All Chapters of みんなが私を愛したとき: Chapter 1 - Chapter 9

私の魂はリビングの隅で身を縮め、目の前の光景を黙って見つめていた。いつもは早く寝る父が、今日はめずらしく上機嫌で、彩香の誕生日プレゼントを一つずつ一緒に開けていた。母はソファに腰かけてショッピングサイトをめくりながら、彩香がもうすぐ行くサマーキャンプで映えるよう、新しい服を買ってやらなきゃ、とぶつぶつ言っていた。「お母さん、もうクローゼットがいっぱいだよ」彩香は甘えた声で言い、綿菓子みたいに柔らかい響きだった。母は笑って、当然のように言った。「じゃあ、お姉ちゃんの部屋を空ければいい。美咲はこういうの気にしないし、仕事が忙しくてほとんど帰ってこない。それに服もたいして持ってないんだから、あんな広さはいらない」「でも……」彩香はぱちりと瞬きをして、少し迷ってみせた。「そんなことしたら、お姉ちゃんが嫌がらない？」母は言葉を切って眉を寄せた。「考えすぎるな。お姉ちゃんは分別がある。そんなことであなたと張り合ったりしない」父は何も言わず、うつむいたまま彩香のためにピスタチオを一粒ずつ根気よく殻から出していた。そばに座る拓也が、その実をついでに彩香の手のひらへ渡した。その瞬間、ようやく分かった。魂が涙を流すという言い方は、本当なんだと。彼らの優しさは、最初から私に向けられたものではなかった。「でも……」彩香はうつむき、かすかな声で言った。「何通もメッセージ送ったのに、お姉ちゃん返事くれない。まだ怒ってるのかな。もし本当に帰ってこなかったら……胸がすごく空っぽになる」その言葉に合わせるように、リビングの空気が一瞬止まった気がした。父は眉間に深くしわを寄せ、冷たい調子で言った。「放っておけ。彼女は気取ってみせて、みんなを自分の周りに集めたいだけだ。いつになったら少しは大人になるんだ」母の顔に一瞬だけうんざりした色がよぎり、ため息が漏れた。「世界医学博士金賞くらいでしょ。二年に一度は選ばれるのに、大げさに騒いで。どうして彩香を思いやれないの？十六歳の誕生日は一生に一度しかないのに、わざわざこの時に拗ねるなんて」彩香は伏し目になり、瞳の奥に狡猾な光を宿しながらも、口元には無垢な笑みを浮かべた。「ママ、そんなこと言わないで……お姉ちゃんが聞いたら悲しむよ。あの賞、ずっと必死に手に入れようとしてやっと取

私の魂は彩香の後を追い、個人クリニックにたどり着いた。ほどなくして、婚約者の翔太が勢いよく飛び込んできた。彼は一直線に彩香のそばへ行き、手を掴んで、サソリに刺された掌の傷を焦って確かめ、目にはいたわりがあふれていた。「どういうことだ？ 医者は何て言ってる？」「翔太、やめて」彩香は声を詰まらせながらも、無理やり笑みを作った。「これは美咲のせいじゃない。私にサプライズをしようとして……たぶん贈り物を取り違えたの。知ってるでしょ、彼女、医学博士として実験用に動物をたくさん飼ってるから……」彼女が「理解しているふり」をすればするほど、翔太の顔はさらに陰った。彼は顔を上げ、怒りを滲ませて言った。「美咲は？今どこに隠れてる？彩香、怖がるな。俺が必ず君の分まで怒りを晴らす！」翔太、探す必要なんてないよ。私はすぐそばにいる。だけど、もう怒りを晴らすことなんてできない。だって私は、もう死んでいるから……もちろん、私の遺体を好きなように捨ててもいい。墓を買わずに、それを罰だと思い込むのもね。クリニックを出たあと、翔太は私に電話をかけた。誰も出ない。彼はボイスメッセージを残した。「美咲、どうしてそんな酷いことを？わざとサソリをプレゼントに入れて自分の妹を傷つけるなんて？俺はずっと君を優しいと思っていたのに、嫉妬でそんな真似をするのか！」その声は怒りで満ちていた。「本当は今から君に贈り物を届けに行くところだった。受賞の祝いに、家に伝わるネックレスだ。だが今の君にそれを受け取る資格はない。これを罰だと思え！彩香に何もなければいいが、もしものことがあれば……婚約は破棄だ」彼の非難を聞きながら、私はすでに力が尽き、反応する気力すら残っていなかった。彼が最後には彩香の側に立つことなど、とうに分かっていた。私たちが出会ったばかりの頃、翔太は、私が家で無視され冷遇されていることを知ると、必ずその分の愛を埋め合わせると誓ってくれた。彼は私に綺麗なアクセサリーを贈り、学校にも一緒に通い、やがては仕事の送り迎えまでしてくれた。けれど、いつからか変わってしまった。彼は次第に彩香ばかりをかばうようになり、「彩香は君より八歳も年下だ。妹なんだから守ってやれ、もっと寛容になれ」と言った。私は彼が彩香を好きにな

