All Chapters of 荒原に愛の花は咲かない: Chapter 1 - Chapter 10

以前私が用意していたベビーベッドは、いつの間にか別のものに替えられた。クローゼットの中にあった赤ちゃんの服も、すべて入れ替えられた。私は花粉アレルギーなのに、部屋の中にはさまざまな花が飾られている。慌てて鼻を押さえながら、私はすぐに後ずさった。事情を尋ねようとしたとき、椿が大きなお腹を抱えながら得意げに言った。「ごめんなさいね。私は花の香りがないと夜眠れないの。奥様が我慢できないなら、別の部屋を使ってください。花粉はすぐには取り除けないから。仕方ないの。颯があまりにも私を大事にするから、一緒に寝ないと落ち着かないのよ」胸の奥に怒りが込み上げ、私は呼吸が荒くなった。そのせいで、手術痕のあたりもズキズキと痛んだ。執事に案内されていくうち、どんどん屋敷の奥の方へ追いやられる。颯が私に用意していたのは、ほこりまみれの部屋だった。「父さんと母さんは？二人はどこにいるの？」執事は困り果てたように遠くの小さな部屋を指差した。「奥様、どうか怒らないでください。旦那様が黙認しましたから、ご両親が小林さんの世話をしてます」私は雷に打たれたように呆然とし、目の前の光景がどうしても信じられなかった。この時は真冬だ。もともと痛風を患っている母が、洗面台で椿の服を洗っている。流れる水は骨を刺すほど冷たく、母の両手は真っ赤に腫れあがっている。父はしゃがみ込み、椿の靴を一生懸命洗っている。私は必死に駆け寄り、二人の手から服と靴を奪い取った。「父さん！母さん！どうしてここにいるの？なんで小林のために洗い物なんかしてるの！」私は両親をぎゅっと抱きしめたが、彼らの顔がどうにも抑えきれず痙攣しているのに気づいた。おそるおそる彼らの袖をめくると、青あざと鞭の痕がびっしりと残っている。二人は苦笑しながら私をなだめた。「穂果が無事に戻ってきて、颯と幸せに暮らせるなら、こんなことぐらいどうってことないよ」私は涙で視界がかすみ、過去の記憶が次々と蘇る。二十年前、颯の両親は強盗に殺された。危機一髪のとき、彼を救ったのは、私の両親だった。両親はただの一般人だった。しかし、颯が金井家を再興したいと言った一言で、彼らは半生の貯金をはたき、彼を留学に送り出したのだ。私の叫びを聞きつけ、颯は椿と一緒にのろのろと現れた。

病院に向かう道すがら、両親はこの数か月の苦労を私に話してくれた。椿は、両親に対して暴力や暴言を繰り返し、わざと面倒な家事を次々と押し付けていた。両親が少しでも反抗しようとすれば、彼女はすぐに颯に告げ口をし、まるで両親が自分をいじめたかのように言い立てた。「穂果、ごめんね。あなたのものを奪うために、小林は颯にさまざまな手を使ったよ。もともとあなたのものだった家も、二人で密かに名義を変えていたの。私たちが守れたのは、これだけだったの」母は慎重に胸元から取り出したのは、私が首にかけていた玉のペンダントだった。それは、両親が私の健康を願って、神様にお参りして手に入れたものだった。私は昏睡から目覚めた後、身につけていた高価なジュエリーはすべて颯に椿へ渡されていた。このペンダントも失われたと思っていた。部屋に戻って荷物を整理しながら、両親が私のためにこれほどの屈辱を耐えてきたことを思い出し、涙が止まらなかった。そのとき、颯がドアを押し開け、私の表情を見ると、呆然と立ち尽くした。彼はため息をつき、震える声で言った。「穂果、許してくれないか？お前が手術で大出血したとき、もう目を覚まさないかもしれないって医者に言われたんだ。だから、お前が帰ってきたとき、俺はとても嬉しかった。でもさ、金井家の資産は何億もあって、後継者が必要だ。俺が思いついたのはこの方法だけだったんだ。安心して、子どもが生まれたら椿を追い出す。少しだけ我慢してくれ、俺のためだと思って」そのとき、外から頻繁にドアを叩く音が聞こえた。「颯、腰が痛いの。ちょっと揉んでくれない？」椿の哀願を聞き、私を支えていた颯はすぐに手を離した。支えを失った私は、力の抜けた足で立っていられず、そのまま激しく地面に倒れ込んだ。だが、颯は私に一瞥もくれず、スマホを取り出して、家庭医に電話した。そして、椿を慎重に抱きかかえて、部屋を出ていった。「大木（おおき）先生、どうやってでも構わない。椿の体調をしっかり管理してくれ。少しでも体調を崩させるな」振り返ることなく去っていく彼の背中を見つめながら、私は泣き笑いを浮かべた。私が子宮がんだと知る前、妊娠二か月のとき、私は流産の危険で泣きながら颯に大木医師を呼ぶよう頼んだ。しかし彼は、「ちょっと血が出ただけ、大丈夫。ベ

