Semua Bab 心が追いつくまで: Bab 11 - Bab 20

25 Bab

第11話

和哉の視線は、目の前の写真の束へ移った。そこに写っているのは――すべて、自分。だが一枚としてカメラを見ているものはなく、背中だけの写真さえある。明らかに、風鈴がこっそり撮ったもの。服装や背景から察するに、それぞれの時期は異なっていた。ある写真では、テラスの手すりに寄りかかり、シャンパンを手に、伏し目がちに何かを考えている自分の姿。――何を考えていたのか。思い返そうとしても、記憶は曖昧だ。海外にいる凜のことを思っていたのか、それとも何も考えていなかったのか。ふと、あれが結婚披露宴の日だと気づく。望んだ結婚ではなかったあの日、彼は宴の場から逃げるようにテラスへ出ていた。その間、風鈴は一人で親族や客人の相手をしていた。帰宅後、疲れ果てたのか、彼女は部屋へ戻らずリビングのソファで眠っていた。――彼女は自分の居場所を知っていた。だが、引きずり出すことはせず、代わりにシャッターを切った。和哉は言いようのない感情を胸に、静かにその写真を見つめた。次に手にしたのは、食卓でスープを口にしている自分の姿。風鈴が初めて作った料理――鶏のスープ。懇願に負けて、しぶしぶ口にしたあの日。確かにあのときは、心底いやそうな態度を見せ、彼女を傷つけた。しかし写真の中の彼は、スープを口に運んだ瞬間、微かに口元が上がり、自然と楽しげな表情を浮かべていた。「和哉、これ……風鈴さんが撮ったの?」凜の声が思考を断ち切った。彼女は首をかしげ、微笑む。「すごい……こんなにかっこよく撮れるなんて」和哉は答えず、写真を手紙とともに封筒へ押し戻した。「さっきの紙……風鈴さんの手紙?」「……ああ」「なんて書いてあったの?」その問いに、胸の奥の鬱屈が一気に炎となる。凜が袖を引き、冗談めかして尋ねる。「まさか、悪口でも?」和哉は眉をひそめた。――いっそ罵られた方がよかった。あんな穏やかな言葉で区切りをつけられることこそ、許し難い。「……俺たちの幸せを願う、だと」凜はほっとしたように笑った。「やっぱり。私が言ったこと、覚えてたんだわ。優しい人」和哉は否定した。「この世に善人ばかりじゃない」とくに――風鈴は。「私はそうは思わない。あなたも風鈴さんも、いい人」凜は腕
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第12話

気づけば、和哉の手は勝手にごみ箱の中へ伸びていた。掴み上げた数枚の書類を広げ――そこに躍る「蘆田風鈴」の署名。目を疑う。一気に読み進め、信じられない事実に目を見開いた。――臓器提供同意書。この腎臓。つい先日、自分の体に移植されたばかりの臓器は……風鈴のもの?頭の中で雷鳴が炸裂し、意識が真っ白に塗りつぶされる。最後に交わした彼女の笑みがよみがえる。あの笑顔の意味を、今になって理解する。「……ありえない。そんなはずはない」否定の声が胸の奥で響く。だが確かめずにはいられない。和哉は同意書を握りしめ、車を飛ばして病院へ向かった。*教授は突然現れた和哉に目を丸くした。「神崎社長?どうしてここへ……術後の腎臓に問題でも?」返事の代わりに、和哉は机へ同意書を叩きつけた。「これ……本当ですか」教授は怪訝そうに書類を手に取り、題名を見た瞬間、表情が固まる。――なぜ、これが彼の手に。視線を上げると、和哉の眼差しは鋭く突き刺さっていた。「……これは、本当に風鈴のものですか?」言葉を噛みしめるように、低く冷たい声。教授の顔に驚き、そして次第に哀しみが浮かんだ。やがて、小さくうなずく。「……ああ」和哉は深く息を吸い、無理やり冷静を装いながら問う。「……じゃあ、俺の腎臓を――提供してくれたのは、彼女だったんですか?」短い沈黙ののち、教授は肯定した。「そうだ。彼女があなたに提供しました」教授の言葉は、和哉の胸を打ち抜いた。和哉は、一瞬だけ視界が揺れ、黒く滲むのを感じた。「……嘘だ」後ずさりしながら、無意識に否定の言葉を吐く。教授が口を開いた。「本来は、風鈴ちゃんの希望で秘密にする予定でしたが……あなたがすでに知ってしまったので、約束を破ったことにはならないでしょう。」和哉は無意識にお腹の手術痕に手を当てた。熱を帯びた皮膚の奥で、確かに動いている。――彼女の臓器が。彼女の命の一部が、自分の中で。だが彼女自身は、もうここにはいない。十日前。腎臓の適合検査で病院に来たとき、すでに彼女と顔を合わせていた。凜が「ドナーが見つかった」と口にしたとき、風鈴はただ静かに聞いていた。――そうか。あのとき、すでに分かっていたのだ。だか
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第13話

