静寂が静かに崩れていく。 それはまるで砂時計の砂がさらさらと落ちていくかのようだ。「学さんは、私のことを好きと一度も言ってくれませんでした」 突然そんな声が聞こえてきた。 『学さん』とは、声の主の主人だ。 僕と彼女以外いない狭い部屋で、彼女の声が響く。 最近は極暑だとメディアでとりあげられていて気温は果てしなく高い。彼女の家でも窓を開けずクーラーと扇風機をつけている。熱中症に家でなったら大変だからだ。もはや熱中症は外に出かけいなくてもなる。暑さは健康に大きく害をなすようになってきている。「若いあなただけじゃなく、どんな時代でも女性は、好きな人にストレートに『好き』と言われたいのです。ただ当時はそれをよしとしない風潮があったから、黙っていただけです」 白髪で、短くなってしまった髪を触り彼女は少し顔を赤らめた。 彼女が二十代の頃は、男尊女卑の考えが当たり前だった。妻は黙って夫の考えに従う。女性が自分を主張することを社会的に許さない時代だったのだろう。 世界情勢的からみても戦争があり、皆心にゆとりがなかった。 しかし、形あるものとして愛情を受けとりたいという願望は間違ってはいないと僕は思う。 見えないものはどうしても頼りなく、すぐに人を不安にさせるから。 見えるものがほしくなる気持ちは僕もよくわかる。 ベッドに横たわる彼女を見ながら、僕は何歳に見られているのだろうなあとふと思った。 僕は二十九歳だけど、彼女からすればまだまだ若い人に分類されるだろう。「学さんは本当に無口な人です。大事なことも何も言ってくれません。その上、何でも一人で勝手に決めちゃうんです。私は振り回されてばかりです」 僕は、静かに話を聞いていた。 話している内容は夫に対する文句なのに、彼女はどこか幸せそうな顔をしている。 彼女の目が、それを物語っていた。 でも、彼女は突然涙を流し始めた。 一体彼女の中に今何が巡っているのだろうか。「学さんはいつもそばにいて、私のことを守ってくれています」 僕は胸が苦しくなった。 この気持ちをどう扱ったらいいかわからなかったから。 彼女にとって『愛』とは何だったんだろうか。 尽くすだけの愛。なんの見返りもなかったかもしれない。それでも、彼女の口からは悲しかったとか辛かったという言葉は一度も出てきていない。 愛されてい
Last Updated : 2025-05-10 Read more