Semua Bab 歳月は易く過ぎ去り以後は会わず: Bab 11 - Bab 20

27 Bab

第11話

隼翔は直哉を突き飛ばし大股で外へ飛び出すと、賢吾の手から車の鍵を乱暴に奪い取った。「航空券を取れ。黎明自由国へ行く」一刻の猶予すら惜しい。たとえ黎明自由国の隅々までひっくり返すことになろうとも、必ず美玲を見つけ出してみせる――!――星野家・美玲の寝室。直哉は床から跳ね起き、瑛斗の手を掴んで叫ぶ。「瑛斗!美玲は黎明自由国のどこの都市に行ったんだ!?早く言えよ!」幼い頃から美玲は何かあるたび必ず瑛斗に打ち明けていた。しかし今回だけは瑛斗は固く口を閉ざし両手で顔を覆うだけだった。初めて美玲と出会ったその日から、瑛斗は心に誓っていた。――この小さくか弱い妹を、必ず守り抜くと。両親が商売に忙しかった幼少期、三人の弟妹の世話を引き受けてきたのは瑛斗だった。その中で、美玲だけは瑛斗の首に小さな腕を回し、飴を剥いて口に押し込み、「瑛斗、お疲れさま」と笑ってくれた。やがて美玲が成長すると、着る服の一枚一枚まで瑛斗が用意した。どこへ出かけるときも、必ず一声かけてからだった。それが今回に限って――何も言わずに姿を消したのだ。「瑛斗!答えてくれ!」颯真も思わず声を荒げる。五歳の頃、夢中で遊んでいた颯真は誤って川に落ちた。そのとき美玲は一瞬の迷いもなく飛び込んだが、小さな体では到底引き上げられるはずもなく、むしろ颯真の重さに引きずられながらも決してその手を離さなかった。救助が間に合わなければ、美玲はあの日永遠に五歳のままだっただろう。その出来事を境に、美玲の体には長く尾を引く不調が残った。颯真はその代償を背負い、必ず医術を学び美玲を守り続けると誓ったのだ。――だが、瑠花が戻ってきてからは違った。彼女も病弱で、たびたび倒れていた。颯真は思った。「少しの間だけ、瑠花を看ればいい。美玲はずっと星野家で過ごしてきたのだから、きっと分かってくれる」と。しかし美玲は、ずっと傷ついていたのだ。そして――本当にいなくなってしまった。颯真の「少しの間」は、知らぬ間に美玲への心配りをすべて奪っていた。長年その体を見守ってきたはずなのに、美玲が妊娠していたことすら気づけなかった。救い出された後の美玲の仕草や表情が、颯真の脳裏に鮮やかに甦る。甘やかされて育ったはずなのに、必死に痛みに耐える姿――あの不自然な行動は、極限の
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第12話

黎明自由国の首都行きの便が、ちょうど着陸した。空港を出ると、美玲の目に飛び込んできたのはツヤツヤとした晴のスキンヘッドだった。「晴先生!」美玲は夢中で手を振った。「美玲、踊りを諦めずによく頑張ってくれたな」晴の安堵に満ちた笑顔を見て、美玲は胸の奥に溜まっていた澱が一気に晴れるような心地がした。晴は美玲にとって、ただの師匠ではなかった。実力不足と評されていた頃、反対を押し切って彼女を特別に推薦し、主役の舞台に立たせてくれたのも晴だったのだ。「こっちはお前の後輩、孝司だ」晴が身を横にずらし、隣に立つ男を示した。目を細めて笑うその姿は、明るさにあふれていた。「先輩、俺たち子供の頃に会ったことあるんだ。そのあと家族で海外に移住して……覚えてない?」小野孝司(おの たかし)は、ごく自然な仕草で美玲のスーツケースを受け取った。陽光のように明るく活力に満ちた大柄な青年。そのハンサムな顔と、幼い頃「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と鼻を垂らしてまとわりついてきた近所の男の子とを結びつけるのは、美玲には難しかった。――男の子は成長の過程で、こんなにも変わるものなのか。美玲が黙っていると、孝司は改まって紳士のように礼をした。「じゃあ改めて自己紹介を。美しく可愛い先輩、美玲さん」「やめろ、変なこと言って美玲を怖がらせるな」晴が足を振り上げ、孝司の尻に一蹴りを食らわせる。大げさに痛がって見せる孝司の顔に、美玲は思わず口元を緩めてしまった。その輝く瞳を見つめていると、胸の曇りが少しずつ晴れていき、心の奥にまた活力が満ちていくようだった。「さあ美玲、とりあえず孝司の家に住め。家賃は直接孝司に渡せばいい。ダンスカンパニーの寮も見てきたが、お前には合わなかった。こっちの医者にも予約を取ってある。定期的に診てもらえ、分かったか?」車を運転しながら、晴はぶつぶつと世話を焼く。隣でいちいち相槌を打つ孝司に、晴は腹を立てて睨みつけた。二人の掛け合いを見ているうちに、美玲の心も少しずつ温かさを取り戻していった。「そうだな。今夜は家で食べよう。俺が料理するよ」孝司が言った。晴も頷く。「美玲、こいつと一緒に住むなら食事の心配はいらん。孝司は料理が得意だからな」「本当に?まさか料理までできるなんて」美玲は驚きに目を見開いた
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第13話

