All Chapters of はじめまして、期間限定のお飾り妻です: Chapter 101 - Chapter 110

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101話 頭を抱えるルシアン

「え? 今日1日、私の為に時間を割く……? 今、そう仰ったのですか?」朝食の席で、イレーネは向かい合って座るルシアンを見つめた。「ああ、そうだ。俺は無事に祖父から次期後継者にすると任命された。こんなに早く決まったのはイレーネ、君のお陰だ。あの気難しい祖父に気に入られたのだから」「ありがとうございます。でも私は何もしておりません。ただ伯爵様とおしゃべりをしてきただけですから。ルシアン様が選ばれたのは元々次期後継者に相応しい方だと伯爵様が判断したからです。それにゲオルグ様が失態を犯してしまったこともルシアン様の勝因に繋がったのだと思います」「そうか? そう言ってもらえると光栄だな」元々次期後継者に相応しいと言われ、満更でもないルシアン。「それで、イレーネ。今日は何をしたい? どこかに買い物に行きたいのであれば、連れて行ってやろう。何でも好きなものをプレゼントするぞ。臨時ボーナスとしてな」すると、食事をしていたイレーネの手が止まる。「本当に……何でもよろしいのでしょうか?」真剣な眼差しで見つめてくるイレーネ。「あ? あ、ああ……もちろんだ」(何だ? い、一体イレーネは俺に何を頼んでくるつもりなのだ……?)ルシアンはゴクリと息を呑んだ――****「お呼びでしょうか? ルシアン様」食後、書斎に戻ったルシアンはリカルドを呼び出していた。「ああ……呼んだ。何故俺がお前を呼んだのかは分かるか?」ジロリとリカルドを見るルシアン。「さ、さぁ……ですが何か、お叱りするために呼ばれたのですよね……?」「ほ〜う……中々お前は察しが良いな……」ルシアンは立ち上がると窓に近付き、外を眺めた。「ル、ルシアン様……?」「リカルド、そう言えばお前……イレーネ嬢と契約を交わした際に空き家を一軒プレゼントすると伝えてたよな?」「ええ、そうです。何しろイレーネさんは生家を手放したそうですから。ルシアン様との契約が終了すれば住む場所を無くしてしまいますよね?」「ま、まぁ確かにそうだな……」『契約が終了すれば』という言葉に何故かルシアンの胸がズキリと痛む。「そこで、私が契約終了時にルシアン様から託された屋敷をプレゼントさせていただくことにしたのです。でも、今から渡しても良いのですけ……えぇっ!? な、何故そんな恨めしそうな目で私を見るのですかぁ!?」ルシア
last updateLast Updated : 2025-03-31
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102話 根負け

――10時半ルシアンとイレーネは、とある場所にやってきていた。「まぁ……! なんて素敵なお屋敷なのでしょう!」イレーネが目の前に建つ屋敷を見て感動の声を上げる。「芝生のお庭に、真っ白い壁に2階建ての扉付きの窓……。まぁ! あそこには花壇もあるのですね!」結局ルシアンはイレーネの言うことを聞いて、リカルドがプレゼントすると約束した空き家に連れてきていたのだ。『ミューズ』通りの1番地に建つ屋敷に……。「そ、そうか。そんなに気に入ったのか?」引きつった笑みを浮かべながらルシアンは返事をする。(くそっ……! もう、二度とこの場所には来たくはなかったのに……まさか、こんなことになるとは……! 本当にリカルドの奴め……恨むからな!)心のなかでルシアンはリカルドに文句を言う。「だ、だがイレーネ。この屋敷はもう古い。しかも郊外から少し離れているし……暮らしていくには何分不便な場所だ。家が欲しいなら、もっと買い物や駅に近い便利な場所のほうが良いのではないか? 俺が新しい家をプレゼントしよう」何としてもこの場所から引き離したいルシアン。けれど、イレーネは首を振る。「いいえ、新しい家だなんて私には勿体ない限りです。この家がいいです。だって……なんとなく生家に似ているんです。私の家もこんな風にのどかな場所に建っていました。何だか『コルト』に住んでいた頃を思い出します」「イレーネ……」ルシアンにはイレーネの姿がどことなく寂しげに見えた。しかし、次の瞬間――「それに、こんなにお庭が広いのですから畑も作れそうですしね!」イレーネは元気よくルシアンを振り返った。「な、何!? 畑だって!?」「はい、そうです。ちょうどあの花壇のお隣の土地が空いているじゃありませんか? そこを耕すのです。最初は簡単なトマトから育てるのが良いかも知れませんね。カブやズッキーニ、パセリなどは育てやすく簡単に増えます。あ、ハーブも必要ですね。バジルや、ローズマリー、それに……」(まずい! このままではまた1時間近く話しだすかもしれない!)指折り数えるイレーネにルシアンは必死で止める。「わ、分かった! そんなにここが気に入ったなら……この家を今からプレゼントしておこう。何しろ次の当主は俺に確定したようなものだからな」本当なら、出来ればこの屋敷をイレーネに渡したくなかった。何故な
last updateLast Updated : 2025-04-01
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103話 奥が深い人

