Short
我流产后,前夫直播追妻火葬场

我流产后,前夫直播追妻火葬场

By:  桔子水Completed
Language: Japanese
goodnovel4goodnovel
10Chapters
5views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

結婚して四年、一度もSNSを更新したことのない亮介が、珍しく投稿をした。 「本当に食いしん坊な子猫ちゃんだ」 添えられた写真には、ピンクの猫耳カチューシャをつけた女の子が、料理を食べている姿。辛さに顔を真っ赤にし、舌を出している。 ――彼の会社の新人配信者、美優だった。 投稿からものの数十秒後、共通の知人がコメントをつけた。 「亮介、アカウント切り替え忘れてるぞ!」 その直後、亮介の投稿は消えた。だが、すぐに美優のSNSに同じ内容がアップされた。 ......そして、スマホが鳴った。亮介からの電話だ。 以前の私なら、すぐにスクショを撮って証拠を押さえ、先手を打って問い詰めただろう。どうせ大喧嘩になるのは目に見えている。 でも今回は、スマホをじっと眺めるだけで、一度も取らずにいた。 呼び出し音が切れ、部屋には静寂だけが残る。

View More

Chapter 1

第1話

結婚して四年、一度もSNSを更新したことのない桐島亮介(きりしまりょうすけ)が、珍しく投稿をした。

「本当に食いしん坊な子猫ちゃんだ」

添えられた写真には、ピンクの猫耳カチューシャをつけた女の子が、料理を食べている姿。辛さに顔を真っ赤にし、舌を出している。

――彼の会社の新人配信者、小野寺美優(おのでらみゆ)だった。

投稿からものの数十秒後、共通の知人がコメントをつけた。

「亮介、アカウント切り替え忘れてるぞ!」

その直後、亮介の投稿は消えた。だが、すぐに美優のSNSに同じ内容がアップされた。

......そして、スマホが鳴った。亮介からの電話だ。

以前の私なら、すぐにスクショを撮って証拠を押さえ、先手を打って問い詰めただろう。どうせ大喧嘩になるのは目に見えている。

でも今回は、スマホをじっと眺めるだけで、一度も取らずにいた。

呼び出し音が切れ、部屋には静寂だけが残る。

亮介が帰宅した頃には、私はソファに体を沈め、半分眠りかけていた。

彼は無言でコートを脱ぎ、靴を履き替える。

「……なんで電話に出なかった?」

めったに探りを入れるようなことはしない彼が、こういう聞き方をする時は、少しは後ろめたさを感じている証拠だった。

「うっかり寝ちゃって、気づかなかった」

顔も上げず、適当に流す。

「残業が入って、帰るのが遅くなった。無理して待たなくていいんだぞ。そんなに自分を卑屈にする必要はない」

以前なら、「亮介を愛してるから!」と全力で訴えただろう。

でも、もうそんなエネルギーすら残っていない。

彼が差し出したのは、手のひらほどのベルベットの箱だった。

「開けてみろ」

今日は彼の会社の上場記念日だった。

そのお祝いに、私はいつも通り定時で仕事を切り上げ、買い物をして、彼のために料理を作って待っていた。

――なのに。

待てど暮らせど、約束の時間に帰ってこない。

彼の体に染み付いた料理の匂いを、私は気づかないふりをして、箱を受け取ると、適当にテーブルへと置いた。

これと同じ箱は、前にも見たことがある。

彼が私の誕生日を忘れた時、埋め合わせのつもりで差し出したものと、まったく同じ。

亮介はじっとその箱を見つめ、少しだけ眉を寄せると、低い声で言った。

「遥、お前、またワガママ言うつもりか?」

贈り物で不機嫌をなだめるのが、彼のいつものやり方だった。

プレゼントを受け取れば、ケンカはなかったことになる。何もかも、なかったことにするための道具。

でも、もう私はその手に乗るつもりはない。

