All Chapters of 君が白髪になるその日を待ち、愛が燃え尽きるまで: Chapter 11 - Chapter 20

「涼介、もう少しゆっくりしてから帰国しない？」琴音は懇願するようにいつもの甘えた声を出した。だが、そのときの涼介の目は氷のように冷たく、吐き捨てるように一言だけ返した。「君が帰りたくないなら、ここに残っていればいい」言い終えるや否や、彼は琴音の顔を一瞥することもなく、くるりと背を向けて大股で立ち去っていった。琴音は唇を噛みしめ、悔しさで胸がいっぱいになった。スマホに保存してある澪の写真をじっと見つめながら、嫉妬心が胸を引き裂くように込み上げてくる。どうして？どうしてなの？澪はもう死んだのに、どうしてまだ忘れられないの？私は若くてキャリアもある。私のどこが澪に劣ってるっていうのよ？だめ、絶対に諦めない。その日の午後、涼介のスマホに澪からメッセージが届いた。彼は興奮して、急いでスマホを開いた。だが、その文字は、彼の心を氷のように締めつける冷たい一言だった。【涼介、私たちは本当にもう終わったの。もう私を探さないで】涼介の胸が一瞬で締めつけられた。そう言われても仕方ない。たしかに、涼介は何度も澪の気持ちを裏切ってきた。だが、こんなにも心が痛むのはなぜだ。言いたいことは山ほどあった。全部に理由があると、説明したかった。だが、どんな言葉を並べたところで……彼女が与えてくれたチャンスを、自分は無駄にしてしまった。涼介は深く落ち込み、虚無に沈んだ。琴音はそんな涼介の隣にそっと座り、優しく体を抱きしめて慰めた。「大丈夫。あなたには私がいる。絶対にあなたを見捨てたりしない」涼介は拒まなかった。琴音の胸に、小さな歓喜の火が灯った。彼女はさらに一歩、涼介との距離を縮めようとした時、スマホに友人から送られた音声メッセージの着信音が鳴った。涼介は沈んだままで琴音の異常に気づかなかった。琴音はトイレに駆け込んで通話ボタンを押した。電話の向こうからは、すぐに苛立った声が聞こえてきた。「このLINEアカウントをハッキングして意味ある？しかも、中にお金なんて全然入ってなかったじゃない」琴音は苛立ったように口を開いた。「金は払った。黙って仕事を終わらせて消えて。これ以上面倒かけるなら、次は頼まないわ」「百万はもう振り込んだ。私から連絡がない限り、二度と電話してこないで」通話を切った後、琴音はLINE画面に映る

四方は一面の静寂、死のような静寂だった。涼介はよろめきながら、蒼白な顔をしていたが、瞳だけは血のように赤く、まるで窮鼠のようだった。彼はふらふらと前へ進み続け、手は止めどなく震え、唇には一片の血色も残っていなかった。これが、自分の澪かもしれない。そう意識した瞬間、涼介の喉には千言万語が込み上げてきた。だが、言葉を発するより先に、まるで誰かに背骨を引き抜かれたかのように、彼は重く地面に跪き倒れた。そのまま静かに澪の写真を見つめ、何かに気づいたかのように、涼介は突然振り返って素手で地面を掘り始めた。雨がぽつりぽつりと降り出し、視界は滲み、十本の指先からは止まることなく鮮血が流れ出した。痛みに声も出せなかった。だが、そんな狂気の夜に、涼介は本当に素手で澪の遺骨を掘り出した。琴音は手間を惜しんで棺桶さえ用意しておらず、涼介の指先が触れたのは、氷のように冷たい小さな手だけだった。「澪……澪……」涼介の声はかすれていた。澪をそっと胸に抱き寄せた瞬間、それまで必死に堪えていた悲しみが一気にあふれ出し、胸が張り裂けそうなほどの痛みに襲われた。「ありえない、こんなこと……ありえないんだ」「澪、冷たいだろう。ここ、とても寒いよな」「お願いだ、澪、俺と話してくれ……」焼け焦げて見るも無残な遺体を、涼介は大切な宝物のように抱きしめた。涼介の目はますます病的に染まり、その腕の中の遺骨でさえ、まるで生きた血肉のように見えていた。「澪……君は、やっぱりいい子じゃないな。もう子どもじゃないのに、またこんなに汚れて」「……俺が綺麗にしてあげる」彼は周囲など一切気にせず、懐からハンカチを取り出し、遺体の汚れを拭きはじめた。腐敗した肌からは異臭が漂い、既に原形を留めていなかった。それでも、涼介の目にはその醜く変わり果てた姿に、嫌悪の色は一切浮かんでいない。まるで宝物でも扱うように、丁寧に、恐る恐るその身体を拭い続けた。まるで彼女を傷つけることを恐れているかのように。だが、手を動かすたびに、皮膚と肉は雨水と混じってさらにもろくなり、破れた布のように、わずかに触れただけで、次々と皮と肉が剥がれ落ちていく。その光景に、涼介はふと動きを止め、俯いたまま落ちた破片を一つずつ拾い集め、そして、そっと語りかけた。「澪、怒っ

