「結城詩織(ゆうき しおり)さん、腎ドナーはまだ見つかる可能性があります……」医者の言葉に、私は静かに首を振った。──もう、待つ意味なんてない。これまで必死で手に入れようとしていたものも、今ではどうでもよくなった。退院手続きを終えたばかりの私のスマートフォンが、容赦なく鳴り響く。「詩織、南区の店でおかゆ買って、すぐ病院に持ってきて。香里が目を覚ました。食べたいって」返事をする間もなく、父は一方的に電話を切った。昔の私なら、きっと言い返していたと思う。でも、もういい。おかゆの入った袋を手に、七瀬香里(ななせ かおり)の病室に入った。母はベッドの横で、香里の唇に気を遣いながら水を飲ませていた。父は、彼女に少しでも異変が起きないかと、息をひそめて見守っている。この病室の中で、「実の娘」である私だけが、一番場違いな存在だった。先に私に気づいたのは、香里だった。「お姉ちゃん、来てくれたんだ……」その声に、父が顔を上げ、鋭い目で私を睨んだ。そして、私の手からおかゆの袋を乱暴に奪い取った。「何してたんだ!こんなに遅く来て、香里を飢え死にさせる気か!」母も容器を開けながら、容赦なく文句をぶつけてくる。「詩織、ほんとに使えない子ね!おかゆこぼれてるじゃない!これじゃ香里が食べられないでしょ!」そのまま母は、おかゆをゴミ箱へと投げ捨てた。もう気にしないって決めたはずなのに、胸の奥がぎゅっと締め付けられ、息すら苦しかった。顔色がどんどん青ざめていく私に、誰も目を向けようとしない。「そうだ、さっきお母さんと話して決めたんだ。お前が持ってる株、香里の補償として譲るってことでいいな」そう言って、七瀬夫婦は財産放棄の同意書を私の前に差し出してきた。「お前のせいで香里がどれだけ苦しんだと思ってるんだ。罪を償いたいなら、さっさとサインしろ!」書類をじっと見つめ、私はふっと笑った。「いいよ。全部あげる」そう言って、既にサインを済ませた同意書を父に渡した。父は名前を確認すると、ようやく少しだけ顔を緩めた。「株も放棄したんなら、私が投資してた会社や不動産も、香里に全部譲ってやればいい」その言葉を聞いた瞬間、七瀬夫婦の顔に笑みが広がった。普段は私に触れることさえ嫌がる母が、ぎゅ
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