午前二時、日向茜(ひなた あかね)は腹部の痛みで目を覚ました。隣の寝床に手を伸ばすと、そこは冷たく、夫・佐久間義彦(さくま よしひこ)はまだ帰宅していないことに気づいた。下腹部の痛みは徐々に強まり、茜は震える手で義彦に電話をかけた。長い呼び出し音の末、ようやくつながったが、茜が声を発するより先に、聞こえてきたのは女の子の甘えたような声だった。「茜さん?義彦はもう寝ちゃったの。用があるなら、明日にして。じゃあ、切るね」「待って......お願い......」激痛に耐えながら、茜は絞り出すように言葉を発した。だが、相手は聞く耳も持たずに電話を切った。再びかけても、すでに電源は切られていた。茜は大きく息を吸い、痛みと恐怖に全身を震わせた。死にたくない。まだ二十六歳。両親もいる、義彦もいる。懸命に119番へ電話をかけ、這うようにしてリビングまで進み、玄関の鍵を開けると、そのまま意識を手放した。意識が薄れる中、団地の夜を突き破る救急車のサイレンが耳に届いた。医師の初見は子宮外妊娠。すぐに手術が必要だった。だが、義彦の電話は何度かけてもつながらない。「他にご家族やご友人に連絡は取れますか?」看護師は青ざめた茜を気遣いながら、そっと尋ねた。茜は苦笑して、首を横に振った。両親はこの町にはおらず、早くても明日の午後にならないと来られない。しかも、母の日向早苗(ひなた さなえ)は心臓が弱く、この状況を知らせれば命に関わるかもしれない。市内に住む親友・桜井結衣(さくらい ゆい)も、今は臨月を迎えており、いつ出産になってもおかしくない時期だった。彼女に心配をかけるわけにはいかなかった。「......同意書は、自分で書きます」手術は夜通し行われた。茜が目を覚ましたのは翌朝だった。目を開けると、介護士が駆け寄り、湯飲みを差し出した。「日向さん、ようやく目が覚めましたね。どれほど危険だったか、お分かりですか?お医者様によると、子宮外妊娠の位置がかなり悪かったらしく......あと少し遅れていたら、助からなかったかもしれないそうです」茜は無意識に下腹部に手を当てた。そして、込み上げる悔しさと哀しみに、胸が締め付けられた。義彦との子を二年間待ち続け、ようやく授かった命だった。それなのに
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