父がグループ企業から海外支社へ飛ばされたその日、白石恭介(しらいし きょうすけ)は離婚したばかりの初恋の人を連れて帰ってきた。彼は私の部屋に来ると、無表情で言い渡した。「来週、香苗をここに住まわせる」「これまで、俺は彼女にずいぶん迷惑をかけた。お前がどう思おうと、受け入れてもらう」父は職場でのセクハラ疑惑に巻き込まれ、社長の座を降りたばかりだった。なのに恭介は、一日たりとも待てないらしい。私は顔を上げて彼を見た。その目は真冬の氷のように冷たく、温もりの欠片すらなかった。結婚して三年、私はとうとう彼の心の奥まで辿り着けなかったのだ。慌てて顔を背け、胸の痛みを隠した。「……うん、わかった」どうせ、私はすぐにここを去る。彼が誰を連れてこようと、もうどうでもいい。恭介は少し意外そうだった。唇を動かしたが、結局何も言わずに部屋を出て行った。彼が私に多くを語ることなど、元々めったになかった。彼が出て行くと、私は金庫を開け、宝石箱の奥から一束の書類を取り出した。三年前、恭介が私に書いた離婚届だ。そこには彼の署名と拇印がある。役所で手続きするだけで、私と彼の縁は完全に切れる。三年前のビジネスパーティーで、私は端正な顔立ちの恭介に一目惚れした。それから三日も経たぬうちに、彼の家から政略結婚の話が舞い込んできた。私はこれを運命の赤い糸だと思い込んだ。――誰かが「内村香苗(うちむら かなえ)が嫁ぐらしい」と教えるまでは。その日、恭介は泥酔して帰宅した。私は酔い覚ましのスープを作り、書斎へ運んだ。彼はデスクに突っ伏し、目を真っ赤にして、かすかに呟いた。「絵里……」胸がじんわり温かくなり、私は急いで近づいた。すると彼は突然、机の上のグラスを掴み、床にたたきつけた。ガラス片が飛び散った。私は全身が震え、二歩後ずさった。普段は紳士的な恭介が、歯ぎしりしながら言う。「向井絵里(むかい えり)……お前のせいだ」「お前が俺を気に入らなきゃ、お前に社長の父親がいなきゃ……」「俺は無理やりお前と結婚させられたりするか!香苗が他人のところへ嫁ぐのを、ただ見ているだけなんてありえるか!」その口調には、憎しみしかなかった。そうだったのか。私が幸せだと思っていた結婚生
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