――その日の夕方屋敷に帰宅したルシアンは早速リカルドを呼び出していた。「ルシアン様……また何か問題でもありましたか……?」リカルドは明らかに不機嫌な様子をにじませているルシアンに尋ねた。「ああ、ある。重要な問題がな……だからお前を呼んだのだろう?」「今日は、イレーネさんとデートだったのですよね? な、何故そのように不機嫌なのでしょう? 楽しくはなかったのですか?」「デートだと? いいや、それは違う。単に2人で一緒に出かけただけだ……しかも、よりにもよって例の空き家にな!」ジロリとリカルドを睨みつけ、腕組みするルシアン。「ですが、本日あのお屋敷に行く話はルシアン様も承諾したではありませんか? それなのに何故いまだに不機嫌なのでしょう?」「それはなぁ……あの屋敷の家財道具が一切そのまま残されていたからだ! 一体どういうことだリカルド! 処分しなかったのは家だけじゃなかったのか!?」怒鳴りつけるルシアン。「ですが、処分したら勿体ないではありませんか!! まだまだ使えるものばかりなのですよ! しかも全て、あの方の好みに合わせた女性向けのブランド家具なのですから! 大体ルシアン様がいけないのですよ? 何もかも、全て私に任せると仰ったからではありませんか!」リカルドも大声で負けじと言い返す。「そこが問題だ! いいか? 俺がイレーネを々連れて行ったのは、あの屋敷を諦めさせるためだったのだ。駅からも遠いし、買い物にも少々不便な場所だ。その様な場所は好まないだろうと思ったからだ!」「確かに、あの地区は生活するには少々不便な場所ですね。住民もあまり暮らしておりませんせし……だからこそ、あの屋敷を買われたのではありませんか。ひと目につきにくい場所で、あの方とお忍びで会うために……」「やめろ! 彼女の話は口にするな!」そしてルシアンはため息をつくと、言葉を続けた。「……悪かった。つい、きつく言ってしまった……。そうだよな、俺が悪かったんだ……彼女のことを一刻も早く忘れるために、全てお前に丸投げしてしまった俺が」「ルシアン様……」「ただでさえ、あの屋敷には近付きたくも無かったのに結局行く羽目になってしまったし。鍵はお前から預かったものの、入るつもりは無かったのだから。なのにイレーネは見ていたんだよ。おまえが俺に鍵を渡す所を。それで中に入りたいと言ってき
last updateLast Updated : 2025-04-02
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104話 ルシアンの交渉

