いところで傷ついていて、なかなか楽になれない。 相反して、あなたはいつもキラキラとした笑顔を振りまいていて、アイドルとして生きてとても楽しそうだ。 熱愛報道もされていたみたいだし。 電車や街にあふれる広告や、コマーシャルや雑誌で見るあなたのキメ顔をいつも目にしながら生きている。 忘れたくても忘れられないのは、あなたが有名になりすぎたから。 きっと――あなたは、私のことなんか……忘れちゃっただろう。そして、大くんが画面いっぱいに映される。『最後に紫藤大樹です。俺たちの卒業式に参加してくださり本当にありがとうございました。自分たちはファンの皆さんの応援があって今日という日を迎えられたと思います。活動をやめることが正しいことなのか何度も話し合いを重ねました。ファンの皆さんのおかげでたくさんの花を咲かせることができました。この花たちは永遠に枯れないです。そしてこれから俺たちは一人一人活動していくことになりますが、それぞれの花をまた咲かせていきたいと思いますのでこれからも応援お願いいたします』画面の中で話している大くんの言葉に私は涙を流していた。三人がステージから去ろうとした時、会場内から大合唱が起こったのだ。ファンの皆さんで話し合って歌おうと決めていたのかもしれない。しばらく会場内の拍手は鳴り止まなかった。ファンが思い思いに愛の言葉を伝えている。三人はしっかりと受け取っているようだった。COLORが三人でお辞儀をして舞台は暗くなった。そして配信も終わったのだった。美花は気持ちよさそうに眠っている。いつか大きくなったらあなたの父親はたくさんの人に愛されたボーイズグループだったのだと伝えてあげたい。私と久実ちゃんと芽衣子さんは、抱き合いながら涙を流した。そして二人は、帰って行った。大くんが打ち上げから帰ってきたのは、一月一日の朝方。大きな窓からは太陽が入り込んできている。清々しい顔をして大くんは私のことをぎゅっと抱きしめた。「今まで支えてくれてありがとう」「こちらこそ」「本当にいろんなことがあったけれど、人間は幸せになるために生まれてきたんじゃないかなって思う。俺も、赤坂も黒柳も。ファンのみんなも。俺たち家族も」「うん」「生まれてきたことに感謝をしてこれからも一緒に頑張っていこうな」私は満面の笑顔を浮かべて大きく頷いた。辛いことがあったけれど、大くんとならどんなことも乗り越えていける。きっとこれからの人生が素晴らしく、また素敵な花が咲いていくと信じて私はこれからも歩んでいきたい。完結
気持ちが暗くなってしまいそうだったので、私はオードブルをテーブルに運んできた。「手作りじゃないんですけど、どうぞ食べてください」「ありがとうございます」紙皿を取り分けて私たちはジュースで乾杯をした。画面を見ていると『もうすぐ配信が開始されます』と表示されている。緊張しながら待っていると画面が暗くなり会場が映し出された。たくさんのペンライトが星空みたい。その映像を見て美花が夢を丸くした。音楽が流れて大歓声が湧き上がりCOLORが登場した。画面越しでもCOLORは、キラキラと輝いていた。解散するのがもったいないと思ってしまうほど魅力のあるグループだった。気がつけば私たちは会話をするのも忘れて画面に釘付けになっていた。あっという間に三時間が終わり、会場も画面から見ている私たちも一体になったようだった。『今日はこんなにもたくさんの人に集まっていただきありがとうございます。最後にそれぞれ挨拶をさせてください』大くんが言うと、会場からは歓声が上がっていた。最初に画面にアップになったのは赤坂さんだった。やりきったというような表情で流れている汗が宝石のように光っていた。『俺、赤坂成人から話をさせてもらいます。今まで支えてくれたみんな。本当にありがとう。いつまでもCOLORは続くものだと思って活動してきた。だからこんな日が来るなんて想像もしていなかったんだけど。寂しい気持ちもいっぱいある。でもみんなと作り上げてきた思い出が胸の中にあるから、忘れないで頑張っていきたい。本当に本当に今までありがとうございました』赤坂さんが頭を下げると会場には大きな拍手が湧き上がった。久実ちゃんは涙ぐんでいる。私はそっとティッシュを渡した。続いて移されたのは黒柳さんだ。いつもふんわりとした雰囲気なのに今日はキリッとしていて少し感じが違った。『黒柳リュウジです。たくさんの愛をくれてありがとう。自分は、自分のことも人のことも愛せない人間でした。でもみんながいてくれたから自分のことも人のことも好きになれたんだ。みんなと過ごしてきた時間はかけがえのないものです。ずっとずっと死ぬまでみんなとの思い出は消えない。みんなのこと忘れないからみんなも忘れないでね。お互いに幸せな人生を歩もう!』芽衣子さんは微笑んで一筋の涙をポロッと流した。
