「彼女の両親は海洋研究者だった。研究のために命を落とした。二人の願いはただひとつ、娘が平穏に生き、結婚して家庭を築くことだった。お前に出会い、結婚して子を授かったのは、まさにその願いどおりだ。だが心音は、この十年間、一度も海洋研究を諦めていない。彼女が決してお前に触れさせなかった研究があった。それは海洋を浄化する薬だ。あの子の決意と冷静さ、そして強さは、お前には到底及ばぬものだ。北木市でお前と暮らすことを選んでくれたのは、すでにお前の幸運だった。それを、お前は大事にできなかった」真一の涙は痛みに濡れていた。喉が焼けつくように苦しい。「じいちゃん、頼む。心音をあそこに行かせたくない。三十年なんて、あまりにも長すぎる」「助けられん。わしもその場所がどこか知らんのだ」真一が必死に縋りつく。「じいちゃん、お願いだ。方法があるはずだ、助けてくれ!」だが祖父は深く息を吐く。「真一、お前はすでに心音を裏切った。なぜこれ以上、縛ろうとするのだ」「彼女は俺の命だ」それでも祖父は首を縦には振らなかった。真一は地に膝をつき続ける。広大な人脈を持つ祖父に、どうしてもすがるしかなかった。三日三晩、ただひたすらに跪き続けた。ついに祖父は一本の電話を入れる。だが、通話を終えるとただ首を振った。「真一、無駄だ。彼女はもう去った。翔も連れてな。そこは完全に隔絶された世界だ。外界の通信も届かず、扉は閉ざされる。三十年後にしか開かん。仮に見つけても、その海に続く道を開くことはできん」真一は狂気に堕ちた。会社の莫大な資金を投じ、心音の行方を追った。だが三か月も経たぬうちに会社の資金繰りは悪化し、かつて二人で研究した特許の半分以上を心音が担っていたこともあり、火事で研究室を失ってから、彼ひとりでは成果を再現できなくなっていた。日下グループは急速に傾いていく。祖父は売却を迫ったが、真一は拒み続けた。そんな折、「心音の消息と引き換えに、持つ株式を要求する」という人物が現れる。真一はその条件を呑んだ。現れたのは目黒風馬(めぐろ ふうま)だった。「真一。俺は心音の友人、目黒風馬」真一はその名を知っている。かつて心音を想っていた男だ。風馬は静かに言い放つ。「彼女は話さなかったのか?俺と彼女は幼馴染で、この十年、
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