夜、別荘は真っ暗だった。有田逸希(ありた いつき)は怒りに満ちた顔で、足早に階段を上がる。寝室の扉を蹴り開け、怒声をあげた。「末松佐那(すえまつ さな)、まだ懲りてないのか?凪をまた挑発したって?あの子の体が弱いの、知らないわけないだろ。お前のせいでまた気を失って......」パチン、と音がして、部屋に明かりが灯った。逸希の言葉が喉で止まる。彼は戸惑いながらバスルームの扉を開けたが、そこにも私の姿はなかった。顔の怒気がさらに深まり、部屋を出ようとした時、家政婦の斉藤が慌てて駆け寄ってきた。「旦那様、奥様はあの日連れていかれてから戻ってきていません。電話も繋がらず......まさか、何か......?」逸希は眉をひそめ、一瞬だけ不安げな色を見せたが、すぐにいつもの冷淡な表情に戻った。「何かって何だ?ただ山に置いてきただけだ、大したことじゃない。凪だって降りて来られたんだ、佐那にできないわけがない」「今頃どこかでのんびりしてるに決まってる」そう言い終えた瞬間、逸希のスマホが鳴った。表示されたのは、いくつかのカード使用履歴。彼の表情が一変する。「やっぱり、佐那のやつは、いつまで経っても学習しない」すぐさま秘書に電話し、冷たく命じる。「佐那のカードを全部止めろ。金がなけりゃ、のんびりしてられないだろう」山の小屋では、秘書の青木が震える声で電話をかけてきていた。「今、小屋に来てます。末松さん、もう二日も閉じ込められてて......そろそろ、鍵開けた方が......」逸希は冷たく鼻で笑う。「開ける?あいつはとっくに山を下りたに決まってる。馬鹿が。そんなとこまで確認に行くなんて、狼にでも食われたらどうする?」「さっさと下りろ。事故っても労災にならんぞ」着信が入り、逸希は秘書との通話を切る。表示された名前を見て、唇の端が緩み、目元に笑みが浮かぶ。「スイ、目が覚めた?大丈夫だ、すぐに行くよ」「もうすぐ着く。何か食べたいものある?買っていく」「あんな陰険な女のことは忘れろ。しぶとい奴だ、死ぬわけがないさ」逸希の急ぐ背中を見て、斉藤は首を振り、ため息をついた。「......罰が当たるよ」私は唇を引きつらせ、胸にこみ上げる痛みを必死に押し込めた。逸希はまだ知らない。
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