「君の病気をこれ以上放っておいたら、本当に手遅れになる。たかが男のために命まで投げ出すなんて、絶対にだめだ」「病院も実力トップの医師も全部手配したし、来てくれさえすれば、すぐにでも入院できる」車がひっきりなしに行き交う街角で、林恵(はやし めぐみ)は携帯を握りしめ、視線を西洋レストランの窓辺に注いだ。そこには、一組の男女が仲睦まじく寄り添っている。「恵!お願いだから恋に溺れるのはやめて、自分のことを第一に考えてくれ――」「わかってる。一週間だけ時間をちょうだい。一週間後には必ず治療を受けに行く」受話器の向こうで、佐野真也(さの しんや)は息を呑むように絶句した。「ほ、本当か......?」「ええ、ようやく気づいたの。あんなくだらない男のために、身体を壊すわけにはいかないって」出国の日程を確認すると、恵はそれ以上言葉を交わす気になれず、電話を切った。窓の中、あの二人はまだふざけ合っていた。ステーキを口に運び合い、同じストローを使っては笑い合っていた。そこにいたのは、三年間付き合い、結婚の話まで出ていた恋人――千葉明(ちば あきら)。そして、幼い頃から何でも話してきた実の姉――林華(はやし はな)。今日は恵の二十四歳の誕生日。だがその恋人は、姉のために一方的に彼女との関係を終わらせたのだ。滑稽なことに、ほんの半月前には彼女を抱き寄せ、「結婚してくれるか?誕生日にプロポーズしてもいい?」と甘い声で尋ねていた。すでに婚約指輪も用意し、自分がうなずけば明日にでも式を挙げられる、とまで言っていたのに。その男は今や「ただ一人を愛す」と口にしていた言葉を裏切り、別の女を抱きしめて優しい言葉をささやいている。SNSを開けば、華の最新の投稿が目に飛び込んだ。そこにはダイヤの指輪の写真。【やっと一生を託せる人に出会えました。祝福していただけたら嬉しいです】余計な飾りもない簡潔な文面。つまり、明は華にプロポーズしたのだ。恵の誕生日に。彼女が白血病を宣告された、わずか一か月後だった。スマホの通知音が鳴り、ラインに新しいメッセージが届いた。送り主は華。十二秒の音声。再生ボタンを押し、耳に当てると、周囲のクラクションの音さえ遠のいていった。聞こえてきたのは、
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