All Chapters of 恋のフレッシャーズ! ~等身大で恋しよう~: Chapter 31 - Chapter 40

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そんなにスペックって大事? PAGE4

 ――今日は入社二日目。わたしは篠沢商事本社ビルのエントランス前で入江くんと合流した。佳菜ちゃんとは待ち合わせをしていないので、もう来ているのかまだ来ていないのか分からない。「――おはよ、入江くん」「うっす。――あれから何もなかったか?」 彼は昨夜別れた後のことを心配してくれているみたいだ。わたしが宮坂くんの連絡先をブロックしたので、アイツがわたしのマンションまで押しかけて来ていなかったか気にしてくれているらしい。「うん、大丈夫だよ。あの後は何もなかったから。心配してくれてありがとね」「だったらいいんだけどさ。今朝も大丈夫だったのか? 誰かに後つけられたりとか」「ないない! 大丈夫! 宮坂くんだって、わざわざ朝からそんなことするほど行動的じゃないでしょ」 わたしは彼を安心させるように笑い飛ばしたけれど、ストーカーの行動力なんて褒められたものじゃない。あれは〝行動力〟というより〝執念〟と言った方が正しいのかもしれないけれど。「……まあ、お前が『大丈夫だ』って言うんなら大丈夫なんだろうな。じゃ、今日も一日、お互いに頑張ろうな。また昼休みに社食で」「うん、頑張ろ! じゃあ、わたし先に行くね」 入江くんと別れて、出勤してきた他の社員さんたちに「おはようございます」と言いながらエレベーターホールへ向かっていくと――。「おはようございます!」 受付の女性たちが、誰かに対して普段の五割増しに高い声で挨拶するのが聞こえた。……誰だろう? 声の感じからして、ものすごく驚いているように聞こえたけど……。 興味本位で振り返るのも失礼だと思い、首を傾げながら歩いていると――。「矢神さん、おはようございます」「おはようございます。――って、えっ!? 会長!?」 わたしに挨拶して下さったのは、なんと絢乃会長だった。でもお一人で、一緒に出勤してこられたはずの桐島主任がいない。「あの……、今日、桐島主任はご一緒じゃないんですか?」「ええ。彼には今日から送迎は帰りだけでいいから、って伝えたの。彼はもう早くに出勤してきて、今ごろは会長のデスクを掃除したりとかしてくれてるんじゃないかな」「そうなんですね。……でも、会長はそれで不便じゃないですか?」 わたしがそう訊ねたところで、エレベーターが下りてきた。成り行き上、会長と二人で乗り込むことに。会長が三十四階のボタ
last updateLast Updated : 2025-05-23
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そんなにスペックって大事? PAGE5

「スゴいでしょ? ……って言ったら自慢に聞こえちゃうかな。でも、『そんなことないよー』って謙遜したらかえって嫌味に聞こえちゃうみたいだし。困ったなぁ。こういう時、どう返すのが正解なんだろうね」 「…………はあ」 「……あっ、こんなこと言われても、矢神さん困っちゃうよね。ごめんなさい」  わたしがリアクションに困っていると、全力で謝られた。会長、やっぱり可愛い……。 「わたし、会長がどうして社員のみなさんから愛されてるのか分かった気がします。ものすごく素直で可愛らしい人だから、守って差し上げたくなるんでしょうね。桐島主任もそうだったんじゃないですか?」 「……ありがとう。そうね、彼もそうだったのかも。わたしはただ、無我夢中で突っ走ってきただけだったんだけど。そういうところが危なっかしくて、彼もついついわたしを助けたくなったのかな。わたし、彼のことを守ってるつもりでいたけど、ホントはわたしの方が彼に守られてたんだってことに気がついたの」 「お二人、すごくステキな関係ですね。羨ましいです。わたしにはまだ、そういう人がいないので」 「そうなの? でも、あれ? さっきの体の大きな人は? 確か入江さん……だったかな?」  会長が唐突に入江くんの名前を出したので、わたしはドキッとした。 「……会長、ご覧になってたんですか? わたしと入江くんが話してるところ」 「ええ。わたしには、お二人がすごーーくいい感じに見えたんだけどなあ。彼は違うの?」  会長の目にも、わたしと彼の関係はそんなふうに見えているのか
last updateLast Updated : 2025-05-24
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そんなにスペックって大事? PAGE6