――翌朝6時朝早くからリカルドはルシアンの部屋に呼び出しを受けていた。「ルシアン様、こんなに朝早くから呼び出しとは一体どの様な御要件でしょうか?」スーツ姿に身を包んだリカルドが尋ねる。「今日、イレーネがあの空き家に行くことは知っているな?」着替えをしながら問いかけるルシアン。「ええ、勿論です。昨日の話ではありませんか」「なら話は早い。リカルド、ここの仕事はしなくて良いから今日は1日イレーネに付き合え。一緒にあの家に行き、片付けの手伝いをするように」「ええっ!? な、何故私も一緒に行かなければならないのです? 今日は私も大事な用事があるのですよ? 倉庫の茶葉の在庫管理をしなくてはならないのですから!」「そんな仕事は他の者に任せろ、何はともあれイレーネを最優先にするのだ」ルシアンはネクタイを締めると、リカルドをジロリと見る。「何故です!? 第一、イレーネさんは付き添いは不要と仰っていたではありませんか!」「ああ。確かに彼女はそう言った。だがな……考えても見ろ! あの屋敷……彼女が出ていった後、そのままの状態だったじゃないか!」「いいえ、そのままの状態ではありませんよ? あの方のドレスや化粧品……私物類は全て持っていかれましたから。残されているのはマイスター家で用意した家財道具一式です」「屁理屈を抜かすな! そんなことを言っているのではない! もし、万一……いいか、万一だぞ? 彼女の痕跡が何処かに残っていたらどうするのだ! 持ち忘れた私物や何かがあるかもしれないだろう!? それをイレーネに見つかる前に探して処分しろ!」あまりにも無茶振りを言ってくるルシアンにリカルドは悲鳴じみた声を上げる。「ええ!? 無茶を仰らないで下さい! そんなことはルシアン様でなければ分かるはずないじゃありませんか! ルシアン様が行って下さい!」「行けるものならとっくに行ってる! だがな、今日はどうしても外せない商談があるんだ! 今更キャンセルさせて下さい、とは言えない相手なんだよ!!」「そんな! あまりにも横暴です! どうして私なんですか!?」何としても引き受けたくないリカルドは必死で首を振る。「お前以外に誰に頼めるというのだ! この屋敷で働く者はお前以外、誰も彼女の存在を知りもしないのだぞ!」「うっ! で、ですが……」思わず言い含められそうになるリカ
last updateLast Updated : 2025-04-03
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105話 2人の説得

 その日の朝食の席――「え? リカルド様が本日、私の付き添いをするとおっしゃっているのですか?」フォークを手にしたイレーネが目を見開く。「ああ、そうだ。何しろ数日は屋敷に泊まり込むつもりなのだろう? さぞかし持ち込む荷物も多いのではないか? 本当は俺がついていってやりたいのだが、どうしても本日は大事な仕事があって付き添えないんだ」そしてルシアンは給仕を努めているリカルドをチラリと見る。「はい、そこで私が是非イレーネ様のお手伝いをしたくて名乗りを上げた次第であります。荷物運びから掃除まで、何でも手伝わせて下さい。どうぞ、ボイルエッグでございます」リカルドはイレーネの前にボイルエッグの乗った皿を置く。「ありがとうございます。ですが、お気持ちだけいただいておきます。だってリカルド様はお忙しい方でいらっしゃいますよね? 私のことでご迷惑をおかけするわけには……」「「迷惑のはず無いだろう(無いです)!!」」ルシアンとリカルドの声が同時に上がる。「まぁ、本当にお二人は息ぴったりですのね」」妙なことに感心するイレーネ。「とにかくイレーネはいらぬ心配をする必要はない。自分の執事だと思って、好きなようにリカルドを使ってくれ」「ええ。今日は私のことを1日どうぞ下僕としてお使い下さい、イレーネさん」「え、ええ……そこまで仰るのでしたら、お願いいたしますわ」2人の剣幕に押され、イレーネは頷いた――****――午前10時イレーネの出発する時間がやってきた。「イレーネ様、本当にメイドは必要ないのですか?」馬車の前まで迎えに出てきたメイド長が尋ねてくる。「ええ、大丈夫です。私、こう見えて掃除も得意なのです。ルシアン様が私の別宅ということで用意してくださった家なので、自分で全て整えたいのです」ニコニコしながら答えるイレーネ。一方のリカルドは気が気ではない。イレーネがうっかり屋敷を契約婚のプレゼントだと話してしまわないかと思うといても立ってもいられない。「そ、それよりも早く出発いたしましょう。遅くなりますよ」しびれを切らしたリカルドはイレーネに声をかける。「あ、そうでしたわね。では行くことにします」リカルドの手を借りてイレーネが馬車に乗り込むとメイド長が手招きする。「何でしょうか?」メイド長の近くによると、リカルドは耳打ちされた。「いいで
last updateLast Updated : 2025-04-04
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106話 これは何かしら?

