「先生、決めました。紅蓮ダンスカンパニーからのお誘いを受けます」電話口の向こうから、恩師・水城晴(みずき はる)の声が弾み、抑えきれない喜びが伝わってくる。「ようやく決心がついたか。すぐに手配してやろう。俺の教え子なら、将来と男のどちらを選ぶべきかくらい、分かっていて当然だ。一週間だけ時間をやる。友人たちとしっかり別れを済ませておけ。それから、両親によろしく伝えておけよ。俺は先に渡航の準備を進めておく」星野美玲(ほしの みれい)は小さく返事をして電話を切った。無意識に手首の金の腕輪へと指が伸びる。その黄金の輝きの下には、ムカデのように醜くうねる傷痕が隠されていた。選んだのは美玲ではない。男も家族も、彼女を切り捨てる道を選んだのだ。化粧室の外から、控えめなノックが響く。「美玲、入っていい?」言葉より早く、星野瑠花(ほしの るか)が扉を押し開けた。大きく潤んだ瞳は、誰を見ても怯えた小動物のような無垢を装う。白い首筋に浮かぶいくつかの赤い痕がいやでも目を引いた。美玲の視線に気づいた瑠花は恥じらうように襟をかき合わせ、甘ったるい声で言う。「もう、隼翔のせいなのよ。どうしても私に絡んでくるんだから」美玲は冷ややかな表情しか返さない。瑠花の口にする隼翔は、かつて美玲の婚約者だった。しかし今では瑠花の婚約者である。美玲は忘れていない。瑠花が家に戻ってきたばかりの頃、花村隼翔(はなむら はやと)は美玲を屋上に呼び出し、満天の星空を指差して誓った。「俺が欲しいのは美玲だけだ。誰が戻ってきても、愛しているのは永遠に美玲だけだ」――その熱烈で堂々とした愛は、わずか一年と三ヶ月しか続かなかった。別の夜、同じような星空の下で隼翔は服装の乱れた瑠花を抱きしめ、星野家の大広間で膝をついた。そして懇願したのだ。「婚約者を美玲から瑠花に替えてほしい」と。この無垢そうな顔の奥に、どれだけの汚れと打算が潜んでいるのだろう。だが幸いなことに、美玲はまもなく去る。彼女は先ほど晴に海外行きを承諾し、紅蓮ダンスカンパニーのダンス顧問の仕事を受けると答えたばかりだった。最後の国内公演を別れの舞台とし、美玲は二度とこの甘美な愛に酔う二人を邪魔することはない。「美玲、今回の主役、私に譲ってくれない?お願い」瑠花は美玲の
Baca selengkapnya