 わたしより四つも年下なのに、この人は器が大きいし包容力がある。やっぱり、この若さで大企業グループのトップに立っているのは伊達(ダテ)じゃないのかも。彼女は決してお飾りの会長なんかじゃなく、口ばかり偉そうで何もしないトップでもない。だからこそ、社員や役員のみなさんから本当の意味で「ボス」と慕われているんだと思う。「いいのいいの。わたしね、会長っていうのは社員のみなさんにとって駆け込み寺みたいな存在だと思ってるから。悩みでもグチでも何でも聞きます! いつでも会長室にいらっしゃい。秘書室の他の人たちもそうしてるから」「はい!」 〝駆け込み寺〟という言い方が何だかおかしくて、わたしは笑いながら頷いた。でも、この会社でいちばん偉い人に話を聞いてもらえるなら、これ以上に頼もしいことはないかもしれない。「――ところで、昨日小川先輩から聞いたんですけど。会長と桐島主任が一目ぼれ同士だったって本当ですか?」「あら、小川さんってばそんなこと言ってたの? ……確かにそうなんだけど、わたしたちはそれだけじゃないんだよね」 わたしの質問に会長は半分事実で、半分はちょっと違うという感じで答えて下さった。「……というと? お互いのスペックで惹かれ合ったんじゃないってことですか?」「わたしも彼も、最初は顔に惹かれたんだけど。二人で話してるうちにお互いの価値観とか、甘いものには目がないとか共通点がいくつも見つかってね。それで恋に落ちていったんだと今は思うの。それに、スペックなんて言ったら、わたしなんて高卒だよ? そんなにハイスペックなわけじゃないもの。彼だって少し裕福な家の育ちで大卒なだけで、ごく普通の人だし」「はあ、確かに……」 大学までの同級生の女の子たちの中には、「将来結婚するならハイスペックの男性がいい」と言う子がかなりいた。佳菜ちゃんも多分そのタイプだろう。でも、わたしには〝ハイスペック〟ってどういうことなのかイマイチよく分かっていない。「矢神さん、恋愛するのにスペックってそんなに大事なのかな? わたしはそんなことよりもっと大事なものがあると思うんだよね」 「……わたしもそう思います。まだよく分からないので、多分ですけど」 わたしがそう答えた時、エレベーターは最上階へ到着。会長に先に降りてもらい、わたしは後から降りた。「――それじゃ、矢神さん。今日も一日頑張
last updateLast Updated : 2025-05-26
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親睦会とアイツの影 PAGE1