真実を知った和哉は病院を飛び出し、車を走らせながら夜の街をさまよっていた。頭の中には、手術前の風鈴の仕草や表情が走馬灯のように浮かんでは消える。気づいていたのに。それなのに、深く考えもせず、当たり前のように見過ごしていた。嫌悪が心を占め、まともに彼女と向き合う気さえ起きなかった。和哉は自嘲気味に笑った。――愚かだ。胸の奥で渦巻く憤りの炎は呼吸を苦しくさせ、苛立ちを募らせる。窓を開け放つと、夜風が容赦なく顔にぶつかり、冷たさが目を潤した。頬を伝うその感覚に気づいたとき、彼ははっとした。――泣いている。指先に触れた涙を見つめ、和哉の黒い瞳に次第に強い光が宿る。今となっては、彼女を見つけるしかない。何のために――そこまではまだ分からない。けれど、風鈴を見つけなければならないことだけは、はっきりしていた。*和哉は行動力に優れた男だ。探偵を雇い、徹底的に風鈴の行方を追わせた。だが、一ヶ月が過ぎても結果は空白のまま。「申し訳ありません……探偵も全力を尽くしましたが」池内は肩を落とし、報告する。「本当に、見つからないんです。国内ではまったく動きがありません。銀行口座は解約、カードも使用記録なし。飛行機も新幹線も――足跡が完全に消えてます」和哉の瞳が鋭さを増す。「……手は尽くしたのか」「はい。間違いなく」次の瞬間、和哉は椅子を押しのけるように立ち上がった。残された望みは、ただ一人。*彼は真っ直ぐ病院に向かい、教授のオフィスへ踏み込んだ。「……神崎社長?」診察中だった教授は、和哉のただならぬ様子に眉をひそめる。患者に「少しお待ちください」と声をかけると、和哉を夜の中庭へと連れ出した。人気のない静かな庭。「……風鈴ちゃんの居場所を聞きに来たんだね?」穏やかな声だが、どこか重い響きを帯びている。「先生は知っているはずだ」和哉の眼差しは鋭く、逃げ場のない光で教授を射抜いた。教授は小さく咳払いをし、口を閉ざす。「……お願いします、教えてください」抑え込めない感情が声に滲み、震える。だが教授は静かに首を振った。「神崎社長。俺は風鈴ちゃんと親しいですが、彼女は当院の患者です。病院として情報を漏らすことはできません」「知ってるん
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第14話

