結婚して四年、一度もSNSを更新したことのない桐島亮介(きりしまりょうすけ)が、珍しく投稿をした。「本当に食いしん坊な子猫ちゃんだ」添えられた写真には、ピンクの猫耳カチューシャをつけた女の子が、料理を食べている姿。辛さに顔を真っ赤にし、舌を出している。――彼の会社の新人配信者、小野寺美優(おのでらみゆ)だった。投稿からものの数十秒後、共通の知人がコメントをつけた。「亮介、アカウント切り替え忘れてるぞ!」その直後、亮介の投稿は消えた。だが、すぐに美優のSNSに同じ内容がアップされた。......そして、スマホが鳴った。亮介からの電話だ。以前の私なら、すぐにスクショを撮って証拠を押さえ、先手を打って問い詰めただろう。どうせ大喧嘩になるのは目に見えている。でも今回は、スマホをじっと眺めるだけで、一度も取らずにいた。呼び出し音が切れ、部屋には静寂だけが残る。亮介が帰宅した頃には、私はソファに体を沈め、半分眠りかけていた。 彼は無言でコートを脱ぎ、靴を履き替える。 「……なんで電話に出なかった?」 めったに探りを入れるようなことはしない彼が、こういう聞き方をする時は、少しは後ろめたさを感じている証拠だった。 「うっかり寝ちゃって、気づかなかった」 顔も上げず、適当に流す。 「残業が入って、帰るのが遅くなった。無理して待たなくていいんだぞ。そんなに自分を卑屈にする必要はない」 以前なら、「亮介を愛してるから!」と全力で訴えただろう。 でも、もうそんなエネルギーすら残っていない。 彼が差し出したのは、手のひらほどのベルベットの箱だった。 「開けてみろ」 今日は彼の会社の上場記念日だった。 そのお祝いに、私はいつも通り定時で仕事を切り上げ、買い物をして、彼のために料理を作って待っていた。 ――なのに。 待てど暮らせど、約束の時間に帰ってこない。 彼の体に染み付いた料理の匂いを、私は気づかないふりをして、箱を受け取ると、適当にテーブルへと置いた。 これと同じ箱は、前にも見たことがある。 彼が私の誕生日を忘れた時、埋め合わせのつもりで差し出したものと、まったく同じ。 亮介はじっとその箱を見つめ、少しだけ眉を寄せると、低い声で言った。 「遥、お前、またワガママ言うつもり
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