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第9話

Author: ハサウェー
家を追い出されてから、彩香の人生は完全に崩れ去った。

家族の庇護を失い、彼女が身を寄せられるのは郊外の最も安く、最も荒れ果てた賃貸アパートだけだった。

まもなく、「姉を謀殺した女」という噂が町全体に広まった。

「肉親にまで手をかける人間に、もう一歩たりともこの家に戻る資格はない」

年長者たちは冷たく言い切った。

彩香は外で新たな拠り所を探そうとしたが、「肉親を殺す」という烙印を背負った女を受け入れる者などどこにもいなかった。

彼女は身分も居場所も失い、世間から唾棄される存在となった。

日々は少しずつ、飢えと寒さと孤独に侵食されていった。

街頭をさまようその姿は、まるで帰る場所を失った亡霊のようだった。

生き延びるために、彼女は闇の取引に手を出すしかなくなった。

自らの体を売り、わずかな生活費を得るために。

三か月後、ある取引の場で、彼女は初めて「禁断の果実」に触れた。

それは上流社会では厳しく禁じられている麻薬で、一度手を染めれば魂を蝕む毒。

後先を知りながらも、彼女はそれを飲み込んだ。

その短い酩酊の中でだけ、姉の死も、手にこびりついた血の記憶も忘れることができた。

だが薬物は少しずつ身体を蝕み、理性をも喰らい尽くしていった。

最後、彼女は陰湿で汚れた路地に一人倒れた。

かすかな意識の中で思い出したのは、幼い頃の姉の優しさだった。

飴を分けてくれたこと。

悪夢にうなされた夜、抱きしめて慰めてくれたこと。

だが、もう遅すぎた。

彩香の訃報を耳にした瞬間、拓也の全身は石のように硬直した。

彼はもう、かつての拓也ではなかった。

妹の死を境に、彼は完全に抜け殻となった。

仕事を辞め、部屋に閉じこもった。

壁一面には美咲の写真が貼られ、机には二人が笑う一枚の写真。

積もった厚い埃が、彼の崩壊を黙って証言していた。

彼は酒に溺れ、自傷すら繰り返すようになった。

ただ心の奥の痛みを鈍らせるために。

「美咲、ごめん、本当に……ごめん……」

これは、彼が延々と呟き続けたただ一つの言葉だった。

彼はついには邪な術にまで頼り、死んだ私と交信しようとし、身の程知らずの赦しを乞い続けた。

その暗く絶望に満ちた呼び声を、私は確かに感じていたが、一度も応えることはなかった。

私が死んで最初の年、拓也は自ら命を絶った。

彼は私の
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