「イレーネさん。この荷物は何処へ運べばよいですか?」イレーネのトランクケースを運びながらリカルドが尋ねた。「はい、その荷物に寝具が入っておりますので2階に運んでいただけますか?」エプロンを身につけながらイレーネは返事をする。「ええっ!? 寝具まで持ってこられたのですか!?」「はい、そうです。ベッドはありましたけど、肝心の寝具が無かったので持ってきました。勿論ピロウにベッドカバーもです」「そうなのですか? でも、そのようなものはわざわざ持ち運ばずにお店で新しい寝具を購入して運んでもらえば良かったのではありませんか?」するとイレーネは首を振る。「いいえ、そんな勿体ないですわ。あるものは有効活用しなければ」「アハハハ……確かにイレーネさんらしい発想ですね。では2階のベッドルームに運んできますね」「ありがとうございます」リカルドは早速重いトランクケースを持って階段を登っていく。(それにしても泊まり込みでこの屋敷の掃除をするなんて……ハッ! も、もしや……ルシアン様の次期当主は、ほぼ確定したも同然。そうなると、契約妻を演じる必要も無くなる……。と言うことは、自分はもう御役御免でルシアン様にクビにされると思い込んで、今から引っ越しの準備をしているのでは……!?)心配性のリカルドはよからぬ考えばかりをぐるぐる張り巡らせ、ルシアンからの特命をすっかり忘れてしまった。過去の女性に関する何かが残されていた場合、イレーネに見つかる前に速やかに処理するという大事な特命を……。一方のイレーネは鼻歌を歌いながら、部屋にはたきをかけていた。「本当にこのお屋敷は素敵ね。家具はどれも高級品で、見たところまだ新しいし。それに食器まで残されているのだから。でも何故食器が全て2セットずつあるのかしら?」家財道具一式全てが自分の為に用意されたものだと信じてやまないイレーネは首を傾げる。「……分かったわ。万一割ってしまったりした場合を考えてルシアン様が用意してくださったのかもしれないわ。それともお友達用にかしら?」何でも前向きに、ポジティブに捉えるイレーネは自分の中で結論づけた。「う〜ん……確かに埃は多いわね……だから、ルシアン様は屋敷の中へ入ることを躊躇したのかしら。あ、そうだわ。床も綺麗に拭かないと」早速イレーネは庭の外に置かれたポンプ井戸までバケツで水くみをし
last updateLast Updated : 2025-04-05
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107話 この件は無かったことに 1

「イレーネさん。2階の掃除が終わりました」リカルドは階下にやってくると、窓を拭いていたイレーネに声をかけた。「本当ですか? ありがとうございます。疲れましたでしょう? 今お茶の用意を致しますので、こちらでかけてお待ち下さい」イレーネはリビングに置かれたダイニングテーブルの椅子を勧める。「お茶の用意なら私が致しますが?」「いいえ、そんなお手伝いしていただいた方にお茶の用意までお願いするなんて出来ませんわ。どうぞかけてお待ちになっていて下さい」「そうですか? では、そのようにささていただきます」リカルドはイレーネの言葉に甘え、椅子に座る。「ではお茶の用意をしてまいりますね」にっこり笑うと、イレーネは奥にある台所へと消えた。「本当にイレーネさんは心根が優しく、気配りのできるお方だ……それに部屋もこんなに綺麗……に……」部屋の周囲を見渡していたリカルドの目がある一点で止まり……自分の顔色が一瞬で変わっていくのを理解した。(あ……あ、あれは……あの写真は……ま、まさか……!!)リカルドは目をぎゅっとつぶり、恐る恐る目を開ける。そして次に目をゴシゴシとこすり、凝視する。それでも例のモノは視界から消えてくれない。「そ、そんな……う、嘘だ………」震える足取りでリカルドはチェストに近付き……写真立てを手に取り、凝視した。(ま、間違いない……! この写真は……あの方の写真だ……! な、何故ここにあるのだ? こんなもの……屋敷に入ったときには無かった!! 一体どういうことなのだ……)まるで生まれたての子犬のようにブルブルと小刻みに震えながら写真を見つめるリカルド。そのとき――「どうされましたか? リカルド様」背後からイレーネに突然声をかけられた。「うぎゃああああ!?」リビングにリカルドの情けない悲鳴が響き渡った――**「どうぞ。少しは落ち着かれましたか?」紅茶を飲むリカルドにイレーネが声をかける。「は、はい……落ち着きました……」しかし、実際のところはリカルドは少しも落ち着いてなどいなかった。心臓は痛いほどに早鐘を打っている。そして笑顔でリカルドを見つめるイレーネに、言いようもない圧を感じる。(どうしよう……イレーネさんに何を聞かれてしまうのだろう。写真のことか? 見つめていた理由か? それとも何故叫んだのか……? 駄目だ! 
last updateLast Updated : 2025-04-06
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108話 この件は無かったことに 2