翌日、琴音が目を覚ますと、涼介が冷たい表情で傍らに立っていた。唇の端が、笑っているような、そうでもないような微妙な形に歪んだ。「起きたか？」琴音は一瞬、背筋に寒気を覚えたが、次の瞬間には涼介に抱き寄せられた。「君にプレゼントを用意した」琴音の胸が高鳴る。ついに涼介が、自分こそがたった一人の女だと気づいた。彼女はわざとらしく恥じらうように微笑んだ。「今日は何か特別な日なの？」そう言って駆け出し、地面に置かれたプレゼントを確かめに行った琴音は、まったく気づかなかった。彼女の背後で涼介が、まるで毒蛇のような冷たい目を向けていたことに。「琴音、俺は決めた。澪がもう俺を必要としないなら、俺も澪を思い続ける必要はない」「これからは、この別荘には俺たち二人だけだ」琴音は喜びを隠しきれず、涼介の腕を取り、甘えるように身体を寄せた。涼介は一歩先んじて彼女の腰を抱きしめた。「まだ他にもサプライズがある。焦らず、ゆっくり楽しもう」琴音は興奮のあまり、涼介の左頬にキスをした。「うん、あなた。すぐに準備するわ」涼介は微かに微笑みながら、彼女がシャワーに向かう姿を見送った。琴音が触れた顔を、彼は無言で何度もアルコールで拭き続けた。赤くなるまで何度も、何度も。こめかみに青筋が浮かび、堪えきれない怒りが今にも爆発しそうだった。彼の胸の内で、激しい怒りと憎しみが渦巻いていた。目元は真っ赤に充血していた。それは、昨夜すべてのメッセージを確認したことによるものだった。涼介は琴音を絶対に楽にはさせない。澪の名前を二度と口にできないように、これから一生、後悔と痛みの中で生きさせるつもりだった。琴音がシャワーから出た瞬間、場の異様さに気づき、思わず息を呑んだ。得体の知れない不安が胸を締めつけた。「涼介？」涼介は何も言わず、琴音の手を引いて外へ出た。琴音は不安を覚えつつも、その正体を掴めずにいた。町を歩いている最中、突然、頭上から巨大な植木鉢が落ちてきた。琴音は驚愕し、涼介の顔を見た。「涼介？」だが涼介は驚いた様子もなく、むしろ残念そうにため息をつき、形ばかりの慰めの言葉をかけた。「何を怖がってるんだ？俺がついてるのに」そう言って、再び彼女の手を強く引いた。その手はまるで鉄の枷のように、琴音の手首を逃さなかった。

