結婚してから、私大塚杏奈(おおつか あんな)は、足の不自由な夫久保翔真(くぼ しょうま)を七年間ずっと世話してきた。 けれども、彼が立ち上がったその日、偶然にも彼が親友とフランス語で話しているのを耳にした。 「翔真、お前ほんとにあの地味女と結婚式やり直すつもりか?もし大事な妹ちゃんが傷ついたらどうするんだよ?」 翔真は息子の久保颯太(くぼ そうた)にエビをむいてやりながら、ゆったりと答えた。 「あり得ないだろ。お前も大事だって言うじゃないか。傷つけるなんてできるわけないだろう」 「パパと同じ。僕もキレイなおばちゃんが好きで、ブサイクのママなんて大嫌い」 傍らで息子がフランス語で口をはさんだ。 彼らは知らない。私はフランス語が分かるのだ。 こんな生煮えの人生を、これ以上続ける気にはなれなかった。…… 翔真は息子の額に手を当て、満足げに微笑みながら、無意識にフランス語で褒めた。 「颯太は本当にお利口だね。パパとおばちゃんが可愛がった甲斐があったよ。颯太がもう少し大きくなったら、おばちゃんにキレイな妹を産んでもらおう。そうすれば学校も一緒に行けるだろ」 颯太は手を叩き、ぎこちないフランス語で興奮気味に叫んだ。 「やった、最高だ!僕、おばちゃんとパパが一番好き!おばちゃんの産むキレイな妹も大好き! うちにあの口うるさいママがいなければいいのに。会うとイライラするだけだよ」 その言葉を耳にした瞬間、私は固まった。信じられず、しばらく動けなかった。 私の視線に気づいたのだろう、翔真は笑顔で私にゴーヤを取ってくれ、優しい声をかけてきた。 「どうした、杏奈」 私は首を振ったけれど、涙が勝手にあふれて止まらない。胸の奥が張り裂けそうに痛く、息苦しさが全身を支配した。 翔真は忘れてしまったようだ。この家で最初にフランス語を覚えたのは私であることを。 そして、私がゴーヤをまったく口にしないことも。 私の目が赤くなっているのを見ると、翔真は一瞬で慌てておろおろし出した。 「どうして泣いてるんだよ」 私は彼の手を避け、自分で涙をぬぐい、無理やり口角を上げて笑った。 「なんでもないの。ただ、あなたが私がゴーヤ嫌いだって忘れてたから」 わざと甘えた声でそう言った。 「ところで、さっき何
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