(何故だろう? 私が写真を見つめているのは知っていたのに……何故何も聞かないのだろう? それはそれで居心地が悪い……)そこで意を決して、リカルドは自分から質問することにした。「あの、イレーネさん……」「はい、何でしょう?」「あ、あの写真ですが……」チラリとリカルドはチェストを見る。「あの女性の写真ですね?」「ええ……そう……です……あれは……一体何でしょう……?」自分でも意味不明な質問をしているのは分かっていたが、他にリカルドは言葉が見つからない。「とても綺麗な女性だと思いませんか?」「はい、そうですね」自分が聞きたいのはそういう意味ではないと、口に出来ないリカルド。「食器棚の奥に立てかけてあったのを見つけました。そこであの上に飾ったのです」「何故飾ったのでしょう!?」ガタンと席を立つリカルド。普通なら疑問に思って飾りませんよね? とは口が裂けても言えない。「え? とても良く撮れている写真だからですけど?」「へ……?」予想外の言葉に固まるリカルド。「あんなに素敵に撮れているのに、隠しておくのは勿体ないと思ったのです。あの写真に映る女性……とても素人には思えません。何というか洗練された……プロの女性のように見えました」頷きながら語るイレーネ。「素人には見えない……? プロの女性……?」唖然とするリカルド。(し、信じられない……! イレーネさんはあんなにポワンとした方なのに……本物を見分ける力でもあるのだろうか!!)「ええ、それで飾らせて頂きました。素晴らしい写真ですよね」「そ、そうですね……た、確かに……ハハハハ……」笑いで誤魔化し、着席するリカルド。(どうしよう……この件、ルシアン様に報告するべきだろうか? いや、報告すれば……多分タダでは済まされないだろう……だったら……)紅茶を飲みながらリカルドはチラリとイレーネの様子を伺う。イレーネは写真を気にする素振りもなく、メイドが用意してくれた焼き菓子を嬉しそうに口にしている。(……よし、決めた。何もかも……無かったことにしてしまおう! そうだ、イレーネさんが写真を気にもとめていないなら、何もルシアン様に報告する必要は無いのだ! 第一、イレーネさんはそれくらいのことでは動じない大物なのだから!)自分に強く言い聞かせ、ようやくリカルドは笑顔になる。「本当にイレ
last updateLast Updated : 2025-04-06
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109話 リカルドの説得