「――おはようございます!」 わたしが笑顔で秘書室のオフィスへ入っていくと、すでに広田室長と小川先輩、そして数人の先輩方が出勤して来られていた。でも、新人はわたしが一番乗りみたい。 そして、やっぱり桐島主任の姿は見えない。会長室で会長を出迎えていらっしゃるんだろう。「おはよう、矢神さん。新人さんではあなたがいちばん早かったみたいね」「おはようございます、矢神さん。元気そうで何よりだけど、何かいいことでもあったのかしら?」 小川先輩と室長が挨拶を返して下さった。 「はい。実は、エレベーターでずっと会長とご一緒だったんです。それで、激励のお言葉を頂きました。あと、『悩みでもグチでも何でも聞くから、いつでも会長室へいらっしゃい』って言って頂きました」「うんうん。そう言ってもらえると嬉しいよね。私も他の人たちも、しょっちゅう会長にグチを聞いてもらいに行ってるよ。もちろん室長も。ですよね?」「ええ。会長は聞き上手でいらっしゃるから、どんなことでも話しやすいのよ。桐島くんが淹れてくれるコーヒーを飲みながら、会長に話を聞いてもらうと心がスッと軽くなるのよね」「へぇー……」 お二人とも、お話の内容にものすごく説得力がある。誰だって悩みの一つや二つは抱えているものだし、管理職ともなれば人知れずグチをこぼしたくなる時だってあるだろう。そういうことを気軽に話せる相手がボスなんて、こんなにいい会社は他にそうはないと思う。 そして、それを全部受け止めてしまえる絢乃会長はやっぱり懐の広い人だ。桐島主任が好きになったのも納得できる。「――さて、昨日も言ったとおり、今日から指導係について実際の仕事を覚えてもらうからね。ちなみにあなたの担当は私。というわけでよろしくね、矢神さん」「えっ、そうなんですか? はい、よろしくお願いします。……でも、できるだけお手柔らかに」 わたしはニッコリ笑って差し出された小川先輩の手を、ぎこちない笑顔とともに握り返す。「で、これが他の新人さんたちの担当指導係の一覧ね」 室長から手渡されたプリント用紙には、他の三人の新人とそれぞれの指導に当たられる先輩方の名前が書かれているけれど……。「桐島主任のお名前、ないですね」「ああ、彼は主任だから、私と一緒に全体を監督する立場なのよ。会長秘書の業務もあって忙しいから、指導係からは外すことにした
last updateLast Updated : 2025-05-27
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親睦会とアイツの影 PAGE2

 ――午前は小川先輩について秘書の仕事を一生懸命覚えた。難しいこともあったけれど、先輩のおかげで楽しく学ぶことができて、気づけばあっという間にお昼休みのチャイム。「――先輩、会長って今日は会食のお約束とか入ってなかったですよね?」「うん、そうねえ。だから、今日は桐島くんと一緒に社食デートじゃない? 矢神さん、今日も行くんでしょ?」「はい」 わたしは今日も入江くんと佳菜ちゃんと社食でランチだ。初任給が入るまでは節約しなきゃだし、オフィス周辺の土地勘もまだないので外へ食べに行く余裕はない。しばらくは社食通いになるけれど、さすがに毎日は厳しいのでたまにはお弁当を作って持ってきてもいいかもしれない。「今日は私も社食行こっかなー。昨日、新人三人にランチごちそうしたら財布の中身がちょっとピンチでさ。これって経費で落ちるかな」「……さあ?」 先輩のボヤキに、わたしは首を傾げた。それはともかく、お腹が空いていたわたしは「お先に失礼します」と先輩に声をかけてロッカーの中のバッグからお財布を取り出し、十二階へ下りて行った。   * * * * 今日はオムライスを注文し、先に来ているはずの二人を探していると、奥の方の席から「おーい、麻衣! こっとこっち!」と佳菜ちゃんが手を振って呼んでくれた。「あれ、昨日とは注文が逆になったね、あたしたち」「うん。昨日、佳菜ちゃんがオムライス食べてるのが美味しそうだったからこっちにしたの。佳菜ちゃんはカレーにしたんだね」「麻衣が昨日食べてたじゃん? あの匂いでカレー食べたくなったの」 まだ入江くんは来ていないけれど、わたしたちはとりあえず先に食べ始めることにした。「ところでさ、麻衣。この席、特等席だよ」「特等席? って何の?」「あれ」「ああー……」 佳菜ちゃんが顎(あご)をしゃくった先に見えたのは、食事を楽しんでいる絢乃会長と桐島主任の仲睦(むつ)まじい2ショット。これがウワサの〝社食デート〟か。 「今日は会食のお約束はないって先輩から聞いたよ。昨日佳菜ちゃんが言ってたこと、ホントだったんだね」 絢乃会長みたいな雲の上の人が社食にいて、周りから浮いているのかと思えばそうでもなくて。ちゃんとこの食堂の雰囲気にも融(と)け込んでいる。会長は意外と庶民派らしい。「そういえば、入江くん遅いね」「ああ。例の久保さんって
last updateLast Updated : 2025-05-28
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親睦会とアイツの影 PAGE3