「孝司、私たち、まだ会ったばかりだし……この仕事は私じゃ力不足よ」美玲は孝司と視線を合わせた。美玲より六歳若い孝司の瞳には、拒まれたときの哀しさと、それでも引き下がろうとしない強情さが入り混じっていた。確固たる眼差しは次第にしぼみ、しゅんとした色を帯びていく。まるで褒めてもらえなかった子犬のように、その濡れた瞳はうるんでいた。「じゃあ……そうだ、美玲さん!実はもう一つ頼みたいことがあるんだ。うちの会社でモデルをしてくれないか?特に古代風の衣装のモデルは、海外じゃなかなか見つからなくて困ってるんだよ。後輩を助けると思って引き受けてくれない?」孝司は椅子に座り直し、仰け反るとふわふわの髪が二度ほど跳ねた。その快活な笑顔は、まっすぐに美玲の心へ射し込んでくる。「孝司、美玲はまだ来たばかりだ。少しは落ち着いて話さんか。それより、俺に飯をよそってこい」晴が孝司を追いやった。「美玲、孝司の言うことは事実だ。確かに古代風の衣装のモデルはなかなか見つからん。安心しろ、給料のことは俺が気を配っておく。海外に来たんだから、そろそろ気持ちを整えて生活の基盤を作るのも大事だ」星野家のことに口を挟むつもりはなかった。だが、自分の教え子を他人に踏みにじらせるわけにもいかない。美玲と隼翔の間に何があったかは分からない。だが、婚約者がすり替えられたことは周知の事実だった。孝司を連れてきたのも、この明るくお調子者の青年なら、自分の一番の教え子である美玲の心を少しでも和ませてくれると期待したからだ。美玲は晴の意図を察し、ちらりと台所の中をのぞいた。そこに見えた孝司の横顔は精悍で、活気に満ちていた。ただ、照明に照らされた耳の輪郭がほんのり赤く染まっている。――もし、単なるモデルの仕事なら……悪くはないかもしれない。話が一段落したころ、孝司はご飯をよそい、小さなフルーツの盛り合わせを美玲の前に置いた。「美玲さん、食後のフルーツだよ。冷やしてあるから、もう少し経ったら食べごろだと思う」孝司の視線は熱を帯び、美玲への気遣いがにじんでいた。だが、その青臭さを含んだ思いやりは、不思議と爽やかで心地よかった。美玲はわざと孝司をからかうように、一口大のフルーツをゆっくりと口に運んだ。孝司の視線は、彼女の動きに合わせて落ち着きなく揺れる
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第14話