家の中が混乱に包まれている一方で、翔太は私がすでにこの世を去ったことなど露ほども知らなかった。その時、彼は彩香のそばにいて、彼女の手の傷を丁寧に包帯し直していた。「まだ痛むか？」その声は、私の記憶にあるどんな時よりも優しかった。彩香は小さく首を振り、涙を光らせながら言った。「もう痛くない。あなたがいてくれれば、何も怖くないの」翔太は胸を締めつけられるように彼女を見つめ、眉に怒りを宿した。「美咲はあまりにもひどい。彼女が現れたら、必ず代償を払わせる！」「美咲を責めないで」彩香はそっと手を伸ばし、彼の指先をきゅっと握った。彼女の声は震え、かすかに詰まっていた。「お姉ちゃんは、ただみんなの注意を引きたかっただけ……」彼女が思いやりを示せば示すほど、翔太の中で彼女への憐憫は深まっていった。「彩香、君はなんて優しいんだ。ここまで傷つけられても、まだ美咲をかばうなんて」「私は……ただ心配なの」彩香は小さな声でつぶやき、涙がぽたりと翔太の手の甲に落ちた。「お姉ちゃんはいつも孤独で……ただ、愛されたいだけなんだ」翔太は嘆息し、彼女の髪に手を添えた。「彼女に必要なのは愛じゃなく、罰だ。あんなに自分勝手な人間は、周りを傷つけるだけだ」彩香はかすかに嗚咽を漏らした。「翔太、もし……もしお姉ちゃんが私を恨んでいたら、どうしよう」「そんな機会は与えない」彼は強く彼女を抱きしめ、声を固くした。「俺が守る。美咲を含めて、誰にも君を傷つけさせはしない」私は部屋の片隅で漂いながら、彼らが私を冷酷で悪辣な存在に仕立て上げるのを聞いていた。彼らの口から語られるのは、私の利己心や残酷さ。誰一人として気づいていなかった。私がもう冷たい死体になっていることを。「翔太……」彩香がふいに彼の名をかすかに呼んだ。「ずっと言えなかったことがあるの」「何だ？」「私、知ってるの。あなたが私を……特別に見てるって」彼女は頬を赤らめ、視線を揺らした。「それに、私も……」空気が一瞬凍りついた。翔太は長い沈黙ののち、低い声でようやく答えた。「彩香……俺たちは駄目だ」「どうして？」彩香は顔を上げ、傷ついた目で見つめた。「あなたは美咲を愛してなんかいない。みんな分かってる」私の魂も一瞬凍りついた

父が遺品を整理していたとき、私の引き出しの奥から一つのICレコーダーを見つけた。彼は少し迷ったあと、再生ボタンを押した。流れてきたのは、かすれた必死の声、私の命の最後の瞬間だった。「誰？なぜ押し入ってきたの？」「安心しろ、美咲、ちょっと物を借りるだけだ」見知らぬ男の声が響いた。「彩香が言ってたんだ。お前をみっともなく殴って、男と一緒にいる写真を何枚か撮れば、みんなにお前の正体を分からせられるってな」「忘れるなよ、殺しは駄目だ。ただ彼女の評判を潰せばいい」続いて聞こえたのは、私が必死に抵抗する声と、鈍い衝撃音。「ああ！」血の匂いが、録音越しに漂ってくるようだった。やがて、残されたのは荒い呼吸と、だんだん弱っていく助けを求める声だけ。「助けて……お願い……誰か……」その後、沈黙が訪れた。家族は皆、呆然と立ち尽くした。私の死は事故なんかじゃなく、綿密に仕組まれた殺意だった！ICレコーダーはまだ再生を続けていた。そこに残っていたのは、あの連中が狂ったように逃げ惑う足音と荒い息遣い。そして次に聞こえたのは、必死に助けを求めて電話をかける私の声。何度も続けざまに切られる呼び出し音。最後につながったのは翔太だった。「美咲、今日は彩香の十六歳の誕生日だ、一生に一度しかない日だ。くだらない口実で俺たちの注意を引こうとするな、もう駄々をこねるな！」その直後、冷酷な切断音が響いた。翔太の顔は真っ青になった。自分が、私の最後の生存の糸を断ち切ったのだと悟ったのだ。「彩香……」翔太は血走った目で彩香の部屋に飛び込んだ。彼女は得意げに新しいドレスを試着していた。「お前が人を使って美咲を傷つけたんだ！お前が彼女を殺した！」彩香の顔から血の気が引き、必死に首を振った。「違う！私じゃない！濡れ衣よ！」「録音が残ってるんだ！まだ言い逃れする気か！」翔太の目は真っ赤に染まり、声は裂けるような怒りで震えていた。「彼女はお前の姉なんだぞ！どうしてそんなことができる！」録音機の声を耳にした瞬間、彩香の仮面は完全に砕け散った。彼女は絶叫した。「私はただ、彼女の名誉を潰したかっただけ！殺すつもりなんてなかった！頭をぶつけたのは彼女自身よ！どうして私を責めるの？だってみんな、ずっと私の