「初めまして……かな。どうも、総務課の久保っす。入江くんの指導係やってます。よろしく」  久保さんは見た目だけじゃなく、挨拶までチャラい。イケメンなんだけれど、遊んでいる人風というのか。 「どうもー、初めまして。労務課の中井佳菜です♡ で、こっちの子は秘書室の矢神麻衣ちゃんです」 「あ、どうも……。矢神です。よろしくお願いします」  久保さんは、女子二人に挨拶されて嬉しそうにニコニコしている。でも、佳菜ちゃんに「彼女いらっしゃるんですかぁ?」と訊かれると、キッパリ「いるよ」と即答。途端に佳菜ちゃんはガックリと肩を落とした。  そのまま彼は総務課のお仲間のいる別のテーブルへと移動していき。佳菜ちゃんはわたしたちにぶう垂れ始めた。それでもスプーンを動かす手は止めない。 「どうしてイケメンっていうのは漏れなく彼女持ちなんだろ……? 桐島主任なんて、あのスペックで会長の婚約者だしさぁ。世の中理不尽だ! 可愛い女子ならここにもいるのに!」 「中井、男は顔じゃねえって。そのうちいいヤツ現れるよ」 「そうだよ。だから元気出しなよ、佳菜ちゃん。この会社にだって、きっとステキな男の人はいるよ。それに、会長がおっしゃってた。『恋愛をするうえでは、スペックよりずっと大事なものがあるはずだ』ってね」 「スペックより大事なもの……? って何?」  佳菜ちゃんに切り返され、わたしはぐっと詰まった。 「それは……、わたしもまだ分かんないけど。でも、会社のイベントとかに参加したらさ、新しい出会いがあるかもしれないよ?」 「……&he
last updateLast Updated : 2025-05-29
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親睦会とアイツの影 PAGE4

 ――それから、わたしは小川先輩の側で順調に秘書の仕事をマスターしていった。 社長秘書の仕事は会長秘書ほどじゃないけれど覚えることがたくさんあって大変だ。でも、早く先輩たちの役に立ちたくて、一生懸命勉強した。 どの会社にもお局(つぼね)さまみたいな人は一人くらいいるものだと思っていたけれど、幸いにも篠沢商事にはそんな人は一人もいないんだと分かった。 困っている部下や後輩がいたら助けるというのがこの会社の社風らしいけれど、この当たり前のことが他の企業ではできていないんだというのが世の中のおかしなところだとわたしは思う。そこはやっぱり、トップである絢乃会長が模範を示されているからだろう。 宮坂くんの連絡先をブロックしたおかげで、わたしのスマホはあれから静かになった。佳菜ちゃんや入江くん、会社の人などからは連絡が来るけれど、一日に何十件、何百件も来るわけじゃないのでそんなに怯える必要もなくなったし。 ただ、この静けさがわたしには何だか不気味に思えて仕方がない。ある日突然、宮坂くんが予告なしにわたしの前に現れそうで……。「いいか、矢神。宮坂がお前の前に現れたら、すぐにオレに電話しろよ。すぐすっ飛んで行ってやるからな」「うん、分かった。ありがと、入江くん」 怖いことは怖いけれど、入江くんがいてくれるから安心できる。だから、わたしは怯えずに過ごすことができた。   * * * * ――そして、バーベキュー親睦会当日の朝がやってきた。「さて、何着て行こう?」 洗顔を終えたわたしは小さなクローゼットの前で首を傾げた。 仕事に行くわけではないのでスーツを着る必要はないし、バーベキューに行くのにオシャレをしても仕方がない。そもそも、わたしはそんなにオシャレな服なんて持っていないし。 というわけで、七分袖のTシャツにデニムのワイドパンツを合わせ、上からパーカーを羽織っていくことにした。足元はスニーカーでもいいけれど、ここは一応女子としての矜(きょう)持(じ)でフラットパンプスを選んだ。  お昼はお腹いっぱい食べたいので、朝食は軽めにして家を出た。もちろん、鍵もしっかりかけて。「――おはよ、入江くん。朝から準備ご苦労さま」「おはよー、入江くん。ははっ、顔もう煤(すす)で真っ黒じゃん」 途中で佳菜ちゃんと合流し、会場である荒川(あらかわ)沿いのバーベキ
last updateLast Updated : 2025-06-02
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親睦会とアイツの影 PAGE5