涼介には、もともと琴音を二、三年かけて苦しめた後に殺し、その後、自らも命を絶って澪のもとへ行く――そんな計画があった。しかし、どれだけ計算しても、たった一つだけ想定外の出来事があった。それは、琴音が自ら逃げ出したことだった。琴音は命懸けで大通りへと走り出した。その姿は、まるで背後に得体の知れない怪物が潜んでいるかのようだった。前方から白い車が猛スピードで走り抜けてくるのを目にすると、琴音は一切の迷いもなく道路の中央に飛び出し、自らの体で進路を塞いだ。運転手が罵声を上げながら降りてきた。琴音はその前に跪き、必死に哀願する。「助けて、お願い……誰かが私を殺そうとしてるの！」運転手は、さっきまでの怒りを忘れたように、たちまち顔色を変えた。目の前の女はどこにも無傷なところがない。運転手は、精神病院から逃げてきた人間かと本気で疑った。「どけ！そこをどけ！」琴音はこの最後の救いを手放すまいと、必死に跪いたまま、繰り返し頭を下げ続ける。「お願い、助けて……ほんとうに殺されそうなの、嘘じゃないの。お願いだから！」運転手は立ち去ろうとしたが、琴音にズボンの裾を掴まれて身動きが取れなくなる。もみ合っていると、涼介がまるで幽霊のように現れた。優しげで品のある笑みを浮かべ、顔には赤みすら差していた。彼は申し訳無さそうに口を開いた。「すみません、俺の恋人、ちょっと精神的に不安定で……」「俺たちが付き合ってからずっと、彼女は俺に命を狙われてると思い込んでるんです」琴音はその声を聞いた瞬間、恐怖に怯えながら体を抱きしめるように後ずさった。「いや、来ないで！」涼介の悲しむ様子を見て、運転手はその話を信じて話した。「そうなのか、だったら、今後は外に出さないようにしなさいよ。怖いじゃないか。ちゃんと面倒を見てやってくれ。君みたいないい男なら、きっと幸せになれるよ」運転手は身を返して車に乗り込んだ。琴音は必死にドアにしがみつき、窓を何度も叩きながら、両目から涙を止めどなく溢れさせた。「やだ、やだ」「お願い行かないで、あの人に殺される。助けて、お願い！」だが、車はもう後ろも見ずに発進し、やがて琴音の視界から消えた。それでも彼女は、叫び続けていた。「助けて？」涼介はその様子を見届けてから、低い声で呟いた。それはまるで地獄

涼介は離れることを決めた。かつては澪の方が自分を手放せないと思っていたが、今になってようやく気づいた。本当は、自分こそが澪を手放せなかったのだと。澪のいない世界は、涼介にとって受け入れがたいもので、息をすることさえ苦しかった。夜になるたびに、夢を見た。ぼんやりとしか見えないあの顔。抱きしめようと手を伸ばせば、次の瞬間には跡形もなく消えてしまう。冷や汗をかいて目覚めた涼介は、ぽつりと呟いた。「これが、君が俺に与えた罰なのか、澪」それからというもの、涼介は毎晩眠れず、目の下には深いクマができた。これでは駄目だと思った林先生が、仕方なく睡眠薬を買ってきた。澪の古い服を抱きしめるようにして、涼介はようやく深い眠りについた。だが、澪自身さえ想像していなかったことが起こった。彼女は涼介の夢の中に入り込んでいたのだ。夢の中の涼介は幼い頃の姿で、手にはネックレスをぎゅっと握りしめていた。周囲の人々を睨みつけるその目は、灰色の小さな狼のように鋭く、必死だった。「お母さん、なんで迎えに来てくれないの？」「誰にもお母さんを触らせない！」だが、周囲の人々の顔はどれも判然とせず、まるで悪魔の群れのように、涼介の手から母親のネックレスを奪おうとする。壁に飾られた家族写真は、五歳の涼介だった。澪は覚えていた。この年に、彼の母親は亡くなったのだ。目の前の小さな涼介を見て、澪はそっと抱きしめ、優しくあやした。現実の涼介は、もう十分すぎるほど苦しんでいた。せめて夢の中だけでも、彼が少しでも幸せでいられるようにと彼女は静かに思う。だが、涼介の涙が澪の服を濡らし、小さな顔を上げて不思議そうに尋ねてくる。「君はお母さんじゃないよね？君、誰？」その問いに、澪は答えに詰まった。彼女の立場は、あまりにもややこしすぎて、「私は空から来たお姉さん。君を助けに来たんだよ」と言うしかなかった。涼介は、何を言おうとすぐに信じてしまうほど純粋だった。彼は甘えるように澪を呼んだ。「お空のお姉さん」澪は、次第に気づいた。涼介の子供時代は、決して幸せなものではなかったのだと。彼の父親は数えきれないほどの愛人を持ち、涼介の顔を見るたびに、怒鳴ったり手を上げたりしていた。涼介は段々口数を減らし、部屋に閉じこもるようになった。その扉は二度と開かれるこ