【あの……お仕事の延長ってありますか?】 貧しい男爵家のイレーネ・シエラは唯一の肉親である祖父を亡くし、住む場所も失ってしまう。住み込みの仕事を探していたときに、好条件の求人広告を見つける。けれどイレーネは知らなかった。この求人、実は契約結婚の求人であることを。そして一方、結婚相手となるルシアンはその事実を一切知らされてはいなかった。呑気なイレーネと気難しいルシアンの期間限定の契約結婚が始まるのだが……?
Lihat lebih banyakイレーネ・シエラは今、とても追い詰められていた――
「一体どうするつもりなんだ? イレーネ。このままでは後半月でこの屋敷は差し押さえられるぞ?」
イレーネと幼馴染。弁護士に成り立ての栗毛色の髪の青年、ルノー・ソリスの声が部屋に響き渡る。
何故、彼の声が響き渡るかというと、この屋敷にはほぼ家財道具が無いからであった。「ええ、そうよね……どうしましょう。まさかお祖父様が、こんなにも借金を抱えていたなんて少しも知らなかったわ。そんなに派手な生活はしていなかったのに……」
古びた机の上には書類の山が置かれている。
イレーネはブロンドの長い髪をかきあげながら書類に目を通し、ため息をついた。 その書類とは言うまでもなく、祖父……ロレンツォが遺してしまった負債が記された書類である。「イレーネ、おじいさんを亡くしてまだ三ヶ月しか経過していない君にこんなことを言うのは酷だが……もう爵位は手放して誰か金持ちの平民に買い取ってもらおう。そうすればこの屋敷だけは残せる」
「ええ。そうなのだけど……お祖父様の遺言なのよ。絶対に男爵位だけは手放してはならないって」
イレーネは祖父の遺した遺言書を手に取り、ため息をつく。
「それはそうかも知れないが……住むところを失っては元も子もないだろう? 大体君は病気で倒れたおじいさんの看病をするために、仕事だって辞めてしまったじゃないか」
現在二十歳のイレーネは花嫁修業も兼ねて、エステバン伯爵家でメイドとして働いていた。しかし、半年ほど前に祖父が病気で倒れてしまったために仕事を辞めて看病にあたっていたのだ。
「仕方ないわ。ソリス家はお金が無くて使用人たちは全員暇を出してしまったのだから。私がお祖父様の看病をするしかなかったのだもの。それにお祖父様は子供の頃に両親を亡くした私を引き取って今まで育ててくれたのよ? 遺言を無下にすることは出来ないわ」
「だけど、君は今まで必死になって頑張ってきたじゃないか。家財道具を売り払って、おじいさんの治療費にあててきただろう? その結果がこれだ。もうこの屋敷には売れるものすら殆ど残っていないじゃないか。それなのにまだ五百万ジュエル以上の借金が残されているんだぞ? どうやって返済するつもりなんだ」
ルノーはすっかりがらんどうになった室内を見渡す。
「銀行から借りるっていうのはどうかしら?」
イレーネはパチンと手を叩いた。
「それは無理だな。銀行は返せるあても無い者に金を貸すような慈善事業は行っていない。早く結論を出さないと、この屋敷が差し押さえられるぞ? もう男爵位は諦めて手放せよ。それで俺と同じ庶民になろう?」
「ルノー。あなたが私を心配してくれるのは嬉しいけど、それでもやっぱり爵位は駄目。手放せないわ。だって祖父の最期の遺言なんだもの。死の間際、お祖父様は私の手をこうやって握りしめてきたのよ?」
イレーネは席を立つとルノーに近づき、両手をギュッと握りしめてきた。
「イ、イレーネ?」
狼狽えるルノー。そんな様子に気づくこともなく、イレーネはルノーの手を握りしめたまま見上げる。
「イレーネ。私の最期の願いだ。どうか二百年続いたシエラ家の爵位を守り抜いておくれ……そう言ったのよ?」
イレーネはにっこり微笑むと、ルノーの手をパッと離した。
「そ、それじゃどうするんだよ……?」