「ところでお二人さん、飲み物と主食(メシ)は持ってきたか?」「もうバッチリさ! あたし、コンビニでウーロン茶とおにぎり買ってきた。鮭とツナマヨ」 佳菜ちゃんは張り切って入江くんの質問に答えたけれど、バーベキューに具入りのおにぎりって合うのかな? ちょっと重くない?「お前、胸焼けすんぞ。――矢神は?」「わたし、ゴハン持ってきてないや。麦茶は買ってきたけど。昨日の晩ゴハンで炊飯器の中空(から)っぽになっちゃって」 いつも必要な分だけしかお米を炊いていないので、今日持ってくる分のゴハンまでは計算に入れていなかった。さて、どうしたものか?「ああ、大丈夫だ。そういう人のためにこっちでもおにぎり用意してるから、あっちでもらって来いよ」「よかったぁ。じゃあ、ちょっと行ってくるね」 わたしはおにぎりを握ってくれているという、流し場へ向かった。焼く前の野菜やお肉などの調理もそこで行っているのだとか。「おはようございます。秘書室の矢神ですけど、ここでおにぎりをもらえるって聞いて……、あ」「おはようございます、矢神さん」 そこでせっせとおにぎりを作っていたのは、なんと絢乃会長だった。それを桐島主任もお手伝いしているではないか!「えっ、おにぎりって会長が握られてるんですか? でもどうして」「この会を発案したのはわたしだからね。全部人任せっていうのは何だか申し訳なくて、わたしもできることはさせてもらうことにしたの」「会長は料理がお上手なんだ。僕も会長に胃袋をガッチリ掴まれてるよ」「そうだったんですね……」 会長って名家のお嬢さま育ちなのに、家庭的な女性なんだな。なるほど、主任がこの人に惚れ込んじゃうわけだ。「天は二物を与えず」っていうけれど、この人には二物も三物も与えている。可愛らしくて優しくて、頭もよくてしっかり者で、お料理まで得意なんて羨ましすぎる。「――おにぎり、二個で足りる? 足りなくなったらまた声をかけてね」「はい、ありがとうございます。今日は楽しんで帰ります」 わたしはおにぎり二個をパックに詰めてもらい、いそいそと入江くんと佳菜ちゃんのいるバーベキュー台へ戻っていく。まさか、ここにアイツが来るなんて思いもせずに――。
last updateLast Updated : 2025-06-06
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親睦会とアイツの影 PAGE6

