朝の色は薄くて、風だけがはっきりしていた。灰原の縁で、外套の裾がかすれ合う。砂が靴の縫い目に入り、歩くたび少し鳴る。胸ポケットの紙片が、乾いた息みたいに一度だけ脈を打った。南西。わずかな光が指先に移る。「昨日、誰に……挨拶、したっけ」ノエルが言って、鈴には触れない。指だけで丸を作って、ほどく。セリアが目で合図する。うなずく代わりに、息をひとつ。「覚えてるのに、呼べないね」「呼ぶの、もう少し……待って」リオンは紙片を押さえ、視線で歩き出しの合図を送る。誰も名前を口にしない。けれど歩幅は揃う。◇灰の道は静かで、遠くの空だけが低く鳴っていた。前を行くヴァルドが、時々ふと止まっては鼻を鳴らす。風の匂いを確かめて、また歩く。丘を越えた先で、旅商の一団とすれ違った。荷車の脇に、貼り札が重なっている。硬い紙。印が濃い。「布告が二通? 同じ印でさ。どっちが本物か……俺らにはわかんねぇ」ひげの男が苦笑いして、肩をすくめる。リリィが一歩寄り、掲げられた二枚を見比べた。目の高さをそろえて、指の腹で枠の角に触れる。「揃いすぎ。……縁が滲まない。指の脂も、ついてない」ノエルが目を細める。「真似が……上手い。上手すぎる」男は「こわい世の中だ」とだけ言って、手綱を鳴らしていった。砂ぼこりが残って、すぐに沈む。セリアが掲示の前に立つ。片方は「告知」、もう片方は「解除」。どちらにも、まったく同じ印。「同じ手で、告知も解除も。……普通じゃない」リオンは短く息を吐いた。「文で、人の足を動かしてる。――誰かが」誰のことも呼ばず、誰の名も書かれていないのに、貼り札だけが命令口調だった。◇昼過ぎ。砂丘の稜線に、黒い点がいくつも並んだ。稜線の上で、三つおきに細い旗が立つ。王都の測り方だ。ヴァルドが低く言う。「見てる。けど、来ない」セリアは横顔のまま、ひとつ首を傾けた。「来ないのも、介入の一つ」ノエルが肩を竦める。「書かれてるんだよ、俺たち。紙の上に」リオンは紙片を握り直した。布越しに、ほんのわずかな熱。「書かれる前に……こっちが、先に動く」砂に残った影は風で崩れ、形だけが目の裏に残った。◇太陽が傾き、影が長くなったところで野営にした。風の向きに背を合わせ、荷を円に置く。水袋が三つ。ひとつは軽い。リリィが袋を持ち上げ、口を結び直して
Terakhir Diperbarui : 2025-10-26 Baca selengkapnya