遠藤真白(えんどう ましろ)は夫・河野拓見(こうの たくみ)との結婚生活七年目、拓見の初恋・小林雨音(こばやし あまね)が戻ってきた。人気女優となった雨音は、真白の家の玄関先でずぶ濡れになり、泣きじゃくっていた。「拓見さん、彼と喧嘩して、行くところがないの……」いつも穏やかで優雅だった拓見が、初めてグラスを叩きつけた。「今すぐあいつにケリつけてやる!」真白の七歳の息子さえ、おもちゃを放り出して雨音のもとへ駆け寄った。「お姉ちゃん、泣かないで!僕、大きくなったらお姉ちゃんと結婚する!」皆が雨音を笑顔にしようと必死になっている。その頃、真白はスーパーの入口で大雨に足止めされ、必死に拓見に電話をかけても、繋がらなかった。そんな中、一台のタクシーが真白の目の前に止まった。「お客様、ご乗車なさいますでしょうか?」食材の入った袋と、スマホの「残高1万円」の画面を見下ろしながら、真白は尋ねた。「1万円でどこまで行けますか?」「1万円ほどお預かりすれば、隣の県までご案内可能でございますよ」運転手が振り返って彼女を見た。「青市までご利用なさいますか?」真白は小さく頷いた。本当は、どこでもよかった。運転手は真白を上から下まで一瞥した。普段着姿に、大きな袋を抱え、その袋からは三つのアイスクリームが顔をのぞかせていた。「青市まででしたら、6千円ほどで到着いたしますが、他にお荷物はお持ちでしょうか?何かお手伝いできることがございましたら、申し付けください」運転手が降りようとしたのを、真白は慌てて制止した。「荷物はこれだけです。早く出発してください」運転手はそれ以上聞かず、車を出した。「青市までは少々お時間をいただきますので、あらかじめご了承くださいませ」真白は小さく返事をし、袋を見下ろした。冷えたアイスが袋越しに脚に触れ、身震いするほど冷たかった。少し、軽率だったかもしれない。思い返せば、昨日から息子の河野宏(こうの ひろし)がチョコアイスを食べたがっていた。今朝、夫もこう言った。「ちょうど雨音も食べたいって言ってたし、一緒に食べよう。真白も宏くんと一緒に食べたらいい。四つ買ってきて」慌ただしくスーパーへ駆け込んだ真白に、店主は告げた。「残り三個しかないよ」まるで狙った
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