 ――バーベキュー親睦会には大勢の社員が参加して、すごく盛況だった。中には家族同伴で参加している人もいて(それもまた自由だったので)、もはや会社の行事というだけではなくなっていたけれど、それはそれで楽しめた。 わたしも美味しいお肉や海鮮、野菜を味わいながら、いろんな部署の人たちと交流を持った。人見知りのせいでうまく話せない時もあったけれど、そういう時には入江くんや佳菜ちゃんが間に入ってくれて、話題を繋いでくれたりわたしの言いたいことを代弁したりしてくれた。 ウチの会社は基本的に職場恋愛も推奨しているらしく(もちろん不倫はダメだけれど)、何組ものカップルを眺めては「羨ましいなぁ」と佳菜ちゃんと二人でうっとりしていた。そういえば、小川先輩の彼氏さんも同期の人だって言っていたけれど、わたしは今日初めて紹介してもらった。お名前は前(まえ)田(だ)優(ゆう)斗(と)さんで、営業部の人らしい。寡黙そうな人で、ちょっととっつきにくそうだけれど話してみたらすごく優しくていい人だと分かった。「私ね、去年まではちょっと不毛な恋をしてたの。でも、そんな私のことを前田くんはずっと想っててくれて。会長と桐島くんが背中を押してくれてね、まずは友だちから始めることにしたの。恋人になったのはつい最近かなー」「そうだったんですね……」 わたしは小川先輩と前田さんとのなれそめを聞いて、何だか感動した。そして深くは訊かなかったけれど、もしかしたら先輩が想いを寄せていた相手は既婚者だったのかもしれないなと思う。それが誰だったのかまでは分からないけれど。「――あ、入江! こんなところにいた。おっ、矢神さんも一緒か」 そこへやって来たのは、入江くんの指導係である久保さんだった。でも、何だか様子がおかしい。後ろをキョロキョロとしきりに振り返っている。「どうしたんすか、久保先輩? オレらに何か用でも?」「ああ、二人にちょっと聞いてほしい話があるんだけどさ。……なんかさっき、このバーベキュー場の方をじっと見てる怪しい男がいたらしいんだよ。歳は二人と同じくらいかな。背は百八十なくて、痩せてて、ちょっと目つきがおかしかったらしい」「…………! 入江くん、それって」「宮坂だ。間違いねえ」 わたしは入江くんの返事に青ざめた。でも、宮坂くんだったとして、どうしてわたしたちが今日ここにいるって分かった
last updateLast Updated : 2025-06-07
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宮坂耕次という男 PAGE1

 ――それから二日が経ち、また新しい週がスタートした。「うっす、矢神ー」「あ……おはよ、入江くん」 わたしはいつもどおりに出社し、いつもどおりに入江くんと朝の挨拶を交わす。でも、彼の顔を見ると何だか妙に意識してしまい、ちょっと気まずく感じてしまう。一昨日、彼のことが好きかもしれないと自覚したせいだろうか?「…………矢神、今日のお前、何か感じ違(ちが)くねえ? 何かあった?」「えっ!? べべべべ別に何もないよ!? 入江くんの気のせいじゃない?」「そうかあ?」「うん、そうそう!」 こちらだけが意識していて、彼の方はいつもと様子が変わらないので何だか調子が狂う……。確か入江くんの方も、わたしに気があるんじゃなかったっけ?「…………ふーん? ま、何もねえならいいけど。あ、そういやあれからアイツ、お前の前に現れた?」「アイツって……宮坂くん? ううん、わたしの周りには姿見せてないけど」 わたしが彼の連絡先をブロックしたので、わたしとコンタクトを取りたいなら直接会いに来るしかないはずだ。だからこそ、土曜日にもバーベキュー場に現れたわけだし。「もし会社に訊ねてきたりしたらどうしよう? 困るなあ、そんなことになったら」 この会社でわたしのストーカー被害のことを知っているのは、今のところ入江くんだけだ。佳菜ちゃんにも、秘書室の上司である桐島主任や広田室長にも、小川先輩にだってまだ話していない。もちろん、絢乃会長や重役のみなさんにも。 こんな個人的な問題で周りの人に迷惑をかけたくはないし、あまり多くの人を巻き込みたくないのだけれど……。「オレが助けてやれたらいちばんいいんだけどなぁ、部署違うからいつでもってわけにいかねえし。矢神、もしそうなった時は迷わずに周りの人に助け求めろよ。お前の命に関わるかもしれねえんだからな」「……分かった」 できれば自分の力だけでどうにか解決したいので不本意ではあるけれど、確かにいつも入江くんに頼れるわけではないので、わたしは彼のアドバイスを素直に聞き入れることにした。   * * * * ――ところがその日の午前の仕事中、わたしが恐れていた事態が起きてしまった。 事の発端は、受付からかかってきた一本の内線電話。「――はい、秘書室です。……えっ? 矢神さんに来客? その方のお名前は? 宮坂さん……ですか」 わたし
last updateLast Updated : 2025-06-11
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