当然、彼は気に入らないだろう。

「つけてやるよ」

有無を言わせず、箱を開け、手首にブレスレットを巻こうとしたその時。

――彼の動きが止まった。

私の手首には、まったく同じものがすでにあった。

「……もういい、置いとくよ。早く寝ろ。明日も仕事だろ」

私は手を引っ込め、ソファから立ち上がる。

「改めて選び直させようか?」

亮介の申し出に、私は冷たく答えた。

「いらない」
Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters

Comments

No Comments
10 Chapters
第1話
結婚して四年、一度もSNSを更新したことのない桐島亮介(きりしまりょうすけ)が、珍しく投稿をした。「本当に食いしん坊な子猫ちゃんだ」添えられた写真には、ピンクの猫耳カチューシャをつけた女の子が、料理を食べている姿。辛さに顔を真っ赤にし、舌を出している。――彼の会社の新人配信者、小野寺美優(おのでらみゆ)だった。投稿からものの数十秒後、共通の知人がコメントをつけた。「亮介、アカウント切り替え忘れてるぞ!」その直後、亮介の投稿は消えた。だが、すぐに美優のSNSに同じ内容がアップされた。......そして、スマホが鳴った。亮介からの電話だ。以前の私なら、すぐにスクショを撮って証拠を押さえ、先手を打って問い詰めただろう。どうせ大喧嘩になるのは目に見えている。でも今回は、スマホをじっと眺めるだけで、一度も取らずにいた。呼び出し音が切れ、部屋には静寂だけが残る。亮介が帰宅した頃には、私はソファに体を沈め、半分眠りかけていた。 彼は無言でコートを脱ぎ、靴を履き替える。 「……なんで電話に出なかった?」 めったに探りを入れるようなことはしない彼が、こういう聞き方をする時は、少しは後ろめたさを感じている証拠だった。 「うっかり寝ちゃって、気づかなかった」 顔も上げず、適当に流す。 「残業が入って、帰るのが遅くなった。無理して待たなくていいんだぞ。そんなに自分を卑屈にする必要はない」 以前なら、「亮介を愛してるから!」と全力で訴えただろう。 でも、もうそんなエネルギーすら残っていない。 彼が差し出したのは、手のひらほどのベルベットの箱だった。 「開けてみろ」 今日は彼の会社の上場記念日だった。 そのお祝いに、私はいつも通り定時で仕事を切り上げ、買い物をして、彼のために料理を作って待っていた。 ――なのに。 待てど暮らせど、約束の時間に帰ってこない。 彼の体に染み付いた料理の匂いを、私は気づかないふりをして、箱を受け取ると、適当にテーブルへと置いた。 これと同じ箱は、前にも見たことがある。 彼が私の誕生日を忘れた時、埋め合わせのつもりで差し出したものと、まったく同じ。 亮介はじっとその箱を見つめ、少しだけ眉を寄せると、低い声で言った。 「遥、お前、またワガママ言うつもり
Read more
第2話
同じプレゼントを買ったことへの罪悪感でもあったのか、亮介は「一緒に会社へ行こう」と提案してきた。 ちょうど体調も優れず、車を運転する気になれなかった私は、それを断らなかった。 駐車場に降りると、亮介は自分の車の前で腕を組み、難しい顔をしている。 ――そういえば、いつからだろう。 彼が、私が彼の車に乗るのを嫌がるようになったのは。 助手席に座ることすら許されず、「自分の車を買え」と半ば強制されたのは。 思えば、昔はよく彼の「助手席の所有権」を巡って言い争いになったものだ。まるで神経をすり減らすように。 ――彼は、きっとそんな私にうんざりしていたのだろう。 でも今。 亮介の車の助手席には、びっしりと猫グッズが並べられていた。 猫耳クッション、猫のぬいぐるみ、猫のステッカー……至るところに、かわいらしい装飾が施されている。 