美玲ははっと我に返り、そっと身を引いた。「なんでもないわ。そこに座って待ってて。ちょっと支度するから」ソファを指さして軽く言うと、孝司は素直に「はい」と答え、まっすぐ腰を下ろした。その従順な様子に美玲の目元がふわりと和らぎ、思わず孝司の頭を撫でた。「子供の頃のあなたは、こんなに大人しくなかった気がするけど」孝司は幼い頃、とても甘えん坊だった。美玲の姿が見えなくなるとすぐに泣き出すのだ。美玲にとっては正直、鬱陶しくて仕方なく、孝司一家が海外に移住したときには、内心でこっそり安堵の息をついたほどだった。「俺、美玲さんの前だと大人しくなるんだ」孝司の目は水のように澄みきっていて、美玲は電流に触れたように手を引き、無意識のうちに彼を観察した。――孝司、少し反抗的になった?着替えて戻ると孝司はすでに朝食を一式整えていた。どれも美玲の好みにぴったりだった。疑わしげに視線を向けると、孝司は気まずそうに目を逸らした。「美玲さん、変に思わないでください。ただ……たまたま朝食の練習をしていて、たまたま美玲さんの好きなメニューだっただけです」「分かったわ。座って、一緒に食べましょう」美玲はそれ以上追及しなかった。なんでも理由を突き詰めたがる年齢は、とっくに過ぎている。朝食を終えると、二人は車で公園へ向かった。孝司はカメラを構え、美玲にいくつかポーズを取らせる。「美玲さん、なんでこんなに綺麗なんだろう」その視線は、一瞬たりとも美玲から離れない。「美玲さん、次はこうしてみよう。この手を、この彫刻に添えて」孝司は美玲の手を取って導き、そのまま彼女を自分の腕の中に包み込んだ。指先が彫刻に触れた瞬間、孝司の体温が美玲の中に流れ込んでくる。「少しだけつま先立ちを。そうすれば、もっと軽やかに見える」孝司はしゃがみ込み、美玲の足を支えた。指導を受けた美玲は、わずかにうつむき、感情を表に出さない表情を浮かべた。その姿は、まるで俗世を離れていく仙女のようだった。通りすがりの人々も思わず足を止め、感嘆の声を漏らす。孝司は夢中でシャッターを切った。しかし一枚撮った瞬間、美玲はふらつきそのまま地面に倒れ込んでしまった。「美玲さん!」孝司は駆け寄ると美玲を抱きかかえ、自分が地面に下敷きになる形でクッションとな
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第15話

「美玲さん、俺が家まで送るよ」孝司は美玲を抱き起こしながら立ち上がった。美玲は軽く睨むように孝司を見上げる。足を少し捻っただけで、大げさに扱われるほどではなかったからだ。その仕草を見つめるうちに隼翔の呼吸は詰まり、胸が締めつけられて指先まで痺れるように痛んだ。その瞬間、隼翔は初めて知った。――美玲が自分と瑠花を見ていたとき、どれほど苦しかったのかを。「美玲のため」と信じ込んで積み重ねてきた行為が、どれほど滑稽で無意味だったかを。隼翔は反射的に、美玲と孝司の前に立ちはだかった。目の縁は赤く染まり、その瞳には後悔と未練、不安――幾重もの感情が絡み合っていた。ほんの少しの時間で数年分老け込んだようにさえ見えた。「美玲……まだ二日しか経ってないんだ。そんな短い間に恋人なんてできるはずがない。俺の言うことを信じてくれ。本当は彼のことなんて好きじゃないだろ。ただ辛くて、誰かにぶつけてるだけだ。な、いい子だから、一緒に帰ろう」「前みたいに戻ろう。俺はお前を妻にする。一生大事にするから」美玲は彼を見返したが、その視線は冷ややかで、まるで他人を見るようだった。「隼翔、あなたの婚約者は瑠花でしょ。一生なんて長すぎる。その間に何が起こるか分からないし、私はあなたに賭けるつもりはないの」その言葉を聞いた瞬間、孝司の口元が抑えきれずに緩んだ。「おい、聞こえなかったのか?俺の彼女がはっきり言っただろ。あんたには婚約者がいるんだ。これ以上、人の人生を壊すな。美玲さん、帰ろう。安心して、俺の家には男一人しかいないから」隼翔は信じたくなかった。美玲の心から本当に自分が消えてしまったなんて。幼い頃から共に過ごし、どんな時も自ら進んで支えてくれた美玲。どうして自分のもとを離れようとするのか。「美玲!俺の婚約者はお前だけだ!俺たちにはもう子供だっている!お前は俺を見捨てちゃいけない!」隼翔は必死に叫んだ。その声は惨めで、見苦しくすらあった。しかし、苦しそうに立ち上がり、自分の前に立つ美玲を見た瞬間、隼翔の胸に一縷の希望が灯る。これまでもそうだった。自分が謝りさえすれば。必死に引き留めさえすれば。美玲はいつも、自分のそばに留まってくれた。二人の間にはあまりにも多くの絆がある。両親、家族、幼い頃からの想い出、数え切れぬほどの時間――複
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第16話