和哉は何の答えたも得られないまま病院を後にし、会社に戻ってからは、まるで空っぽの殻のように会社の業務をこなしていた。書類に目を通していても、頭の中はどこか遠く。そんな彼の前に、凜が弁当箱を提げて現れる。「和哉」甘えた声でそう呼びながら、笑顔を浮かべて彼のデスクに近づく。はっと我に返った和哉は、慌ててパソコン画面を切り替えた。さっきまで映っていたのは――風鈴の写真だった。凜はその一瞬を見逃さなかった。だが、気づかないふりをして、弁当箱を机に置いた。「もうこんな時間なのに、まだ仕事?また食事抜きでしょ?」小さくむくれてみせる声。「……腹が減ったくらいで死にはしない」和哉の答えは淡々としていた。「ダメだよ!移植したばかりなんだから、ちゃんと栄養を摂らなきゃ!お医者さんだってそう言ってたじゃない」凜はぷんすか言いながら、心を込めて用意してきた料理を取り出す。だが、和哉は顔をしかめて立ち上がった。「食欲はない。それに……ここに置かないでくれ」いつもと違う冷たい声音。凜は一瞬固まり、驚きに目を見張る。命令のような響き――彼からそんな言い方をされたのは初めてだった。和哉は気づかぬまま、大股でオフィスのドアへ向かう。「和哉、疲れてるの?」慌てて追いついた凜が、その腕を掴んだ。振り返った和哉の視線に、彼女は思わず唇を尖らせる。――愛される女だけが許される仕草。だが和哉の頭に浮かんだのは、別の笑顔だった。柔らかく、それでいてどこか怯えながらも、自分を気遣ってくれた風鈴の笑顔。胸の奥に、鋭い痛みが走る。――俺、どれだけ最低だったんだろう「ソファで少し休んだら?」凜は不安そうに言う。和哉は彼女を見つめ――ぽつりと名を呼んだ。「……凜」凜は何かを察したのか、先に口を開いた。「和哉……わたしにはあなただけなの。ずっと元気でいてね。ふたりで長生きしようよ」彼の言葉は胸の奥で止まり、複雑に絡まって出てこなかった。——風鈴を見つける前に、まず自分自身の中を整理しなければならない。そんな結論だけが胸にこみ上げてくる。*その頃。彼が必死に探す風鈴は、遠いノルヂアで新しい日々を送っていた。一ヶ月前に飛び立ち、今は観光客に簪を使ったヘアアレンジを
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第15話

風鈴はきょとんとした。唯は風鈴の頭を指差しながらにやりと笑う。「その髪型、めっちゃ可愛いじゃん」そう言われて、ようやく思い出す。客を惹きつけるために、出かける前に自分で編み込みをして、赤黒の派手めな簪を挿してきたのだった。「これはただの髪飾りじゃないの。私たちの国の伝統文化なの。言ってみれば、いわば『文化財』よ」妙に真剣な口調で説明すると、唯の好奇心はさらに燃え上がる。「へぇー。ノルヂアでもこんなの流行ってるんだ?ねえ、今度私にもやってよ」風鈴は笑いながら駐車場へ向かった。「家に帰ったらやってあげる」風鈴が微笑むと、唯は思わず目を見開いた。「……え、ちょっと待って。まさか……その髪型、自分でやったの?」風鈴は静かに頷いた。「うっそー!なにそれ!手先そんなに器用だった?今まで全然知らなかった!」「ノルヂアに来てから新しく覚えたのよ」*ふたりは車で風鈴のアパートへ戻る。荷物を下ろした唯は、ふいに真顔になった。「ねえ、私も一緒に簪ビジネスやらせてよ」「え?」風鈴は驚いて唯を見つめる。「アルヴェリアには戻らないの?」「会社……もう辞めちゃったから」それからというもの、唯は風鈴の部屋に住み込み、日々一緒に屋台を出すようになった。風鈴の編み込みと簪は、現地の美的感覚に見事にハマり、唯一無二の存在。噂は広がり、商売は大盛況。仕方なく唯まで編み込みを習い、簪を挿す側から、編む側へと転身する羽目に。「わたしの役目はレジだけだったはずなのにー!」帰宅後、ソファでぐったりしながら、唯は恨めしげに風鈴の肩を小突く。風鈴は笑みを含んで見返すだけ。「ねえ……本気でやるつもり?」最初はただ、言葉を覚えるきっかけと小遣い稼ぎのつもりだった。でも気づけば、楽しさと手応えに心が動かされている。「まあ……考えてなかったわけじゃない」唯はニヤリと笑う。長年の友だから、風鈴の沈黙は即答の代わりだとわかっていた。「それなら、店出そうよ。ちゃんとした店!」「……店?」唯は身を乗り出す。「固定店舗があれば、もっと色んなことできるじゃない!」風鈴は想像してみる。広い店の中、壁には美しい簪が並び、レンタル用の和服も揃える。簪と和服の組み合わせで写真を撮れば、そ
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第16話