そして、シートそのものが改造され、小柄な女の子が座りやすい仕様に変わっていた。 ……小野寺美優のために。 亮介は、私の視線を感じ取ったのか、一瞬だけ戸惑った顔をした後、何も言わずに車のドアを開け、ぬいぐるみを後部座席へ押し込む。 私はその様子を見ながら、静かに口を開いた。 「……やっぱり、自分で行くわ」 最後の猫のぬいぐるみを後ろに投げ入れながら、亮介は言う。 「いいから乗れよ。一緒に行こう。美優はこういうのが好きで、つい集めちまったんだ。気にするな」 私は再び助手席を見た。 車のデザインにまったく馴染んでいない、違和感しかないピンクのシート。 どうしても、座る気にはなれなかった。 「……やっぱり無理」 そう呟き、私は自分の車のドアに手をかけた。 しかし、亮介がすかさず動いた。 私の腕よりも速く、運転席に滑り込むと、ハンドルを握りながら言う。 「俺が運転するから、一緒に行こう」 私は彼の顔をじっと見た。 彼の目が一瞬、動揺したように見えた。 やっぱり分かってたんだな。あんな助手席にしておくのが、どれだけおかしいかって。 亮介は何か言いたげだったが、私はそれを遮るように促した。 「……遅刻する。早く出して」 彼は口を閉じ、唇を噛みしめながらエンジンをかける。 信号待ちの間、車内に特定の着信音が響いた。 ――美優の専用コール。
Read more
第3話
正直なところ、今どき歩いて出勤する人なんてほとんどいない。 信号が青に変わった瞬間、ちょうど角を曲がってきた電動スクーターの運転手も、まさか横断歩道に人がいるとは思わなかったのだろう。 次の瞬間――ドンッ。 まともにぶつかり、私は地面に倒れ込んだ。 手足と額にそれぞれ擦り傷ができ、じんじんと痛みが広がる。 病院で手当てを受けると、看護師が額に薬を塗り、パッドを貼りながら言った。 「しばらくはなるべく水に触れないようにしてくださいね。お風呂も控えて、薬は忘れずに塗ってください」 診察を終えた私はタクシーを拾い、会社へ向かった。 助手席を見ると、運転手のスマホが二台セットされている。一台はナビ、もう一台は――美優のライブ配信。 画面のコメント欄には、リスナーたちの心配する言葉が流れている。 「ああ〜、みんな心配してくれてありがとう♡美優にゃん、無事だよ〜!おにぃがすぐ来てくれたから、病院に行かなくても大丈夫だったの〜。 ないよ〜!まだおにぃに告白してないもん〜!みんな、変なこと言わないでよ、おにぃが横で見てるんだからね!そうそう、おにぃってめっちゃ優しいんだよ〜!」 私はスマホを取り出し、亮介から届いたメッセージを確認する。 「今日のプロジェクト会議、お前いなかったらしいな?どこ行ってた?早く会社に来い。 ちょっと一人で歩いてもらっただけだろ?何キレてるんだ?」 ……本当に、都合のいい人間だ。 ――夜。 薬を塗り終え、ソファでテレビを見ていると、玄関の電子ロックが解除される音がした。 「やっぱりな。最近妙におとなしいと思ったら、こうやって待ち伏せしてたのか」 亮介の声は、どこか嘲るような響きを帯びていた。 テレビの音がうるさかったのか、彼はすぐにリモコンを探そうとするが、見つからなかったらしく、直接コンセントを引っこ抜いた。 「遥、お前、頭おかしいのか?このプロジェクト、準備に半月かけたんだぞ。それが今日の会議で進まなかったせいで、どれだけ会社に損失が出ると思ってる?」 彼の声には、苛立ちと嫌悪が滲んでいた。 私はゆっくり顔を上げ、彼と視線を交わす。 ――その瞬間、彼の表情が固まった。 亮介の視線は、私の額に貼られた絆創膏へと向かい、その後、むき出しになった腕や足の傷へと
Read more
第4話
