「今井さん、本当に修正型電気けいれん療法を予約するつもりですか?それはあなたの心にある苦しい記憶を消すことができますが、愛してきた人も忘れてしまいます」今井美雨(いまい みう)はスマホを握る指の関節が白くなるほど力を入れたが、声は異様に毅然としていた。「はい、立川先生。忘れることが私にとって一番いい方法です」電話を切ったあと、美雨は水を飲もうと手を伸ばしたが、枕元のテーブルが空っぽなことに気づいた。隣の病室から楽しげな笑い声が響いてきて、その声の主は彼女の夫と五歳の息子だ。そして二人が深く愛している神原茜(かんばら あかね)もそこにいた。看護師が薬を替えに入ってきて、世間話のように言った。「隣の病床の女性は本当に良い男と結婚しましたね。ご主人も子どもも一日中ずっとそばに付き添ってますよ」美雨は苦笑を浮かべ、ゆっくりと口を開いた。「そうですね。たとえ私こそがあの男の妻で、子どもの母親でも、私がここに運ばれて点滴を始めてから、一度も見舞いに来てくれたことはありません」若い看護師は自分の失言に気づき、複雑な表情で部屋を出て行った。美雨は顔を上げて点滴バッグを見つめ、頭の中では昨夜の商業施設での出来事が何度も何度も繰り返されていた。夫の月村冬真(つきむら とうま)と息子の月村晃宇(つきむら あきたか)は、茜の誕生日を祝うために伊勢海老を食べに行きたがっていた。美雨もただの引き立て役として一緒に出かけた。彼女が立ち上がり、トイレに向かったわずか数分後、ショッピングモールで火災が発生した。誰もが必死に外へと逃げ出した。慌てて冬真と晃宇を探しに戻ると、彼女の目に入ったのは三人が寄り添い合う姿だった。冬真は怯えて震える茜をお姫様抱っこし、手でその頭をしっかり守っていた。晃宇は両手で茜のハイヒールを抱え、体は小柄だったが、それでもなお漢らしく彼女を守っていた。少し離れたところから、茜は挑発的な目を美雨に投げかけ、わざとらしく慌てた声を出した。「美雨さんはまだトイレから出てきてないわ。待たなくていいの?」冬真は冷たい顔をしながらも、声だけは優しく答えた。「美雨も大人だ。火事を見れば自分で逃げられる」晃宇もすぐに口を添えた。「そうだよ。ママは何をするにも遅いんだから、少しは懲りるべきだ!茜おばさん、早く出ようよ。煙に
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