──手を伸ばす。視線の先では母親と兄が手をつないでいて、自分もそこへ加わりたかった。駆けて、走って。どんなに近づこうとしても永遠に届かないそんな気がした。 諦めてうなだれて、地べたに座り込んで横になって。大声で泣く。 慌てて駆けてきた兄は心配そうに手を伸ばしてくれたが、その手をつかむ前に母親がまた兄の手をつないだ。 顔を上げれば母親はどこか何か遠くを見ていた。視線は自分をすり抜けて、ありもしない何かを見ている。 伸ばした手に気がつくことなく、母親は兄を連れて先を行く。もう片方の手は煤《すす》を被ったような真っ黒な手が引っ張っていた。手だけではない気がつけばいつの間にか無数の黒い手が母親の身体を取り囲んでいた。 全身が震える。口が大きく開く、息を吸い、口から──。* 幼い自分の悲鳴が遠くに聞こえた気がして、美月は目を開いた。(……夢……?) スマホのアラームが鳴っていた。少しでも目覚めを良くしようと思って選んだ小鳥の囀りだ。慣れた手付きでアラームを止めると、まだ眠い目を擦った。 指に何かが付着した。(涙……?) 泣いていたことに気がつくと同時に半分まだ夢の中にいた頭がゆっくりと動き始める。 美月の兄、弓弦《ゆずる》は何日か前から母親と一緒に田舎へと帰っていた。理由はわからない。美月の母親は気まぐれで、突然思い立っては有無を言わさず兄と二人でどこかへ行くことが多かった。今回は兄が18歳の誕生日を迎えたその日に、急に田舎に帰ると言い出して身支度を始め、本当に次の日の早朝にはいなくなっていた。 美月は何度か寝返りを打つと、ベッドに潜り込んだままスマホをいじり始めた。寝ている間の通知を確認したあとメッセージアプリを開くと、笑顔の兄のアイコンをタップした。(まだ返事は来てない。既読もついてないし……私が送ったのが3日前だから、兄さんが田舎に帰ったのも3日前か) 額に伸ばした腕を当てる。目を瞑って今見ていた夢の内容を思い出そうとするも、霞《かすみ》のようにほとんど思い出せなかった。 母親から連絡がないのはいつものことだが、兄から3日も連絡がないのはおそらく初めてのことだった。(それに、昨日乃愛に見せられた……なんだっけ? ……「白無垢の恋唄」……あれのせいだ) よくないもの、と直感的に感じてしまったからか妙に頭に引っかかり、昨夜寝る直前も
Last Updated : 2025-12-01 Read more