ふたりは店探しをしながら、開業に必要なあらゆる準備を同時に進めていた。内装のデザインから簪の仕入れルートまで、細々したことはすでに風鈴と唯によってきれいに整えられていた。風鈴は楽しげに奔走する日々。一方、アルヴェリアに残った和哉は、相変わらず彼女を探し続け、忙しさの裏で心身を削られていた。*深夜。会社から戻った和哉は、玄関を開ける。リビングの灯りは煌々とついているのに、部屋は空っぽだった。いつもなら待っているはずの凜の姿はない。……それを確認した瞬間、彼は思わず安堵の息をもらした。このところ、彼は意識的に凜との距離をとっている。自分が酷い人だとわかっている。けれども、頭を冷やし、自分の気持ち――凜に対して、そして風鈴に対して――を整理する時間がどうしても必要だった。商談のように、感情もまた「正しい判断」を下さねばならない。そうでなければ、風鈴を見つけたとき、答えを出せないから。ネクタイを緩め、シャツの第一ボタンを外しながら階段を上がる。その途中――半開きの扉の隙間から、聞こえてきた。「蘆田風鈴、あの女、本当に逃げやがって……」凜の声。和哉の足が止まった。彼女は誰かとビデオ通話をしている。「どうせ神崎さんには見つけられないんだから、焦る必要なくない?」「焦るに決まってるでしょ!あと一歩でゴールなのに!それに……あなた全然協力してくれないじゃない!」「いやいや、最初に『風鈴は君の代役』って思い込ませたの、誰のおかげだと思ってんの?」和哉の脳裏が真っ白になる。――代役?――風鈴は、凜の代わりだと?拳がぎゅっと握りしめられる。「とにかく、早く和哉と結婚したいの。もしあの女が戻ってきたら、和哉があの人に――」凜が言いかけたところで、電話の相手が軽く笑った。「大丈夫だって。二人もう何年も夫婦やってんだろ?神崎さんがあの女に優しかったことなんて一度でもあった?」「……まあね。和哉は彼女といるのを嫌がってたし」「だろ?それにしても、神崎さんってまだ「祖父が二人を結婚させたのは風鈴の策略」だって信じてんのかな?」凜は曖昧に笑い、鼻を鳴らした。「でも今は違う。和哉の身体にある腎臓は彼女のものよ」「だから?本人はもういないんでしょ?」和哉は扉
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第17話

和哉は車を走らせ、久しぶりに実家へ戻った。執事が驚いたように声を上げる。「和哉様、こんな夜遅くに、どうしたんです……」「祖父は?」ぶっきらぼうに問い返す。「書斎にいます。」和哉は軽く頷き、真っ直ぐ書斎へ。***神崎賢蔵(かんざきけんぞう)は、夜更けに現れた孫を見て眉を上げた。老眼鏡を外しながら、「こんな時間に……どうした?」「聞きたいことがあります」厳しい祖父の眼差しに、和哉は一瞬言葉を失う。頭に蘇るのは、あの夜。祖父に呼び出され、この書斎で告げられた言葉――「お前と風鈴、そろそろ結婚しろ。」反発する暇すら与えられなかった。「風鈴はいい子だ。私がいなくなった後、お前のそばにいてくれるのは彼女だ」その時の違和感。それを、なぜか「風鈴の計略」だと信じ込んでいた。和哉は苦笑が漏れた。――そうだ。あのとき凜から電話があった。風鈴と結婚する直前――櫻井凜から電話がかかってきた。「結婚おめでとう」と普通に祝福の言葉を伝えたあと、まるで「うっかり口を滑らせた」かのように、「友達が見たって言うの。風鈴さんとお祖父様が一緒に骨董屋さんに入ってたって。それはそれは丁寧にお世話してたらしくて……」……そんなふうに、何気なく話していた。その時の自分は、疑うこともなくその「印象」を受け取った。祖父が結婚を勧めたのは、風鈴が意図的に近づいたから――そう思い込むように、自然と誘導されていった。そして、「祖父を使って自分を手に入れようとする女」という嫌悪と拒絶の感情が、その時、知らないうちに胸の奥に芽生えたのだった。***「どうした、言わんのか?」祖父の低い声が現実に引き戻す。和哉は視線を落とし、掠れた声で言った。「……風鈴を探しています」賢蔵は目を細め、口元にかすかな笑み。「見つからんのだろう?それで俺に聞きに来たか」和哉は弾かれたように顔を上げた。「彼女の居場所を……知ってるんですか?!」手を尽くしても、風鈴が国内にいるのか、あるいは海外にいるのか――その手掛かりすら、まったく掴めなかった。もし本気で自分から離れるつもりなら、風鈴はきっと「国外」を選ぶはずだ。そこまでは容易に推測できる。問題は、その時期の風鈴
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第18話