家族でのクリスマスパーティーは、大くんが多忙なためお預けだった。美花とクリスマスツリーを飾って、テレビで音楽番組を見て過ごす。解散前ということでテレビの生放送に出演し、帰ってくるのは深夜だった。COLORの活動が終了したらゆっくりと家族の時間を過ごそうと言われていた。そしていよいよ今年最後の日がやってきた。ということはCOLORの最後のコンサートの日でもある。いつものように朝起きて、食事を済ませた大くんは、少しだけ寂しそうな引き締まったような表情をしていた。「大成功願ってるからね。家でしっかりと応援してる」「どうもありがとう。じゃあそろそろ行ってくるかな」「うん」美花はまだすやすやと眠っていた。大くんを見送ると、私は今日の準備を始める。久実ちゃんと芽衣子さんが一緒にコンサートを見たいと言ってくれた。もしかすると年末年始だし実家に帰るのかなと思っていたけど、今年は特別な日だからと私たちは一緒に過ごすことになったのだ。今日のコンサートは夕方の五時から。今年最後の日ということもあるし、COLORの卒業式でもあるので、オードブルを注文していた。夕方には配達される予定になっている。飲み物やつまめるものはあらかじめ用意しておいた。全て手作りというわけにはいかないけれど、最大限のおもてなしをしたい。美花が起きたので食事をさせてから、部屋を片付けて準備をしていると、食事が配達された。間もなくして久実ちゃんと芽衣子さんが家にやってきた。「お招きいただきありがとうございます」久実ちゃんは体調が安定しているのか顔色がとてもいい。「一緒にコンサート見させてもらえて嬉しいです」芽衣子さんはいつもしっかりしている印象だったけれど、少し柔らかくなったような感じがした。「美花ちゃん、可愛い」久実ちゃんと芽衣子さんが美花の面倒を見てくれている間に、飲み物などを準備した。テレビの画面に映してあとは配信を待つのみだ。「実は、私たち明日同じ日に入籍をするんです」久実ちゃんが言い、芽衣子さんが隣で頷いた。「おめでとうございます!」「ファンはどう思うのかなって思ったんですけど……。同じ日にしたほうがいいんじゃないかって」芽衣子さんが恥ずかしそうにしながらもそう言った。COLOR全員が既婚者になるのだ。「私たちは、幸せになるべきですよね。自分の存在で解
*大くんはそれから解散コンサートに向けて忙しくしているようだった。朝早く家を出てソロとしての活動をし、夕方以降にコンサートの準備をしているそうだ。帰ってくるのは夜遅く。解散コンサートまであと一ヶ月。最近ではテレビで特集が組まれることが多くなっている。私の旦那さんがどれほどの国民に愛されていたのか。テレビを見ていてもそう思うし、コンビニの雑誌の表紙やインターネットのニュースにも頻繁に出ていた。超多忙の中なのに早く戻って来れる日は、積極的に家事や育児を手伝ってくれている。美花は寝返りをするようになり、運動量が増えてきた。目が離せないので大変ではあるけれど、どんどんと成長しているのを見ると嬉しい。あっという間に時が流れていくのだろうなぁ……。小学生になって、中学を卒業して、高校生になり、大学か専門学校に通う。すぐに大人になるんじゃないかなと想像できた。美花はどんな人と出会ってどんな人生を送っていくのだろう。そんなことを考えながら夕食を作っていた。最近、離乳食も開始したので、美花の分も用意していると大くんが仕事から戻ってきた。「お帰りなさい」「ただいま」「今日は早かったんだね」「あぁ。たまには早く戻ってこないと、美花に会えないから」娘のことが可愛くて仕方がないといった様子だ。床に置いてある大きめのクッションの上でコロコロと転がっている美花に近づいてしゃがむ。「ただいま」「うー」「よく動いて体力があるな。いっぱい成長するんだぞ」大くんはどんなに忙しくても家にいる時は娘のお世話をしてくれた。積極的に手伝ってくれるので本当にありがたい。かなりハードスケジュールをこなしているようだけど、家では疲れた素振りを一切見せないのだ。だから逆に心配になってくる。「そろそろご飯だから食べてね」「俺は美花に食べさせてから食べるよ」「ありがとう。でも疲れてるから無理しないで」「大丈夫。こんなに可愛い娘の姿を見るとエネルギーが湧いてくる」満面の笑みを浮かべて言うので、申し訳ないなと思うけれど手伝ってもらうことにした。仕事で忙しい夫に手伝ってもらうのは罪悪感を覚えると友人に話をしたら、二人の子供なんだから協力してやるべきだよと言われたのだ。「美花、美味しいか?」かぼちゃを潰した離乳食を食べさせて優しい笑顔を向けて話しかけている。私は洗濯