 18時半――「どうだった? イレーネの様子は?」仕事から帰宅したルシアンが出迎えたリカルドに尋ねる。「はい、あのお屋敷をとても気に入られた様子で念入りに掃除をしておられました」「そうか……彼女とは違うな。何しろ、こんなに古い家は嫌だと言っていたからな」ルシアンは何処か寂しげにポツリと言う。「……そうでしたね。なのでせめて家財道具だけは一流の物を揃えたのですから」「いや、もうそれは過ぎたことだから別にどうでもいい。今はイレーネのことだ。どうだ、リカルド。あの家の中に……彼女に関する物が何か残されていなかったか?」じっとリカルドを見つめるルシアン。「……いえ。別に何も残されてはいませんでした」早口で答えるリカルド。「何だ? 今の間は……。何故すぐに返答しなかった?」「色々思い出しながらお返事したまでです。ご安心下さい。イレーネさんが怪しむような物は一切残されていませんでした」確かに嘘はついていない。残されてはいたものの、イレーネが怪しむことは何も無かったからだ。(きっと、イレーネさんはルシアン様の過去やプライベートには一切興味が無いのだろう。だからあの写真を見ても何も感じなかったに違いない)リカルドは自分の中で、そう結論づけた。「何も残されていなかったなら良い。要らぬ心配だったか……」安堵のため息をつくルシアン。「ええ、そうです。何しろ、あのイレーネさんなのですから」「あのイレーネ……? 妙な言い方をするな。だが、あの屋敷に今いるのなら……電話を引いたほうが良いだろうか?」「え? 電話ですか!?」電話という言葉に、一抹の不安を感じるリカルド。もし、電話口で写真のことを話されたらと思うと気が気でならない。「そう、電話だ。何しろ、イレーネは暫くあの屋敷に滞在するのかも知れないだろう? 何しろ畑まで耕したいと言っていたからな……。彼女だって俺と連絡を取る必要性がでてくるかもしれないし」「いえ、その必要は無いと思われます。イレーネさんがルシアン様と連絡を取りたいなどと思うことはないでしょう。かえって重荷に感じられるかもしれません」その言葉にルシアンは唖然とする。「……リカルド」「はい、何でしょう?」「お前……主に向かって随分はっきり物申すな?」「そうでしょうか? ですが私は思ったまでのことをお話しているだけですが」
last updateLast Updated : 2025-04-07
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110話 偶然の再会

――翌朝「今朝も良い天気ね〜」ルシアンに与えられたお下がり? の家で1人目覚めたイレーネは窓のカーテンを開けた。目の前には緑に覆われた閑静な住宅街が広がっている。「フフフ……ここが大都市『デリア』だとは思えないわ。こんなに自然が残されているのだもの」街路樹を見つめながらイレーネは微笑む。「さて、今日も忙しくなりそうね」着替えを済ませてエプロンを着けると、イレーネは上機嫌で階段を降りていった……。 部屋の中には美味しそうなパンが焼ける匂いが漂っている。イレーネはかまどの前に立つと、パンの焼け具合を確認する。「うん、久しぶりにパンを焼いてみたけど……うまく焼けているみたいね」満足気に頷くと早速かまどからパンを取り出し、朝食の準備を始めた。シンと静まり返ったリビングでイレーネは1人朝食を食べていた。「……何だか味気ないわね。以前と同じようにパンは焼けているのに……チーズだって私のお気に入りのものだし、紅茶だって……」そこまで言いかけて、イレーネの脳裏にふとルシアンの顔がよぎる。「そうだわ。いつもはルシアン様と一緒に食事を取っていたからだわ。……1人で食事をするのは久しぶりだったから……私ったら、いつの間にか誰かと一緒に食事するのが当然だと思うようになっていたのね……」イレーネは何気なく、部屋を見渡し……。「あ、そうだわ。いいことを思いついたわ」早速、席を立ち上がった――****――午前10時「さて。今日から少しずつ畑を耕さなくちゃ」軍手をはめ、麦わら帽子を被ったイレーネは花壇の前に立っていた。隣にはレンガで囲まれた空きスペースがある。「リカルド様は、ここで畑を耕しても良いと仰って下さったわね。まずは地面をならすことから始めましょう」イレーネは鼻歌を歌いながら、上機嫌で畑を耕し始めた。……どのくらい耕し続けていたことだろう。不意にイレーネは声をかけられた。「こんにちは。お見かけしない顔ですね。何をしてらっしゃるのですか?」「え?」顔を上げると、敷地を覆う策の向こう側からラフな姿に帽子を被った青年が馬にまたがってこちらを見つめていた。その顔には人懐こい笑みが浮かんでいる。「はい、畑を耕していました」「畑ですか? これは驚いたな……あれ? もしかして……」「何でしょう?」「あ、やっぱりそうだ。僕ですよ、ケヴィンです
last updateLast Updated : 2025-04-08
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