「決まっているじゃない。どうせこの屋敷は築二百年でボロボロ。雨漏りも酷いし、床板はあちこち割れている。でも、修繕するお金も無いもの。このお屋敷を手放して借金を返すことにするわ。それで住み込みで雇ってくれるお屋敷を探すことにする」
「住み込みでって……ここを出ていくつもりなのか?」
「ええ。そうよ」
「だ、だったら俺の実家で暮らさないか?」
ルノーが身を乗り出してきた。
「それは駄目よ。婚約者がいる人の実家に私が住むわけにはいかないでしょう?」
「こ、婚約者って……彼女はまだ……!」
「職場の上司のお嬢さん……確かクララさんだったかしら? 彼女に悪いわ。私なら大丈夫、こう見えても結構たくましいんだから。さて、そうと決まったら早速出かけなくちゃ」
イレーネは机の上の書類を片付け始めた。
「え? 出かけるってどこへ?」
「町へよ。職業紹介所へ行って住み込みの仕事が無いか探してみるわ」
「決意は固いんだな……仕方ない。なら、町まで送るよ。ここまで馬車で来たから乗せてやる」
「本当? ありがとう。それじゃ、すぐに準備してくるから待っていてね」
「ああ、待ってるよ」
ルノーの返事を聞くと、イレーネはいそいそと自分の部屋に向かった。
「全く……人の気持ちも知らずに……」
ひとり、部屋に残されたルノーはため息をつくのだった――
ケヴィンに連れられて、家に到着したイレーネは持ち物整理を行っていた。「これは、私の私物だったわね……」結局イレーネが『コルト』からこの家に持参してきた持ち物は1着の着替えと、祖父からの誕生プレゼントの本一冊のみだった。「後は全てマイスター家で買っていただいたものだから……私の物ではないものね」小さくため息をつくと、イレーネは改めて周囲を見渡した。カーテンにテーブルクロス、クッションカバー……家の中は全てイレーネの好きなもので溢れていた。この家を自分のお気に入りの場所にするために、足繁く通ってインテリアを整えていた日々が今では夢のように感じられる。それだけではない。この町で新しく出来た女友達を招いてお茶会を開いたことや、リカルドと一緒に部屋の片付けをしたことも楽しい思い出だった。そして……。「ルシアン様……」ルシアンはこの家にあまり寄りたがらなかったが、それでもほんのわずかでも一緒に過ごした出来事が脳裏に浮かぶ。特に、嵐の夜……。怖くて怖くて泣きながら震えていたイレーネのもとに、びしょ濡れになりながら駆けつけてくれたルシアン。大きな腕で抱きしめてくれた、あの夜の記憶は今も鮮明に残っている。あんなに安心感を得られたのは、あの日が初めてだった。ずっと、この腕の中にいられたらと密かに願う自分がいた。けれど、いつかはルシアンの元を離れなければならない。だからあえてこれは契約だと今まで、イレーネは自分に言い聞かせてきたのだ。「駄目ね。私って……本当に欲が深くなってしまったのね……これでは天国のお祖父様に叱られてしまうわね」イレーネの目から、ポロリと大粒の涙が落ちる。その時。「イレーネさん……」外で待っていたはずのケヴィンの声が背後で聞こえてきた。「あ、は、はい! ケヴィンさん」慌ててイレーネはゴシゴシと目を擦ると、笑顔で振り返った。「すみません……外で待っているつもりだったのですが、イレーネさんのことが心配で……入ってきてしまいました」申し訳なさそうに俯くケヴィン。「い、いえ。大丈夫です。すみません、もう終わりました。お待たせして申し訳ございません」イレーネは足元に置かれた小さなボストンバッグを手にした。「イレーネさん。もしかして荷物は……それだけですか?」「はい、そうですけど?」「でも、まだ沢山荷物が残ってい