「離婚しましょう」――その一言の余韻は、思った以上に強烈だった。 亮介はその場で怒りを爆発させ、家を飛び出して行った。 それから、丸一週間、一度も帰ってこなかった。 ――これは、彼が怒ったときのいつものパターンだった。 結局のところ、私の言葉なんてどうでもいいのだろう。 以前なら、彼が冷たく距離を取るたび、私は精神的に追い詰められ、眠れない夜を過ごした。 繰り返し電話をかけ、何度も謝り、必死に許しを乞う――そんなふうに、彼の気持ちを引き止めようとしていた。 でも、もう違う。 私は新しい仕事を探すのに忙しく、彼のことを考える暇なんてなかった。 ――離婚するのに、彼の会社に残るわけにもいかないのだから。 その日の仕事終わり、久々に亮介から電話がかかってきた。 「食事に誘う」――それは、彼なりの「仲直りのサイン」だった。 もしこの誘いを断れば、「お前が大人げない」と責められるのは目に見えている。 「上半期の業績が目標達成した。今夜、事業部の打ち上げがある。お前も一緒に来い」 彼の声は、いつものようにぶっきらぼうだった。 ――会社の行事なら、仕事の一環という大義名分がある。 私は淡々と了承した。 二十分後―― 会社の前で待ち続け、ようやく迎えに来た亮介の車を見て、助手席に座る美優の姿を確認した。 「お姉さん、ごめんね〜!私、車酔いしちゃうから、りょうすけおにぃが前に座らせてくれたの!」 助手席に座った美優は、にこにこと私を見つめながら、わざとらしくそう言った。 亮介はハンドルを握りしめ、私の反応を警戒するようにチラチラとこちらを見ている。 私が怒りを爆発させるとでも思っているのだろうか。 ――無駄だ。 私は無言で後部座席のドアを開け、黙って乗り込んだ。 そもそも、この助手席はもうとっくに私のものじゃない。 車が走り出すと、美優はずっと亮介に話しかけていた。 私は外の景色を眺めながら、静かに聞き流す。 その間、亮介は珍しく美優に対して無口だった。 時々バックミラーで私の様子を伺いながら、いつになく険しい顔をしている。 ――珍しいこともあるものね。 ホテルに到着すると、亮介の親友の相馬直人(そうまなおと)が迎えに出てきた。 「おっ、遥さん!わりぃ、忙し
Read more
第5話
血液検査とエコー検査の結果が出た。 ――切迫流産、すでに胎児の心拍は確認できず。 清掃手術を終えた私の手元に、水瀬玲奈(みなせれいな)が百合の花束を差し出した。 「なんて言えばいいのかねぇ……子どもも失くして、結婚も終わらせようとして、亮介のこと、本当に吹っ切れるの?」 麻酔が切れたばかりの私は、まだ少し顔色が悪かった。唇に浮かぶ笑みも、どこか薄い。 ――この子を、産むつもりはなかった。 亮介に対する気持ちが完全に冷めた時点で、私はすでに母親になる未来を手放していた。 彼は、その価値がない。 そして結婚生活も―― 「捨てたのは、あっちが先でしょ?」 玲奈は「まぁ、そりゃそうだけどさ」と肩をすくめると、近くに座っていた藤堂慎也(とうどうしんや)を見てニヤリと笑った。 「でも、遥が本気なら、うちの最高の弁護士が派手にやってくれるよね?ねぇ、慎也お兄さ〜ん?」 慎也は静かに頷き、「離婚の手続きはすぐに進めるよ。ただし、こういうケースでは裁判になる可能性も考えといたほうがいい」と淡々と答えた。 私は彼に感謝の笑みを向けた。 「……お願いね。ありがとう」 ホテルでの出来事も、離婚の件も。 彼はすべてを察していたのだろう。 慎也は穏やかに微笑み、「気にするな」とだけ言った。 ――その後、三日間の病欠。 亮介からの連絡は、一切なかった。 もっとも、私のほうから連絡をするつもりもなかったけれど。 例の夜以来、彼は私が担当していたプロジェクトを別の社員に引き継がせた。 ……私が会社にいようがいまいが、もう関係ないということだろう。 そんなある日、久しぶりに出社すると、ビルの前で美優が待ち構えていた。 彼女は私の姿を見るなり、小走りで駆け寄ると、挑発的な笑みを浮かべた。 「ねぇ、お姉さん、病気だったんでしょ?もう退院したんだって?もしかして、赤ちゃん……ダメだったの?」 その言葉を聞いた瞬間、私は美優を鋭く睨みつけた。 「……最初からわかってたのね?」 美優はわざとらしく目を見開き、驚いたふりをする。 「え?そうだったの?ふふっ、実はただの勘だったんだけどなぁ……でも、そっか、やっぱりそうだったんだ?」 「お姉さんが転んだのが悪いよね?」 ……その瞬間、手が出てい
