私はひとりで、大好きな歌手のコンサートに来ている。リクエストコーナーが始まり、胸が高鳴る。どうか選ばれるのは私でありますように――そう祈る。だが、次の瞬間、大スクリーンに映し出されるのは、地方へ出張中のはずの夫・久遠誠一(くおん せいいち)。そして、その隣には彼の初恋の人――柳沢紫苑(やなぎさわ しおん)がいる。「リクエストします。『あの頃へ』。三年前に戻れるなら、俺は絶対に紫苑と別れない」会場は大きな歓声に包まれ、二人の愛を讃える声が響く。ただ一人、私は涙で顔を濡らしている。次のリクエストのとき、今度は泣き腫らした私の顔がスクリーンに映し出される。「私も『あの頃へ』をリクエストします。あの時に戻れるなら、私は絶対に誠一のプロポーズを受け入れない」言葉が終わらないうちに、私の携帯が鳴り響く。画面を見やると、表示されているのは誠一からの着信だった。私は拒否を押す。顔を上げると、スクリーンにはまだ私の顔が映し出されている。私は無欠点の笑みを浮かべる。「誠一、離婚を受け入れるわ。月曜の朝九時、市役所の戸籍課で会いましょう」周囲からざわめきが広がり、好奇心に駆られた人たちが慰めの言葉をかけに近づいてくる。小さな女の子がティッシュを差し出し、心配そうに私を見つめる。「お姉さん、そんな男なんて、涙を流す価値なんてありませんよ」私は礼を言い、涙を拭い去って、歌手と一緒に『あの頃へ』を最後まで歌い切る。――たった一曲の間、頭の中に浮かんでいたのは、数日前の誠一の「別れの言葉」だった。朝食の席。誠一は淡々とした表情で私を見つめ、口を開いた。「離婚しよう」卵を取ろうとした私の手が宙で止まり、驚きに顔を上げた。「今、なんて言ったの?」自分の耳を疑った。三年前、誠一のプロポーズを受け入れて以来、私たちの暮らしはずっと甘やかで幸せなものだった。彼はもともと寡黙で冷たく見える人だったが、ふとした瞬間にだけ情の深さを見せて、それでも私たちの関係には何の問題もなかった。今さらそんなことを言い出すなんて、冗談だと思った。だが誠一は真剣な眼差しで告げた。「離婚しよう。もうこんな生活には飽きたんだ」私は言葉を返せずにいると、彼は苦い笑みを浮かべた。その日から、誠一は家に戻らなくなっ
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