「おはようございます。昨夜はお世話になりました。伯爵様、奥様」ダイニングルームに入ると、イレーネはケヴィンの両親に丁寧に挨拶をした。「良く眠れましたかな?」「まぁ、イレーネさん。その服、良く似合っていらっしゃるわ」ケヴィンの両親が穏やかに話しかけてくる。「はい、素敵なお部屋でした。それにお洋服を用意して頂き、大変感謝しております。本当にありがとうございます」「どうぞ、イレーネさん」ケヴィンが椅子を引いてイレーネに勧める。「ご親切にありがとうございます」そんな様子を微笑ましげに見つめるケヴィンの両親。ケヴィンもイレーネの隣に座ると穏やかな朝食が始まった。2人はイレーネについて根掘り葉掘り尋ねてくることはなく、それがとてもありがたかった。(きっと、ケヴィンさんが事前に何か御両親に話されていたのかもしれないわね)イレーネは隣で食事をするケヴィンに心の中で感謝する。やがて食事が終わると、イレーネはケヴィンに尋ねた。「ケヴィンさん、本日もお仕事があるのですか?」「ええ、ありますよ。今日は9時から駅前交番に勤務です」「そうですか……駅まではどのようにして行かれますか?」「馬に乗っていきますけど?」「それなら、私も乗せていただけないでしょうか?」その言葉に夫人が会話に加わってきた。「イレーネさん。駅に行かれるの?」「はい、汽車に乗るつもりです」何処にも行くあてが無かったイレーネは『コルト』に戻るつもりでいた。ベアトリスが『デリア』にいる以上、もうここにいてはいけないと思ったからだ。(最後に……直接、皆さんの顔を見て挨拶をしたかったけど、それは無理ね。私はもうマイスター家とは無関係になってしまったのだもの。リカルド様との契約書は後で郵送にしましょう)「イレーネさん。本気ですか?」イレーネの言葉にケヴィンが真剣な眼差しを向ける。「汽車に乗って何処へ行くつもりなのだい?」「自分の故郷に帰るつもりです。……待っている人がいるので」本当はそんな人はいない。イレーネはひとりぼっちなのだから。けれど、親切なケヴィンと彼の両親を心配させたくは無かったのだ。「待っている人というのは誰かね?」伯爵が尋ねてくる。「はい、私の祖父です」(お祖父様のお墓は『デリア』にあるもの。待っている人と答えても大丈夫よね……)「そう。お祖父様が待
――翌朝7時「ルシアン様! 起きてらっしゃいますか!」リカルドがノックもせずにルシアンの寝室に飛び込んできた。「あぁ、勿論起きている」既にルシアンは着替えを済ませていた。「大変です! 今朝の新聞ですが……!」リカルドの手には新聞が握りしめられている。「分かっている。俺とベアトリスのゴシップネタが記事に載っているのだろう?」苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべるルシアン。「そ、それだけではこんなに驚きませんよ! ご覧下さい!」リカルドは手に丸めて持っていた新聞をルシアンに差し出した。「他に何が書かれているんだ?」新聞を広げたルシアンの顔がみるみる内に青ざめ……震え始めた。「な、な、何なんだ……! 歌姫、ベアトリスの秘密の恋人。マイスター伯爵。2年の遠距離恋愛の末……ついに婚約だと……!? くそっ!! 何処の新聞社だ! こんないい加減な記事を載せるなんて!」ルシアンは新聞を破り捨てようとして、リカルドに止められた。「落ち着いて下さいルシアン様! この新聞社だけでは無いのですよ! 他に5社の新聞社が同様の記事を載せているのですから!」「な、何だって!?」「しかも、ベアトリス様のインタビューまで掲載されています。今年中には結婚予定だと書かれていましたよ。……お読みになりますか?」「いや、いい。心臓に悪そうだ。くそっ……! ベアトリスが後悔することになると言ったのは……このことだったのか」青ざめた顔で頭を抑えるルシアン。「た、大変です! ルシアン様!」そこへフットマンが部屋に飛び込んできた。「今度は何だ!?」