結婚式の一週間前、私は恋人が別の人と入籍したことを知らされた。「詩帆、俺が莉奈と結婚するのは彼女の子の戸籍上の父親になってやるためだけなんだ。莉奈は身体が弱くて妊娠中絶したら命の危険があるから、こんな手しか取れなかった。約束する。莉奈が無事に子供を産んだら、すぐに離婚して君と入籍するから」私は微笑んで頷いた。「莉奈が妊娠中に恋人に捨てられたなら、あなたがそうするのは当然のことよ」長谷川雅紀(はせがわ まさき)は呆気に取られていた。私がこれほど物分かりがいいとは思ってもみなかったようだ。実のところ、雅紀がわざわざ私に許可を求める必要はなかった。三十分前にはもう桜井莉奈(さくらい りな)がSNSで雅紀との入籍を報告していたのだから。そして私は二人の婚姻届の写真を見てから、実家に電話をかけた。「お母さん、彼氏と別れたの。お見合い相手、探してくれる?」……「詩帆、君がそう考えてくれて、本当に良かった」雅紀は私を力強く抱きしめたあと、残業を口実に出て行った。去っていく背中を見ながら、自分がまるで道化のようだとふと思った。二ヶ月前、私と雅紀の結婚式を目前にして、雅紀の父が急逝した。雅紀は父の喪中なので、結婚式を三ヶ月延期することにした。私は指折り数えながら二人の結婚式を心待ちにしていた。しかし、数日前に突然、莉奈が雅紀を訪ねてきて、自殺すると騒ぎ立てたのだ。詳しく聞いてみると、妊娠したものの恋人に捨てられ、行くあてがないということだった。私は莉奈に妊娠中絶を勧めたが、雅紀に「なんて酷いことを言うんだ」と責められた。「莉奈はあんなに身体が弱いんだぞ。妊娠中絶がどれだけ身体に負担をかけるか、あの子に死ねって言うのか?なんて酷いんだ。この件は君はもう関わらなくていい。俺がなんとかする」冷静になれば莉奈を説得して妊娠中絶させるだろうと思っていた。まさか、向き直って入籍するなんて。それも、三ヶ月の喪中時限のも待たずに。なんて皮肉だろう。私が雅紀を十年愛しても手に入れられなかった結婚を、他の女がひとしきり泣き騒いだだけで手に入れた。しかも、父親が誰かも分からない子供を身ごもって。雅紀が出て行った途端、莉奈からメッセージが届いた。【詩帆さん、ありがとう。莉奈には雅紀しかいないから、どうしていいか分からなくて……
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