美玲の携帯にも、ほぼ同時に瑠花から同じメッセージが届いていた。そして、電話も鳴り響く。「あなたって本当に恥知らずね。隼翔とはもう婚約を解消したのに、どうしてまだ彼を誘惑するの?私の立場を奪っただけじゃ足りずに、今度は私の男まで奪おうだなんて……恥知らずにもほどがあるわ!」美玲は即座に通話を切り、そのまま着信拒否に設定した。彼らの事情など知りたいとも思わなかった。ポケットからお守りを取り出し、そっと撫でる。その瞬間、美玲ははっきりと悟った。――この子は自分だけの存在であり、誰とも関わりのない命なのだと。「美玲さん」ドアが音を立てて開き、孝司が恐る恐る入ってきた。美玲の目の前に立ち、真っ直ぐに彼女を見つめるその姿に、美玲は呆れと苛立ちが入り混じった溜息をつく。「言って、どうしたの?」美玲が口を開いた途端、孝司の表情はぱっと明るくなった。「美玲さん、俺、病院に行ってきたんだ。こっちの主治医の先生に薬をもらって、マッサージのやり方まで教えてもらったんだ」孝司は床に腰を下ろし、美玲の足をそっと抱き上げ丁寧に揉みほぐし始めた。その手つきは驚くほど慣れていて、長い時間をかけて練習してきたことが伝わる。美玲はあえて口にしなかった。誰にでも秘密はある。孝司にも当然あるのだろう。しばらく揉み続けた後、孝司は膝をつき、顔を上げて美玲を仰ぎ見た。「美玲さん……実は俺、嘘をついてたんだ」思いがけない言葉に、美玲は眉をひそめる。孝司が自ら打ち明けてくるとは思わなかった。孝司は美玲のふくらはぎから膝へと指を移し、その手を膝のあたりで止めた。半ば跪いた姿勢のまま、祈るように美玲を見上げる。「実は、俺、子供の頃からずっとやってきたんだ。あの年、美玲さんが川に落ちただろ……マッサージやお灸が虚弱体質に効くって聞いてさ。それからずっと練習してきたんだ。どうだ、試してみないか?」声を落とし、顔を上げる角度からは孝司の若々しく端正な横顔が際立つ。美玲は孝司の顎を軽く持ち上げる。「あなた、私のことが好きなの?これは告白のつもり?」孝司の顔はじわじわと赤く染まり、引き結んだ唇は淡い桃色にさえ見えた。「そうだ。美玲さん、俺は――」だがその言葉を遮るように、美玲は指先で彼の唇に触れた。「私は今、恋愛をする気はない。ま
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第17話

隼翔と美玲はかつて互いを深く愛し合っていた。婚約者を変えたあの時――泣き叫ぶように取り乱した美玲の姿が、今も隼翔の脳裏によみがえる。あの瞬間、自分は一体何を考えていたのだろう。頭の中にあったのは、家族と責任のことだけ。瑠花と関係を持ってしまった以上、責任を取らざるを得ない。美玲なら理解してくれる――そう思い込み、長年積み重ねてきた愛情を心の奥深くに押し込めてしまったのだ。しかし隼翔は間違っていた。本当に彼を救っていたのは、美玲だった。その後も瑠花が美玲を陥れるたび、胸は痛んだ。それでも隼翔は、見て見ぬふりを続けた。「理性」という言葉が自分を押さえつけ、できたのは密かに瑠花に警告することだけだった。だが――あの日、二人が強盗に拉致されてから。美玲の姿が見えなかった時間のすべてが、心臓を締めつけるほどに恐ろしく、考えることすら、触れることすら、怖くてたまらなかった。その臆病さのせいで、美玲を半月もの間、犯人の拷問に耐えさせてしまうことになったのだ。隼翔は深く息を吸い込み、涙がこぼれ落ちぬよう必死に堪えながら美玲の窓辺で一晩中立ち尽くした。翌朝、賢吾が彼を見つけたとき、隼翔の体には薄く霜が降りていた。「花村社長、孝司の身元が分かりました。彼は小野家の御曹司で、黎明自由国に籍があります。我々としては……」その時、玄関の扉が開く音がした。美玲がドアを開け、最初に目にしたのは――楓の木の下に立つ隼翔の姿だった。美玲には関わるつもりなど毛頭なかった。二人の関係は終わったのだから。それで終わり。もう二度と心を許すことはない。無視して通り過ぎようとした瞬間、甲高いクラクションが響き渡る。美玲は思わず足を止めた。目の前に現れたのは、ひときわ目を引くスポーツカー。派手なドリフトで二人の間に割り込み、美玲の視線を遮った。「美玲さん、迎えに来たよ。仕事に行こう」孝司がオープンカーの幌を開け、無理に笑顔を作りながら白い歯を見せる。「結構よ」美玲は隼翔も孝司も、誰とも関わりたくなかった。ただ一人で、静かに暮らしたかった。だが孝司は車のドアを開けて遠慮なく近づいてくる。「俺たちは同じダンスカンパニーの仲間だよ。後輩が先輩を送るのは当然でしょ?お願いだからチャンスをちょうだい。それに、このままじゃ遅刻しち
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第18話