「マ、マイスター前当主様から……お電話が入っております……その、大変激怒されているようなのですが……」「まさか……もう、『ヴァルト』にまで情報がいっていたのか……?」ルシアンは呆然と立ち尽くすのだった――****同時刻。既に起床していたイレーネは用意された服に着替え終え、髪をとかしていた。その時……。――コンコンイレーネのいる客室の扉がノックされて、声が聞こえてきた。『イレーネさん、お目覚めでしょうか?』「ケヴィンさんの声だわ」イレーネは立ち上がると、すぐに扉を開けに向かった。「おはようございます、イレーネさん」扉を開けると、すぐにケヴィンが挨拶してきた。「おはようございます。ケヴィンさん」「その洋
――21時半「何ですって!? それでレセプション会場から、お一人で帰ってこられたのですか!?」書斎にリカルドの声が響き渡る。「大声を出さないでくれ。ただでさえ、疲れているのに……」ため息をつきながら、ネクタイを緩めるルシアン。「大声を出すなと言う方が無理です。一体、何故そんなことになってしまわれたのです?」「それはこちらが聞きたい話だ! ベアトリスがあの会場に現れることもこっちは知らなかったのに! 大体、何故彼女が『デリア』に来ているんだ?」ソファに沈み込むようにルシアンは腰掛けた。「……ルシアン様。本気でそのようなことを言われているのですか?」「何のことだ?」「ベアトリス様が今、オペラ公演の為に『デリア』に来ていたことですよ! それだけではありません。イレーネさんがブリジットさんと観に行った公演がそのオペラだったのですから!」リカルドはヤケクソの様に大声で喚いた。「な、何だって!! そうだったのか!?」「ええ、そうですよ。だいたい、ルシアン様がいけないのですよ? 今まであまりにもイレーネさんに無関心過ぎたからです。ちゃんと目を向けていれば、事前に気づいて今夜のようなヘマはやらかさずにすんだのではありませんか!?」「リ、リカルド……」「おまけに、何故ひとりで帰ってこられたのです? お友達のところに泊まると書かれていたのなら、お迎えに行ってさしあげればよろしかったではありませんか?」「だ、だが……夜も遅いし、それに本当にブリジット嬢の家に行ってるかどうかも……」「そんなことを言ってる場合では無いでしょう!? はぁ……もう、結構です。明朝、私が直にブリジット様のお宅を訪問してみることにします」ため息をつくリカルド。「い、いや。それなら俺が……」「いいえ! もうルシアン様は動かれないで下さい! それに……きっと、明日は大変なことになるでしょうからね」「あ……」リカルドに指摘され、ルシアンは再び顔が青ざめるのだった――****――今から約2時間程前に遡る。「イレーネさん。僕の家に到着しましたよ」馬車の中でボンヤリしていたイレーネは突然ケヴィンに声をかけられて我に返った。「え? 本当ですか?」「ええ。降りましょう」ケヴィンは扉を開けるとイレーネに手を差し伸べた。「どうもありがとうございます」ケヴィンの手を借りて、
会場に戻ると、もう既にうるさい記者達の姿はいなくなっていた。「イレーネ……どこだ……?」ルシアンは必死で探し回るも、何処にも姿は見えない。するとそこへ声をかけてくる人物がいた。「マイスター伯爵」「あ、あなたは……ガストン卿!」彼は重要な取引先企業の社長だった。「一体、先程の騒ぎは何だね? 随分記者達に取り囲まれていたようだが……まさか君の婚約者が、あの世界の歌姫のベアトリス令嬢だとは思わなかったよ」「いえ、彼女は……私の婚約者ではありません。2年前に終わった仲です。今の婚約者は別の女性です。……美しくて、控えめながらも朗らかな女性で……とても大切な存在です」ルシアンの脳裏に、笑顔を見せるイレーネの姿が浮かぶ。「マイスター伯爵……余程その女性のことを愛されているのですな」「そうです、その彼女とはぐれてしまって……なので、申し訳ございません! 