Read more
第6話
自分のために滋養スープを煮込み、ベッドに戻って少し眠ることにした。 体が弱っていると、どうしても睡眠時間が長くなる。 気がつけば、外はすっかり夜になっていた。 洗顔を済ませたころ、注文していた栄養食が届く。 テーブルに料理を並べ、スープを一杯よそっていたちょうどその時―― 玄関のドアが開いた。 亮介が帰宅した。 私は彼を無視し、そのまま食事を続ける。 一方の亮介は、まっすぐキッチンへ向かい、牛乳を温めようとしていた。 しかし、私の作ったスープを見た途端、手を止める。 冷蔵庫から取り出しかけた牛乳を、再びしまい込むと、意外にも穏やかな声で言った。 「わざわざ俺のためにスープ作ってくれたのか、ありがとう」 「は?」 思わず眉をひそめる。 「これは私が飲むの。あんたの分じゃない」 亮介の手が、ピタリと止まる。 一瞬、信じられないものでも見るような顔をしたかと思うと、次の瞬間、表情を険しくした。 「遥、お前......俺の胃が弱いの、知ってるだろ?」 私は淡々とスープをすくいながら、静かに答える。 「知ってるよ。でもさ、だからこそ、私は毎日仕事を早く切り上げて、料理の勉強をして、あんたのためにご飯を作ってたんじゃない? 仕事終わりで疲れてても、レシピを調べて、栄養バランスを考えて......少しでも、あんたの体にいいものをって」 ――でも、そんな私は、毎晩ひとりで冷めた料理を眺めるだけだった。 あんたは、その間、どこにいたの? 誰といたの? 私は一人、熱々の料理が冷めていくのをじっと見つめていた。 まるで私の心のように。 私の言葉に、亮介は口を開きかけるが、私は続けた。 「でも、それももう終わり。 ――ほら、美優がいるじゃん。これからは、彼女に作ってもらえば?」 私は何事もなかったようにスープを飲み、彼の視線を無視する。 亮介はしばらく黙ったまま私を見つめていたが、やがて諦めたように舌打ちし、無言でキッチンに戻ると、牛乳を温め始めた。 食事を終え、部屋に戻ると、亮介がすでにシャワーを浴び、ベッドに腰掛けてスマホを見ていた。 私が入ってきたのを見ると、すぐにスマホを置き、じっとこちらを見つめてくる。 「今日は早く寝よう」 私は彼を視界に入れず
Read more
第7話
会社では、私は一応「社長夫人」という立場だった。 そのため、退職手続きは驚くほどスムーズに進んだ。 ――翌日には承認が下り、すでに私は会社の人間ではなくなっていた。 その頃には、新しい会社への入社手続きを終え、初出勤を済ませていた。 新しい職場では覚えることが多く、自然と残業も増えた。 仕事を終え、家のドアを開けると―― そこには、今頃、美優と一緒にクルーズ旅行を楽しんでいるはずの亮介がいた。 別に、彼の行動を追っていたわけではない。 ただ、美優はそれなりに人気の配信者だった。 新しい職場の同僚の何人かは彼女のファンで、昼休みのたびに彼女のSNSをチェックしていたので、どうしても目に入ってしまっただけだ。 私は特に気にすることなく、バッグを置き、靴を履き替えた。 しかし、亮介は明らかに不機嫌な顔で、私の後ろをついてきた。 「……お前、本当に何も言うことないのか?」 私は軽く眉を上げる。 「何の話?」 亮介の声は低く、まるで雨を含んだ雲のように重たかった。 「……会社の待遇が不満だったのか? それとも、離婚をちらつかせるだけじゃ足りなくて、今度は退職で揺さぶるつもりか?」 私は静かに彼を見つめ、はっきりと言い切る。 