イレーネが『コルト』に戻ってから、1週間が経過していた。「……戸締まりは大丈夫ね」部屋の扉をカチャカチャ回し、鍵がかかっているのを確認すると早速出掛けた。「今日も良いお天気ね〜絶好のお出かけ日和だわ」帽子を風に飛ばされないように押さえながら、イレーネは空を見上げる。今、イレーネは住みこみでパン屋で働いていた。就職先を斡旋してくれたのは他でもない、ルノーだった。彼はイレーネが困っているときに手助けできなかったことを悔やみ、色々奔走してくれたお陰であった。 そして今日は働き始めて初めての定休日。そこでイレーネは店のパンを持って、人手に渡ってしまった実家の様子を見に行こうとしていたのだ。大通りに出てきたイレーネは辻馬車乗り場をチラリと見た。マイスター家でもらったお金は全ていざというときのために、貯蓄に回していた。 頼れる身内が一人もいないイレーネにとってお金は大切なものだったからだ。 「……馬車を使いたいところだけど、ここはやっぱり節約しないといけないわ。歩いていきましょう」イレーネは辻馬車乗り場を通り越して、かつて我が家だった屋敷へ向かって歩き始めた。町の大通りを抜け、並木道を抜け……イレーネは思い出が詰まった懐かしの家へ向かってどこまでも歩き続ける。 ようやく、今は人手に渡った屋敷が見えてきた時。「あら?」イレーネは足を止めた。 この間訪れたときにあったロープは外され、『売却済み』の札が引き抜かれている。 そして窓が開け放たれ、手綱を木にくくりつけられた馬が待機していたのだ。「え? まさか……もう人が住んでいるの? 取り壊されてしまうかと思っていたのに……」実はイレーネが今日、ここを訪れたのは理由があった。恐らくこの土地と屋敷を買った人物は、古くてあちこち壊れているこの屋敷を取り壊すに違いないと思ったからだ。 そこで屋敷が取り壊される前に目に焼き付けておきたいと思い、ここまで足を運んで来たのだった。生活感の感じられる我が家を目にした時、イレーネの胸に熱いものが込み上げてきた。「この雰囲気……懐かしいわ……」まるで今にも扉が開いて「お帰り、イレーネ」と、大好きな祖父が笑顔で現れるような気がしてならなかった。「おじい様……」イレーネはふらふらと吸い寄せられるように、懐かしの我が家へ数歩進み……我に返って足を止めた。
Last Updated : 2025-05-19 Read more