彼女を……イレーネを捜さなくてはならないので! 失礼します!」ルシアンはそれだけ告げると、急いでその場を後にした。(ガストン卿も、あの騒ぎを知っていた……ということはイレーネにも見られてしまった可能性がある!)そのことを思うと、ルシアンの胸は痛んだ。(一緒に会場に入り、婚約者として紹介されるはずだったのに……あんな場面を見せられてはどれだけ……傷ついたことだろう……!)そこで、ふとルシアンは足を止めた。「そうだ……イレーネは……最初から俺のことを単なる契約相手としてしか見てくれてはいなかったんだ……だったら、何とも思うはずは……」急に虚しさが胸に込み上げてくる。(それでも今はイレーネを捜して……きちんと説明しなければ! そして今更だが……自分の本当の気持ちを彼女に告げなければ……!)再びルシアンは走り始めた。けれど会場内をくまなく探すも、イレーネは見つからない。「はぁ……はぁ……い、一体イレーネは何処に行ったんだ……?」もはや、レセプションどころではなかった。以前のルシアンなら、イレーネを後回しにして挨拶周りをしていたかもしれない。だが、今自分の心を占めているのはイレーネだけだった。「こんなに捜してもいないということは……先に帰ってしまったのだろうか……?」だが、勝手に帰るような性格の女性ではないことをルシアンは理解している。「そうだ、受付に行って聞いてみよう」思い立っ
ルシアンはイレーネがケヴィンと供に会場を去ったことを知らぬまま、大勢の人々からもみくちゃにされていた。しかも運の悪いことに、新聞記者達も数多く集まっていたのだ。「ベアトリスさん! こちらの方が恋人なのですか!?」「お相手は以前から噂のあったカイン氏ではなかったのでしょうか!?」「お二人は遠距離恋愛中だったということですね?」記者達の不躾な質問にルシアンは反論した。「はぁ!? さっきから君たちは一体何を言ってるんだ! 俺と彼女は……!」すると、場馴れしたベアトリスが笑顔でルシアンの口元を押さえた。それだけで記者たちは歓声を上げる。「皆様、どうか落ち着いて下さい。彼はルシアン・マイスター伯爵。一般人ですので、この様な取材には慣れていないのですから」「ベアトリス! 君は一体……!」なおも反論しようとすると、ベアトリスは一歩前に進み出てきた。「私からご説明致します。私と彼は恋人同士でした。ですが2年前に理由あって離れ離れになってしまいました。ですが、私はずっと彼を忘れたことはありませんでした。私は彼に対する想いを舞台で歌い、演じてきたのです。今回『デリア』でオペラを上演することになり、こうして彼に再会出来たのも運命だと思っております!」世界の歌姫として名を馳せるベアトリスの声は会場内に良く響き渡った。当然、ルシアンが今回挨拶を交わす予定だった取引先の社長達の耳にも。もはや、ルシアンは顔面蒼白になっていた。(な、何てことをしてくれたんだ……! もうこれ以上……我慢できない!)「来るんだ! ベアトリス!」ルシアンはベアトリスの腕を掴むと、強引に人混みをかき分けて逃げ出した。「通してくれ! そこをどいてくれ!」「ちょ、ちょっと! ルシアンッ!?」「あ! 逃げないで下さい!」「まだ聞きたいことが沢山あるんですよ!」ルシアンはベアトリスを連れて追ってくる記者たちを必死にまくと、レセプション会場の中庭まで逃げてきた。「はぁ……はぁ……こ、ここまで逃げてくればいいだろう……」息を切らせながらルシアンは会場を振り返った。「アハハハハハハ……ッ。懐かしいわね。私達、良くこうしてゴシップ記者から逃げ惑っていたのを思い出さない?」ベアトリスは面白そうに笑う。「笑い事じゃない、それに生憎俺は思い出話に浸る予定なんかないんでね。一体どういうつ
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