「離婚は、あんたを脅すための道具じゃないし、退職も同じ。私は、もうあんたのことに口を出さない。それと同じように、私の選択に口を出さないで」 亮介の拳が強く握られるのが見えた。 関節が白くなるほど、力が入っている。 しかし、私はそれ以上、彼の反応を気にすることなく、その場を立ち去った。 ――それから数日間。 亮介は、定時で仕事を終えるようになり、毎晩のように私の職場前に車を停めるようになった。 助手席に並べてあった美優のための小物は、すべて撤去されていた。 ――まるで、何もなかったかのように。 会社を出ると、彼はすぐに車の横に立ち、私の方を向く。 「遥の旦那さん?毎日迎えに来てくれるなんて、いいねぇ!」 通りすがりの新しい同僚が、軽く茶化すように言う。 私はにこりと微笑み、さらっと返す。 「……すぐ元旦那になるけどね」 同僚は一瞬、気まずそうに笑い、そそくさと離れていった。 それを聞いた亮介の顔が僅かにこわばる。 それでも、
Read more
第8話
新しいプロジェクトの担当になったが―― 取引先は、亮介の会社だった。 それを知った時、特に驚きはしなかった。 世間は狭いし、仕事は仕事だ。 会社の前に着くと、昔の同僚・小松が待っていた。 彼女は私の姿を見るなり、目を丸くする。 「遥さん!?本当に遥さんですか?」 「久しぶり」 私は軽く会釈し、資料を抱えて彼女と一緒に応接室へ向かった。 コーヒーを飲みながら待っていると、小松が申し訳なさそうに戻ってくる。 「すみません、遥さん……桐島社長が直接オフィスに来てくださいって」 ……面倒なことになりそうな予感がする。 それでも、私は何も言わず、彼のオフィスへ向かった。 ――扉をノックすると、すぐに中から声がした。 「遥……来たんだな」 オフィスに入ると、亮介が顔を上げ、目を輝かせるのが見えた。 私を見つめるその目は、まるで、ずっと待っていたものがようやく現れたかのような、そんな光を宿していた。 「ここに座れ。コーヒーを淹れてくる」 彼は私の腕を引いてソファに座らせると、そのままキッチンへ向かおうとした。 私は無言で書類を開き、もう一度内容を確認する。 ――その時。 扉が勢いよく開いた。 私は亮介が戻ってきたのかと思い、顔を上げる。 しかし、次の瞬間、手元の書類が乱暴に奪い取られた。 「はぁ!?なんでアンタがここにいるのよ!?」 ――美優だった。 彼女は書類を床に叩きつけると、敵意むき出しの目で私を睨む。 「もう会社辞めたんでしょ!?なんでまた戻ってきたわけ?」 彼女の態度は、まるで「ここは私のテリトリー」とでも言いたげだった。 私は特に反応せず、彼女を冷静に見つめる。 すると、美優は唇を歪め、嘲るように笑った。 「まさか、りょうすけおにぃが私と一緒にいるのが耐えられなくて、またここに張り付いてるとか? まぁ、もう手遅れだけどねぇ〜?」 彼女は髪をかき上げながら、わざとらしく言った。 「だって、もうみんな知ってるんだもん。りょうすけおにぃと私が結婚するってね。 だからね、アンタがここにいると……邪魔なんだよね?」 ――その瞬間。 ガチャリ。 亮介がコーヒーを持って戻ってきた。 彼は美優を見つけるなり、眉をひそめた。 「
Read more
第9話
家に帰ると、珍しく亮介がエプロンをつけ、キッチンに立っていた。 私の姿を見つけると、すぐにエプロンの端を握りしめ、どこか緊張した面持ちで駆け寄ってくる。 「帰ったのか......?ちょうど夕飯ができたところだ。一緒に食べよう」 私は彼の手に視線を落とす。 左手には、2〜3枚の絆創膏。 親指の先も赤く腫れ、傷だらけだった。 ――亮介と一緒にいた頃、彼が料理をしたことなんて、一度もなかった。 唯一、結婚当初に食材を洗うのを手伝ったことがあるくらい。 それなのに。 私は、彼の食べたいものを覚え、何度も包丁で指を切り、熱湯で手を火傷しながら、ただ彼のために料理を作り続けた。 ――その結果、彼に言われたのは。 「お前、根っからの負け犬だな。自分を安く売りすぎ。 そんなふうに尽くしたって、自己満足でしかないだろ?」 そんなことを言っていた男が。 今、私の前で「夕飯を作った」と、ぎこちなく笑っている。 思わず、嘲笑が漏れた。 「......亮介。今さら、誰に媚び売ってるの?」 彼の手がピクリと動き、傷だらけの指を背中に隠す。 「......っ」 目を伏せ、苦笑する彼の顔には、見たことのない哀愁が滲んでいた。 かすれた声で言う。 「遥......ただ、謝りたかったんだ......今日のことも、許可したわけじゃない。美優が勝手に......」 ――その時。 スマホの着信音が鳴り響いた。 私は画面を見る。 相馬からだった。 「......亮介、すぐに美優の配信を確認しろ。マジでヤバいぞ。 今、ライブで自殺未遂を演じてる。 『亮介おにぃに捨てられたら生きていけない』って、手首にカミソリ当ててるぞ。今すぐ行け」 部屋の空気が、一瞬で凍りついた。 亮介の表情が強張る。 「......っ」 私は彼に背を向け、寝室へ向かおうとした。 しかし―― 「待ってくれ!!」 彼の手が、私の腕を掴む。 「俺は、すぐ戻ってくる......! もしあいつが本当に何かしたら、会社に影響が出る。お前もこの会社に心血を注いだんだろ?だから、理解してくれ......」 私は心底どうでもよさそうに微笑んだ。 「......うん。わかった。行ってあげなよ」 亮介の瞳
Read more
第10話
スマホの通知が次々と鳴り響く。 またか……と思いながら画面を見ると、今回は誹謗中傷ではなく、謝罪のメッセージだった。 「ごめんなさい!勝手なことを言ってました……」 「あんなクズ男、早く見切りつけて正解だよ!」 「人生はやり直せるから!こんなやつに時間を無駄にしないで!」 ――まるで、一晩で世界がひっくり返ったようだった。 玲奈からも、すぐに電話がかかってくる。 興奮した声の向こうで、慎也が「落ち着け」と宥めるのが聞こえた。 「遥!!見た!?亮介が、ライブ配信中にブチギレて美優の家に乗り込んだの! しかも、生放送で大暴れ&大絶叫!! 『お前のせいで人生めちゃくちゃだ!!』とか叫んで、挙げ句の果てに手を出して……ネット民が通報して、警察に連行された!!!」 玲奈は爆笑しながら言う。 「まさか、最後に夫婦喧嘩を実況中継するとは思わなかったわ!!」 ――当然、ネットは大炎上。 「不倫、暴力、裏切り、全部詰め合わせでお届け」 「CEOのくせに、元嫁捨てて愛人囲って、それで大発狂?ww」 「とりあえず、会社の株売っとくわ」 亮介の会社は、すでに上場したばかりで株価が安定していたが、今回のスキャンダルで一気に暴落。 会社の経営は完全に危機的状況になっていた。 そして―― 私が彼と再び顔を合わせたのは、それから一ヶ月後だった。 私はすでに新しい家に引っ越し、完全に新しい生活を始めていた。 そんなある日。 玄関のチャイムが鳴る。 扉を開けると―― そこにいたのは、やつれ果てた亮介だった。 頬は痩せこけ、目の下には深いクマ。 スーツはきちんと整えられているが、どこか疲弊しきっているのが見て取れる。 しかし―― 彼の腕には、花束が抱えられていた。 私の前まで歩み寄ると、彼はゆっくりと片膝をついた。 そして、かつて聞いたことのないほど静かで、懇願するような声で言った。 「……遥。 この一ヶ月間、ずっと考えてたんだ。俺は、間違ってた。 美優の正体も、俺の過去の過ちも、ようやく全部わかった。 だから、彼女とはもう終わりにした。会社からも追い出したし、もう二度と連絡は取らない。 これからは、お前だけを大事にする。 ……もう一度、やり直さないか?
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status