颯は手にしていた御守りを握りしめたまま、呆然と立ち尽くした。「ありえない。まさか本当に、あのスープのせいか？」彼の手は制御が利かず震えた。御守りは指の間から滑り落ち、床に落ちた。「そんなはずない！後で俺も少し飲んでみたんだ。ただの薬膳スープに過ぎない！どうしてこんなことに！」執事は震える手でポケットから一枚の紙を取り出し、颯の前に差し出した。「こ、これが……病院からの死亡通知状です。旦那様、奥様は……本当にお亡くなりになりました」颯は大事な情報を見落とさないように、上に書かれた一文字一文字をじっと見つめた。彼は震える指でポケットからスマホを取り出し、私に電話をかけようとした。しかし椿が嫉妬して流産するのを恐れて、以前彼は私の番号をブラックリストに入れていた。つまり、彼だけが一方的に私へ連絡できる状態にしていたのだ。彼は私をブラックリストから解除すると、二日前私が彼に十数回電話をかけていたが、すべて無視されていたことに気づいた。そして、私に電話をかけても、一度もつながらなかった。私のスマホが電源を切っていることに気づくと、彼はすぐに私の両親に電話をかけた。「お義父さん、お義母さん！穂果を連れてどこへ行くつもり？帰る場所はうちだろう！」父は深いため息をつき、静かに言った。「颯、私たちは穂果を連れてここを離れる。誰にも見つからない場所へ行くつもりだ。もう連絡しないでくれ。前に穂果が大出血して、病院で手術を受けていた時、お前が小林と一緒にいたこと、私たちは知らないとでも思ってる？これからは、私たちも何の関係もない」颯は嗚咽をこらえながら、悔しそうに問いかけた。「お義父さん、お義母さん、お願いだ。行き先だけでも教えてくれ。せめて、穂果の骨壺だけでも、会わせてくれ。俺は彼女の夫なんだ。いちばん親しい存在なんだよ」「ふん、夫だと？よそ者なら、穂果がお前の仇だと思うだろうな！」颯の言い訳を待たず、父は怒りの言葉を一言投げつけて電話を切った。無機質な「プー、プー」という音だけが残る。颯は病院の廊下で途方に暮れていた。傍にいた介護士たちは、すべて聞こえていた。彼らは小声で囁き合う。「信じられない……奥様が失血で手術してたのに、旦那様は椿とベッドを共にしてたなんて、ひどすぎる」

