明け方4時半、夫が元カノからの電話に出て、うっかりスマホのスピーカーを押してしまった。「景祐、うちの茉美(まみ)、熱が40度以上もあるのに、タクシーも捕まらなくて……ううっ」不意を突かれて聞こえてきた嗚咽で、私は一瞬で目が覚めた。江南景祐(えなみ けいすけ)は慌ててスピーカーをオフにし、声を抑えて言った。「位置情報を送って、すぐ向かうから」彼は忘れていた。今日は私の初めての妊婦健診の日だということを。「糸田果南(いとだ かな)さん?果南さん戻ってきたの?」私は一瞬で頭が冴え、今にも心臓が口から飛び出しそうな、何とも言いがたい気持ちになった。私が目を覚ましたことに驚いたのか、景祐は体をこわばらせた。まだ画面オフになっていないスマホの明かりに照らされた彼の顔は一瞬不自然な表情を見せ、「うん」とだけ答えた。胸が不穏な音を鳴らしたと同時に、私は無意識に景祐の手を引っ張り、か細い声で彼に懇願していた。「他の人に行ってもらえない?一人でいるのが怖いの」本当は私の潜在意識で不安が生まれていた。恐るべき女の第六感が、事はそんなに単純ではないと私に訴えたのだ。「果南さんの娘が病気なのに、なぜ旦那さんじゃなくて景祐を呼ぶのよ?それに、果南さんのご両親だってこの街にいるじゃない?」「もうやめろよ!旦那と別れたばかりなんだぞ。どうやって旦那を呼ぶんだ?!」景祐の顔はみるみる怒りに満ち、力任せに自身の髪を搔きむしりながらこう言い放った。「夜中に年配の両親を起こすほうが良いと思ってんのか?そんな理不尽なことを言うなよ!」その言葉を聞いた瞬間、私は呆然と立ち尽くした。あり得ない。私は彼をじっと見つめた。結婚して3年、彼はいつも優しく、私のことをいつも細やかに気遣ってくれていた。私たちは仲が良く、めったに口論することはなかった。今回初めて、彼がその優しさの仮面を脱ぎさり、かなり強い口調で私を怒鳴りつけたのだ。それは私が憧れの人の元へ向かうのを邪魔したから?景祐もまずかったと気づいたようで、一瞬躊躇してから口調を和らげた。「ごめん、驚かせたな。藍子(あいこ)おばさんは俺の家族にずっとよくしてくれてたから。おばさんの顔があるから断りにくいんだ……心配するな、果南たちを最寄りの市民病院まで送ったらすぐ戻る。30分もかからないよ。お腹の赤ちゃ
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