長い沈黙ののち、隼翔が口を開いた。喉に刃物を詰め込まれたかのように、声は震えてかすれていた。「紅蓮には多くの資産があります。美玲を治すには十分です。晴先生、あなたにも若かりし頃があったはずです。俺はこれまで数えきれないほど間違えてきましたが、今は全力で美玲に償いたいんです。もう二度と、彼女を悲しませたりはしません」「分かっているはずです。この立場にいれば、どうしても避けられないことがあるのです。時には望まぬ選択を迫られることも。だが美玲は、俺の人生に差し込む一筋の光だったんです。失って初めてその尊さを思い知ったのです」「俺たちの間に生じた誤解は、俺の頑なさ故です。先生は、俺たちの関係をずっと見てきてくれた人で、星野家と花村家、美玲と隼翔……俺たちは本来、お似合いの二人だったはずです。どうかもう一度、チャンスをください。必ず美玲の心を取り戻してみせます」晴の目の前で、隼翔は一枚一枚、心の鎧を剥がすようにして、内に秘めていた想いをさらけ出していた。そこに座るのは花村家の後継者でも、若くして成功を収めた社長でもない。必死に助けを求める、一人の子供に過ぎなかった。まるで、あの雪の日――しゃがみ込み、美玲を託してくれと懇願したあの時のように。晴には隼翔に酷い言葉を浴びせることなどできなかった。「紅蓮が美玲を誘ったのは、今になってのことじゃない。ただ最初は彼女が行こうとしなかっただけだ。だが、美玲が拉致された時、お前たち両家は彼女を見捨てた。あの時ようやく、美玲は決意して俺に電話をかけてきた。黎明自由国の永住許可証も、すでに俺が彼女に渡している。お前たちは美玲をあまりにも深く傷つけすぎたんだ。二度と会わないことこそ、彼女にとって最大の慰めかもしれん。よく考えるんだ」晴は隼翔の肩に軽く手を置き、テーブルにチップを残して席を立った。隼翔が呆然と座り込むと、約二十年間の記憶が映画のように目の前を流れていく。そうだ、星野家も花村家も、美玲を見捨てたのだ。だから彼女は去り、二度と戻ろうとはしなかった。隼翔は顔を両手で覆った。だが、美玲はまだ彼を完全に拒絶したわけではない。ほんのわずかでも、可能性は残されている――。その思いをかき乱すように、携帯の着信音が鳴り響いた。「馬鹿者!女を孕ませておいて、自分だけ逃げたですって!?」
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第19話

