【小山紗英(こやま さえ)さん、この離婚届は有効です。でも双方の合意があったとしても、離婚手続きをするには、約一ヶ月ほどかかります】弁護士の返信に、私はほっと息をついた。振り返ると、床の開けっぱなしの小包が目に入った。七歳の息子が、私の誕生日にくれた贈り物だ。中身は、使ったゴムと、家族三人の仲のいい写真一枚。写真の中で、私の夫、小山宥一(こやま ゆういち)は隣の女性を抱き寄せ、私が見たことのない穏やかな顔をしていた。やんちゃな息子も、その女性に身を寄せ、甘えるような表情だ。けれど、その女性は私ではない。宥一の、離婚して帰国した初恋の人――青井恵(あおい めぐみ)。ゴムも、私がいつも使うブランドではなく、恵がよく持っているものだった。今日は私の二十八歳の誕生日。朝いちで宥一は、私のちょっとしたことにまで難癖をつけ、息子を連れて家を出た。「家でよく反省しておけ」と言い残して。誕生日を祝う気がない口実だということは、わかっていた。こんなやり取りは、恵が帰国してからの一年で、何度も繰り返された。たとえば前回、恵の家が停電したとき。宥一は彼女のところへ駆けつけたがった。そのときの言い訳はこうだ。「お前の飯がまずいから、息子を連れて外で食べるしかなかった」私が調理師免許を持ち、接待続きで胃の調子を崩しがちな彼を気遣って料理していたことなんて、すっかり忘れて。ケーキのロウソクがすべて燃え尽きたころ、玄関で鍵の回る音がした。息子は興奮して宥一の手を引き、今日のジェットコースターがどれほどスリル満点だったかをまくしたてる。宥一は口元をゆるめ、シャツの襟にはうっすらピンクの口紅がついていた。今流行の、いわゆる清楚系セクシーの色だ。私の顔を見ると、父子の笑顔は一瞬で消えた。宥一は息子の手をつないだまま部屋に入り、ポケットから小箱を取り出して放ってよこす。「誕生日プレゼントだ」一目でブレスレットだとわかった。同じブランド、同じデザイン。結婚してからの五年間で、もう十七回目だった。そのたび、彼が私に関心を向けていないことを思い知らされる。一方で、恵のインスタを見れば、今日はシャ●ルの新作ドレス、明日はオークションのアンティーク花瓶、その次は……ひと月のあいだ、同じものは一つもない。
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