帰り道、知樹は秘書に電話をかけ、琴子とその母親を探すよう指示した。家に戻ると、中は真っ暗だ。スイッチを押して灯りがついても、広々とした空間はひどく心細く感じられる。二階の寝室で、琴子が詰めきれなかったスーツケースを見つける。それでもはっきり分かった。彼女は自分が贈った物も、新田家の物も、すべて置いて、持ち出そうとすらしなかった。彼女は新田家と、いや、自分と決別しようとしている。胸の奥を目に見えぬ刃で突き刺されるようで、呼吸のたびに裂けるような痛みが走った。そのとき、スマホが鳴った。知樹は一瞬硬直し、慌てて出る。「どうだ、見つかったか」スマホの向こうで秘書が言いづらそうに答える。「杉田さんの身分情報は抹消されていました。杉田さんのお母様は、死亡が公証されています」彼の瞳が大きく見開かれ、信じがたい表情が浮かぶ。「何と言った?」秘書は同じことを繰り返した。知樹は声を押し殺して言う。「死因をすぐ調べろ、それから、琴子を一刻も早く見つけろ」彼女にとって母親は何より大切な存在だ。それだけに、今すぐ見つけ出さねばと思った。一人でこの現実を背負わせるなど、想像するだけで胸が引き裂かれる。その夜、知樹は一睡もできず、ただ焦燥のまま報せを待った。夜が明けても空は光を許さず、重苦しい雲が垂れ込め、今にも大雨が降り出しそうだ。充電器につないでいたスマホがテーブルの上で光り、着信音が鳴り響いた。雷鳴のように耳を打ち、同時に空から雨が叩き落ちてきた。薄暗がりの中、振動を続けるスマホを見つめながら、なかなか出られない。この電話が、自分と彼女に一生消えぬ痛みをもたらすと分かっていたからだ。しかし切れる寸前、知樹は通話ボタンを押した。覚悟はしていたはずなのに、真実が叩きつけられた瞬間、不意を突かれ息が止まった。「新田さん、杉田さんのお母様は熱中症で亡くなりました。七月二十三日、炎天下で長時間立ち続け、発見されたときにはすでに手遅れだったそうです……」日付も、原因も、知樹にはあまりに思い当たるものだ。すべては自分が引き起こしたことだからだ。その日、琴子から幾度も電話が来ていた。だが自分は何をしていた?夕菜と一緒にコンサートを見ていた。悔しみ、苦しみ、絶望が一度に押し寄せ、胸を鋭く切り裂いた。息を吸うたびに全身が震える。
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