郁梨は折原グループの社員を困らせるような真似はしなかった。彼女と承平の間の因縁を、無関係な人たちにぶつける必要はない。彼女は携帯を取り出し、隆浩に電話をかけた。承平に直接かけなかったのは、あまりにも彼を知っていたからだ。忙しいときはいつもマナーモード。それに……よほどのことでもない限り、もう彼と連絡を取りたくはなかった。そのころ承平は会議の最中で、アシスタントの隆浩も同席していた。突然、隆浩の携帯が震え、彼は何気なく取り出して画面をのぞいた。誰からの電話か確認して、会議が終わってから折り返すつもりだった。だが表示された名前を見た瞬間、驚きのあまり飛び上がった。長年承平の側に仕え、大舞台にも慣れている隆浩だったが、その動揺ぶりに会議室の全員が視線を向けた。承平は眉をひそめ、不満を隠さずに彼を見やった。隆浩が耳打ちしようと身を寄せたが、承平はそれを避けた。仕方なく、隆浩は会議室の全員がいる前で口を開いた。「社長、長谷川さんからのお電話です」郁梨からの電話だと聞くや、承平はすぐに隆浩に目配せし、外で応対するよう合図を送った。長谷川さん?会議室にいた幹部たちは互いに顔を見合わせ、皆一様に戸惑った表情を浮かべた。どの長谷川さんなのか。あの冷静沈着な隆浩が、あんなふうに動揺するとは。それだけではない。折原社長が会議中に電話を取ることを許可した――それこそ前代未聞の出来事だった。そのとき、広報部の畑野部長がはっと気づいた。最近、社長と関わりがある長谷川さんといえば――あのスキャンダルで噂になった長谷川郁梨に違いない。やはり長谷川さんこそが社長の本命だったのか。そうでなければ、何度も彼女の悪評を消すよう指示が出るはずがない。隆浩は郁梨が一階ロビーにいると知ると、片時も無駄にせずすぐに迎えに向かった。郁梨はロビーで二、三分待っただけで、隆浩の姿を見つけた。隆浩は大急ぎで駆け寄った。走れるところは絶対に歩かず、初めて会社にやって来た社長夫人を決して待たせるわけにはいかなかった。「奥様――」隆浩は思わず口が滑り、慌てて言い直す。「長谷川さん、社長は会議中ですので、まずはオフィスへご案内します」郁梨は軽くうなずき、隆浩に従って奥へと進んだ。フロントにいた六人は呆然と立ち尽くしていた。いまの、聞き間違
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