以前私の手術を担当してくれた医師は、かつての同級生だった。私の計画を聞くと、彼は快く助けてくれた。二十年来の付き合いの中で、私は颯を誰よりも理解していた。彼は、外の女に子どもを産ませることはあっても、私と離婚することは絶対にない。たとえ私が財産放棄で離婚したいと言っても、彼は決して手放さないだろう。年老いた両親を見て、私は、もう時間を浪費している余裕はないと気づいた。ある晩、偶然、使用人が椿に策略を話しているのを聞いてしまった。そこで、私はその計略を逆手に取ることにした。しかし、あのスープの威力は予想以上で、私は再び大出血しかけた。体の痛みに耐えながら、私は手術台から降りた。今まで耐えてきた苦しみを思えば、これくらいは大したことではない。傷口の出血を止めてもらったあと、同級生は私を病院の裏口から連れ出し、さらに偽証までしてくれた。同級生に心からお礼を言った後、私は両親と別れ、別々のルートで空港へ向かった。颯が気づく頃には、私たちはすでに海外に着いていた。青空が広がる空を見上げ、私の胸に一抹の虚しさが広がる。昔、私は颯に「金井家が栄えた後、私たちはヨーロッパの小さな町で長く暮らそう」と話していた。しかし、颯はいつも忙しく、その計画は先送りになっていた。だが、今回ばかりは、もう彼を待つつもりはない。ここは環境が良く、私の静養にも、両親の健康管理にも最適だ。もともと名家の掟に馴染めなかった両親も、ようやく安堵の息をついた。「金井家の生活は裕福だけど、やはり慣れない。ここなら、ちょうど老後を過ごすのにいい場所ね」最初は私の面倒を見るために、両親は金井家に引っ越してきた。颯もまた、両親が金井家で老後を過ごすことを喜んでいた。だが、両親は結局あの暮らしに慣れず、何をしても目立つ生活に窮屈さを感じていた。今では、彼らはヨーロッパの小さな町で毎日遊び回っており、まるで何歳も若返ったかのように見える。私の体も徐々に回復し、病院の定期検査に向かう途中で、ひとりの可愛い女の子と出会った。金髪碧眼のその子は、全身が汚れ、道端で通行人の施しを待っていた。両親によると、隣の児童養護施設の子だという。容姿は良いが、年齢のせいで里親を希望する人は少なく、親しくなりにくいと思われていた。ある夜

本当なら颯は私たちを諦めてくれると思っていた。しかし彼はしつこく、どうしても立ち去ろうとしなかった。両親はすぐにドアを閉め、彼を無視した。玄関のドアは颯に激しく叩かれ、「ドンドン」と音を立てた。周囲の視線など気にも留めず、彼は大声で叫んだ。「二十年も育ててもらったのに、どうして今になってよそ者扱いするんだ？これじゃあ、どうやって孝行すればいいんだ！穂果、俺は本当にお前を愛してる。あの時は俺が悪かった。もう一度だけチャンスをくれないか」父は杖をついて歩いて出てきた。その日、颯に平手打ちにされて転び、それが元で古傷が残ってしまった。あれから時間が経ったものの、調整を受けても、歩くのはまだ少し不自由だ。彼は杖を地面に叩きつけ、怒りを込めて問いただした。「孝行だと？颯、穂果が入院していた時、お前の愛人に何を強いられたか、まさか忘れたとは言わせんぞ！今さら孝行だなんて、よくそんなことが言えるな。もし二十年前に戻れるなら、俺は絶対にお前を助けない。二度と同じ過ちは繰り返さない」その言葉は鋭い刃のように颯の心を突き刺した。彼の顔色は一気に青ざめ、立ち尽くしたまま、何をすべきかすら分からなくなった。「お義父さん、お義母さん、本当にごめん。俺は心から反省している。どうか改めるチャンスをください。これが最後で、唯一のお願いだ」私はドアを開け、相手に早く立ち去るように言い放った。「颯、父さんと母さんの言葉はもう聞こえたでしょう。諦めなさい。それから、もう馴れ馴れしく呼ばないで。あなたにはその資格がない。私たちは何度も言ったはず。これから、私たちは何の関係もないよ」その時、陽向が私の背後から飛び出し、必死に颯を押し出した。「あなたがママをいじめた最低な男でしょ！知ってるんだから！たとえママがあなたを許しても、私は絶対に一緒に帰らない！早く出ていって！あなたなんかパパじゃない！」絶望した颯は力なく頷き、二歩後ずさりした。私たちが驚きの目で見守る中、彼は突然両膝をつき、激しく地面に何度も頭を打ち付けた。頭を上げたとき、彼の額から血が流れ、顔を赤く染めていた。「お義父さん、お義母さん、これまでのご厚情に心から感謝申し上げます。そして、十分に恩返しできなかったこと、深くお詫び申し上げます。