和哉は、無意識のうちに指先を画面へと伸ばしていた。――彼女は、ノルディアにいた。胸の奥に、歓喜と驚きと期待が入り混じった感情が一気に押し寄せる。今すぐにでも飛んで行きたい。彼女に会いに。だが、まだ終わっていないことがある。風鈴のために、凜との関係をきっぱり断ち切ること。そして――彼女に代わって、凜を罰すること。和哉は動画を何度も繰り返し再生し、昂ぶる心を抑え込むように眺め続けた。***その頃、世界の向こう側にいる風鈴は、自分の居場所がバレたことなど露ほども知らない。ましてや、和哉が必死で自分を探し回っているなど夢にも思わず。彼女は唯と共に、朝八時から夜遅くまで簪屋で働き詰めの日々。忙しくて、けれど幸せで。一週間後、さすがに体力が限界に近づき、人を雇う決心をした。唯は即座に賛成し、持ち前の行動力を発揮。翌日には三人のノルディア留学生を連れてきて、簡単な研修後すぐ戦力となった。ようやく少し余裕が生まれ、唯が風鈴に「散歩しておいで」と勧める。体を気遣ってのことだ。風鈴も素直に受け入れ、二人で交代しながら店番をすることに決め、その日はカメラを持って外へ。日帰りで近郊を撮り歩こうと計画した。夕暮れ時、川沿いの遊歩道を店へ戻る途中。前方に、一人の男性が水面を見つめて立っていた。特に気にもせず通り過ぎようとした瞬間――その男は突然、真っ直ぐに川へと倒れ込んだ。大きな水しぶき。風鈴の頭の中にフラッシュバックする記憶。――あの日、和哉を助けた時も、こんな音がした。考えるより先に体が動いていた。上着を脱ぎ捨て、彼女は川へ飛び込む。だが。男は落ち着いた様子で水面に浮かび、慌てることもなく、岸へと泳ぎ出していた。「……泳げるの?」拍子抜けした風鈴は水中で一瞬立ち止まる。男は彼女に気づき、大きく手を振ってみせた。「大丈夫だ!」と伝える仕草。風鈴は小さくため息をつき、彼が近寄ってくるのを見守る。「君、助けに来てくれたの?」ノルディア語で男が叫ぶ。「そうよ!」「でも大丈夫。一緒に上がろう!」岸まで戻ると、男が先に這い上がり、手を差し伸べてきた。風鈴はその手を掴み、力を借りて上がる。冷たい風が濡れた体を容赦なく刺し、思わず震えが走っ
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第19話