*十月になり、美花はどんどん成長してきた。声を出して笑うようになり、ますます可愛くなっていく。大くんの血を引いているためか音楽がすごく好きなようで音楽を流すと楽しそうにするのだ。自分の家に戻って暮らすことになり、今日私と美花は実家を出てきた。「いなくなると寂しいな……」「またすぐ会いに行くし遊びにも来て」「そうすることにする」両親は寂しそうな顔をしていたけれど、またすぐに会いに行く約束をした。父の車でマンションまで送ってもらって戻ってきた。部屋に入ると久しぶりなので若干の違和感を覚えるが、映画の撮影も落ち着いたそうで今日の夜から大くんも戻ってくる。やっと家族で過ごすことができるのだ。美花は車の中でぐっすり眠って今もまだ熟睡中だ。ベビーベッドに寝かせると、はなのしおりをお供えコーナーにおいて、実家で持たせてもらったお菓子を添えてから、手を合わせた。「家に戻ってきたね。これからいろんなことがあると思うけど見守っていてね」はなの姿はどこにも見えないし、声も聞いたことはないけれど、天国から私たちのことを温かく見守ってくれているのだという確信はあった。今日は久しぶりに大くんに手料理を振る舞おうと私はキッチンに立つ。最近は朝晩冷えてきたので温かくなる料理がいいかなと、ミネストローネと、鶏肉のグリルと、サラダを作ることにした。夕方になり美花にお乳をあげる。安心したような表情で美味しそうに飲んでいる。たまらなく愛おしい。「おいちい? ゆっくり飲んでね」飲み終えると抱き上げてゲップをさせる。満腹になった美花は眠くなってきたのか、グズりだした。体をゆすりながらあやしているとドアが開く音が聞こえた。玄関から入ってきたのは、大くんだ。「美羽、美花、ただいま」「おかえりなさい」「抱きしめたいところだけどウイルスがついていたら困るからまずは手洗いをしてくる」手洗いを終えた大くんは両手を広げて私たちのことをまるごと抱きしめてくれた。「これからはしばらく自宅で過ごすことができそうだ」「お疲れ様でした」「待っていてくれると思うだけで心強かった」彼のぬくもりを感じて私も心から安堵した。「美花、帰ってきたぞ。いい子にしてたか」優しい声で話しかけている。さっきまで眠そうにしていた美花は、大くんの顔を見るとニコニコと笑っている。「パパ
子供と接していくうちに一日一日、母親の気持ちが芽生えてくる気がした。おっぱいを飲ませてゲップをさせてオムツを取り替えて。ちょっとした表情の変化も可愛くて写真を何枚も撮ってしまう。そして退院する前日には、これから子育てで大変な日々がはじまり、ゆっくりと食事ができない母親のためにと出してくれる豪華なフルコースを食べていた。家族も同席していいとのことで両親と一緒に食事を楽しんでいた。ホテルのレストランかと思うほどの繊細な盛り付けと味付けに私は舌鼓を打つ。本当は大くんも一緒に食べたかったけれど、今彼は仕事を頑張ってきてくれているのだ。とにかく健康で働くことができるようにと私は願うしかなかった。 *「うぎゃああああああああ、ふぎゃああああああああ」「よしよし、いい子ね」退院して一週間が過ぎたが子育てはなかなか慣れない。赤ちゃんがどうして泣いているのかもまだわからないし、とにかく睡眠時間が削られる。先輩ママの話を聞いていて大変だとはわかっていたけれど、想像以上に体力が削られていた。夜中何回も起こされるし、放っておくわけにはいかない。子育ては予想よりもはるかにハードだった。でもすやすや眠っている娘の顔を見ると、疲れが吹き飛んでしまうのが不思議である。愛する人の子供をこの世の中に産むことができたことが何よりも幸せだし、自分の血を分けた我が子は世界で一番大切にしたい生き物だ。お腹の中にいる時から母性は沸いていたけれど、生まれてきた姿を見るとどんどん母親の自覚が芽生えてくる。我が子が無事に成人し、幸せな人生を送っていくところを見届けたい。可愛くて仕方がないけれど、それでもやっぱり一人では大変だからとのことで、しばらくの間実家で暮らすことになった。退院した日は両親が暖かく迎えてくれて、特にお父さんは顔がくしゃくしゃになってしまうほどだった。初孫が嬉しくてたまらないのかもしれない。お母さんも美花を見て目に入れても痛くないといった表情をしている。両親に孫という存在を見せることができて、少しは親孝行できただろうか。いろんな負担をかけたし悲しい思いもさせてしまったのでこれからは両親に対しても恩返しをしていきたい。母が面倒を見てくれるのでとても助かる。眠っている娘の姿を見ると、大くんのことを強烈に思い出すのだ。それほどそっくり。この唇とかもすごく似
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