その言葉に応じる者は、誰一人いなかった。沈黙を受けて、怜はグラスを空け、ふらつく足取りで立ち上がる。「怜さん、どこへ行くんすか?」猿田の問いに、怜は淡々と答えた。「帰る。晴美に子供を諦めさせて……千尋を探しに行く」「……でも、千尋さんが今どこにいるかなんて……」「知らない。でも……見つかるまで、俺は探し続ける」その声音には静かな狂気が混じっていた。「千尋はまだ……俺の妻なんだ。離婚届は出されていても、俺はサインしていない。だから、まだ終わっていない」その言葉を残し、怜は振り返ることなくバーを出た。帰宅した彼が目にしたのは、晴美が千尋の荷物をゴミ箱に捨てようとしているところだった。包装された美しい箱たちが、無造作に汚れへとまみれていく。怜は駆け寄り、晴美の手をつかんだ。「……何してる」「怜……?」晴美は驚き、ぎこちない笑みを浮かべた。「もう、必要ないと思って……」「誰がそんなことを言った」怜の声が一段高くなる。「これは千尋の物だ。彼女は……戻ってくる。お前に、それを捨てる権利はない」「戻ってくる……?」その言葉に、晴美の表情が一変した。涙をぽろぽろと零しながら、お腹を抱えてしゃがみ込む。「怜……あんまりだよ……千尋さんとはもう……離婚したじゃない……戻ってこないよ……」「黙れ!」突如響いた平手打ちの音。怜も晴美も、その音に一瞬動きを止めた。怜は沈黙の後、低く呟く。「すまない、晴美……だが、子どもは諦めてくれ。補償はする」「……赤ちゃんを、堕ろせっていうの?」晴美の瞳が狂気を帯び始める。「怜!私はあなたの初恋よ!千尋さんがいなくなった今、結婚するのは当然じゃない!どうして……どうしてあの人のことばかり……」「……俺は、千尋を愛している」その一言に、晴美は叫び声を上げる。「怜!最低よ!」晴美の手が震えながら、怜の襟元を掴んだ。「どうして全部、変わってしまったの……?」怒りと悲しみの入り混じる彼女の瞳は、深い闇のようだった。「千尋さんがいなくなって、やっと私たちの時間が来たと思ったのに……どうして……」「私は……絶対に諦めない。江藤家の妻になるのは、私なのよ」晴美は目を拭いながら、冷たい声で言い放った。「怜、私はこの
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