「これは俺のだから、とりあえず着てていいよ!」男はさらりと言い切った。風鈴は思わず失笑。――どうやら彼、私がなぜ聞いたか分かってない。彼女が何か言い足そうとした瞬間、男が「あっ」と顔を明るくした。「いや、さっきあのベンチに置いといたんだ」指差す先は河辺の休憩用ベンチ。「……で、どうして落ちたの?」風鈴は小首を傾げる。男は後頭部をガシガシ掻きながら、ちょっと照れ笑い。「水底に何かある気がして覗いたらさ、目が回って……そのままドボン」風鈴はふっと息を吐く。さっきまで「自殺かも」なんて焦っていた自分が、なんだか滑稽だった。「助けに来てくれてありがとう」男は手を差し出した。「俺は江川泉(えがわいずみ)。君は?」「蘆田風鈴です」彼女は短く答え、軽く握り返す。「観光で来たの?」泉が尋ねる。風鈴は首を振った。「いいえ、滞在中です。」「おぉ、奇遇だな。俺もだ!」泉の顔にぱっと笑みが広がる。「どこに住んでる?送ってくよ。すぐそこだから」風鈴は断ろうとしたが、泉は畳み掛けるように言った。「もしかして近所かもよ?あの新しくできた簪屋、知ってる?めっちゃ人気の。俺、あそこの上に住んでるんだ」風鈴は思わず吹き出した。「その簪屋、私と友達でやってるのよ」泉は目をまん丸にして「マジか!」と大げさに叫ぶ。こうして二人は自然に同じ道を歩き、自然に友達になった。***泉は年上なのに、見た目も性格もまるで太陽みたいなわんこ男子。唯いわく「大型犬じゃなくて小型犬の子犬」。ある日、客の髪を編みながら風鈴は笑った。「それ、本人に聞かれたら褒め言葉だと思うかもね」唯はにやにやしながら話題を変える。「ねえ、今日休みでしょ?」「うん。泉さんと展覧会に行く約束してる」その言葉とほぼ同時に、当の本人が現れる。手にはピンクの薔薇を二本。「はい、これ」風鈴と唯にそれぞれ一輪ずつ差し出す。唯は笑いながら受け取った。「毎回、風鈴のおこぼれでタダ花ゲット。ありがと~」泉はおどけて騎士の礼をしてみせる。「光栄です、お嬢様」風鈴は呆れたように微笑んだ。「だから花はやめてって言ったのに」店内には既に飾りの花も、販売用の花もある。正直、これ以上必要ないのに。だ
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第20話

風鈴は客の髪を編むことに集中していて、唯の顔色の変化には気づかなかった。泉が怪訝そうに唯の視線を追うと、店の外に一人の黒髪の男が立っていた。長いコートを纏い、複雑な表情で店を見つめている――悲しげであり、喜びも滲むような。泉はすぐに悟った。その男が見ているのは、風鈴だ。胸の奥に、嫌な警鐘が鳴り響く。やがて男はゆっくりと店の中へ入ってきた。唯が即座に立ちはだかり、鋭い声を放つ。「……何しに来たの?」その声音に、風鈴も思わず顔を上げた。次の瞬間、彼女の手が止まる。――半年もの間、自分を探し続けた男。神崎和哉。「風鈴……」和哉は彼女を見つめるが、言葉が出てこない。「お客様、簪をお求めですか?」その視線を遮るように、泉の背が立ちはだかった。にこやかな笑みを浮かべながら。和哉は眉をひそめる。最初はただの客だと思っていたが、この男――あたかも店の「主人」のように振る舞っている。「君は誰だ?」和哉の声は低く鋭い。泉は笑顔のまま問い返す。「それはこっちのセリフですよ。あなたこそ、どなたです?」「俺は……風鈴の夫だ」和哉は視線を逸らさず、彼女の方へ一歩にじり寄る。泉は一瞬言葉を失った。「……今、なんて?」そして、風鈴へ振り返る。風鈴の指がかすかに震え、簪を落としそうになる。唯が呆れたように割って入った。「ちょっと、神崎。いい加減にして。風鈴とあなたはもう離婚したでしょ?」だが和哉は答えない。ただ、風鈴を見つめ続ける。彼女の口から答えを聞きたかった。やがて風鈴は、黙って客の仕上げを終え、見送ってから振り返る。「……何の用?私たちはもう関係ないわ」和哉は微笑みさえ浮かべた。「風鈴、ずっと探してた。やっと見つけた。」風鈴の胸がわずかに揺れる。だがすぐに顔を硬くした。「何のために?私たちはもう離婚してるんだから。」「離婚したからって、探しちゃいけないのか?」和哉の問いに、泉が間に割って入る。「彼女が関係ないって言ってるんです。君の態度、ちょっと失礼ですよ」彼は守るように風鈴の前へ立つ。「行こう」風鈴は泉を見上げ、静かに言った。「うん」泉はにっこりと笑い、腕を差し出す。唯がバッグを手渡し、風鈴はその腕を取って店を出た
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