隼翔は目を赤くしながら、一言一句噛みしめるように繰り返した。「当時、俺が婚約者を変えたのは、ホテル・ルミナスで薬を盛られ、瑠花の清白を汚してしまったからだ。だが、数日前に分かった。あの日、俺を解毒してくれたのは――美玲だったんだ」「あなたの言葉を無視して、花村家の人間を総出で瑠花を救いに行かせたのも、瑠花が『颯真が美玲を助けに行った。美玲はもう無事だ』と俺に言ったからだ」しかし、それらはすべて嘘だった。隼翔はことごとく誤解し、美玲を奈落の底へ突き落とした。責任を背負うつもりでいたはずの隼翔こそ、最後には最も無責任な人間だった。電話の向こうで七海の怒声が響き渡る。「このあばずれが!」瑠花は泣きじゃくりながら頬を押さえ、叫ぶ。「お義母さん!私はあなたの息子の嫁です!私のお腹には、花村家の子供がいるんです!」「誰があんたの母親だって?」瑠花は悲鳴を上げ、床に崩れ落ち、それでも必死に縋りついた。「お義母さん!本当に嘘じゃないんです!私はただ、子供の頃から苦しい生活をしてきて……だから美玲を妬んでしまっただけで……でも、嘘は言っていません!本当に私は隼翔さんの子を身ごもっているんです!」「黙れ!」七海は鋭い目で瑠花を睨みつけ、吐き捨てるように言った。両家の縁談のことはさておき、七海は幼い頃から美玲を見守ってきた。その美玲が誘拐犯の手に半月も囚われ、さらに子供を流産したと知ったとき、七海は目の前の瑠花を殺してやりたいほど憎んだ。ましてや、瑠花の腹の子が隼翔のものではないのは明らかだった。仮に本当に隼翔の子であったとしても、七海はこんな卑劣な女の腹から花村家の孫を産ませることなど絶対に許さない。「七海様、星野家の方がお見えです」長年仕えてきた執事も、七海が手を上げる姿を久しく見ていなかったため、声を抑えて報告した。七海は髪を整え、床に座り込み必死に許しを請う瑠花を見下ろす。その瞳には冷たい光が宿っていた。「星野家の方は応接室で待たせなさい。それから、この女を見張っておけ。美玲が受けた苦しみを、この女には千倍にして返してやるわ」星野家と花村家の争いを、美玲はまだ何も知らなかった。その頃美玲は会社の同僚から話を聞いていた。新しい取締役が今日赴任するらしい。美玲と同じ入社日で、今夜は合同の歓迎会が開
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第20話

美玲は身をかがめ、孝司が背後でふざけていた手を軽くはたき落とした。「孝司、良い年して何してるの」孝司の顔が赤くなり、背筋を伸ばしてうつむく。「まあ、別に」「別に?」美玲は呆れて笑いそうになったが、堪えるしかなかった。「練習室に入りなさい。私が動きを直してあげる。先生に恥をかかせないで」「はい、美玲さん!」孝司は元気よく答え、美玲が背を向けた瞬間、近づこうとしていた男たちを鋭く睨みつけた。睨まれた男は全身を震わせ、慌てて手に持っていたバラを隣の役者に押しつける。――小野家のお坊ちゃまを敵に回すわけにはいかない。着替えを終えた美玲は小さな教鞭を手に取り、一つ一つ孝司の動きを修正していった。教鞭の先に合わせて身体を動かすたび、孝司の心は天にも昇る思いだった。やがて孝司がピルエットをしているとき、ふとガラス越しに人影を見つけた。その瞬間、彼の顔は曇り足先の動きも揺らぐ。美玲は怒りを込めて歩み寄った。「何度言ったら分かるの?ここはしっかり踏ん張って脚を伸ばすのよ。腰は?腰に力が入ってなければ、上半身が安定するはずないでしょう?」額に手を当てながら、美玲は小さく首を傾げた。――どうして先生の弟子は皆一流なのに、この子だけはこうなのかしら。やっぱり親戚筋だから?「美玲さん。先生が教えてくれたときは、腰を支えてくれてたでしょ?でも俺の時は、適当に済ませて『分からないことがあったら美玲に聞け』って。それなのに美玲さんは、俺にはきつく叱るんだ……」孝司は悔しそうに俯き、瞳に潜む計算を巧みに隠した。「俺、辛いことがあっても口にしないタイプだから……」その言葉に、美玲の胸に妙な罪悪感が芽生える。確かに、この動きは先生が手取り足取り教えてくれたものだ。孝司がここまでできるようになっただけでも、大したものかもしれない。「美玲さん……俺、やっぱり不器用だから、上手くできないのかな」孝司の声はますます弱々しく、哀れを誘った。美玲の胸に申し訳なさが広がる。そんな彼女に孝司はさらに近づいた。「美玲さん、一度でいいんです。腰を支えて一緒に踊ってもらえませんか?それで必ず覚えるから」孝司は身をかがめ、真っ直ぐに美玲を見つめる。陽光に照らされた瞳は琥珀のように透き通り、揺らめく光を帯びていた。「一
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