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All Chapters of 白無垢の呪恋唄: Chapter 11 - Chapter 20

56 Chapters

第11話 既読にならないメッセージ

 ──手を伸ばす。視線の先では母親と兄が手をつないでいて、自分もそこへ加わりたかった。駆けて、走って。どんなに近づこうとしても永遠に届かないそんな気がした。 諦めてうなだれて、地べたに座り込んで横になって。大声で泣く。 慌てて駆けてきた兄は心配そうに手を伸ばしてくれたが、その手をつかむ前に母親がまた兄の手をつないだ。 顔を上げれば母親はどこか何か遠くを見ていた。視線は自分をすり抜けて、ありもしない何かを見ている。 伸ばした手に気がつくことなく、母親は兄を連れて先を行く。もう片方の手は煤《すす》を被ったような真っ黒な手が引っ張っていた。手だけではない気がつけばいつの間にか無数の黒い手が母親の身体を取り囲んでいた。 全身が震える。口が大きく開く、息を吸い、口から──。* 幼い自分の悲鳴が遠くに聞こえた気がして、美月は目を開いた。(……夢……?) スマホのアラームが鳴っていた。少しでも目覚めを良くしようと思って選んだ小鳥の囀りだ。慣れた手付きでアラームを止めると、まだ眠い目を擦った。 指に何かが付着した。(涙……?) 泣いていたことに気がつくと同時に半分まだ夢の中にいた頭がゆっくりと動き始める。 美月の兄、弓弦《ゆずる》は何日か前から母親と一緒に田舎へと帰っていた。理由はわからない。美月の母親は気まぐれで、突然思い立っては有無を言わさず兄と二人でどこかへ行くことが多かった。今回は兄が18歳の誕生日を迎えたその日に、急に田舎に帰ると言い出して身支度を始め、本当に次の日の早朝にはいなくなっていた。 美月は何度か寝返りを打つと、ベッドに潜り込んだままスマホをいじり始めた。寝ている間の通知を確認したあとメッセージアプリを開くと、笑顔の兄のアイコンをタップした。(まだ返事は来てない。既読もついてないし……私が送ったのが3日前だから、兄さんが田舎に帰ったのも3日前か) 額に伸ばした腕を当てる。目を瞑って今見ていた夢の内容を思い出そうとするも、霞《かすみ》のようにほとんど思い出せなかった。 母親から連絡がないのはいつものことだが、兄から3日も連絡がないのはおそらく初めてのことだった。(それに、昨日乃愛に見せられた……なんだっけ? ……「白無垢の恋唄」……あれのせいだ) よくないもの、と直感的に感じてしまったからか妙に頭に引っかかり、昨夜寝る直前も
last updateLast Updated : 2025-12-01
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第12話 2人分の食事

 長袖の白シャツにボーダー柄の長めのパンツというシンプルなルームウェアを着たまま歯磨きを済ませると、美月は綺麗に整えたキッチンの前に立った。  フライパンに米油を垂らし、火を点ける。十分に温まる間に冷蔵庫からウインナーを取り出すと、包丁で綺麗に切れ目を入れていわゆるタコさんウインナーを作った。  タコさんウインナーは兄、弓弦の子どものときからの好物だ。もう高校3年生にもなると言うのに、食事にウインナーを出すときはこのウインナーを所望し、前に忙しくて時間がないときにただ表面に斜めに切り目を入れただけのウインナーを出せば、「タコの奴じゃねえーのかよ」などと文句を言ってきた。  美月は、「どこのモラハラ夫だよ」と返したが、内心自分とは違い母親に甘やかされて育っているから仕方がない部分もあるかと不思議と納得している自分もいた。  フライパンにウインナーを投入する。続いて、空いたスペースに卵を2つ割り入れて目玉焼きをつくる。炒めている間に、玉子焼き専用の四角いミニフライパンを出して同じように火を点けると、そこに入れるべき卵液を混ぜ始めた。 (しょうがない。兄さんは昔からそうだし、お母さんも昔からそうだ)  兄とは対照的に美月は自分でも自覚するほど実に厳しく育てられた。物心ついたときにはすでに自分で身の回りのことは済ませていた記憶がある。小学生に上がる頃には、踏み台を使って料理をしていたし、中学生になるともう家事は全て美月の仕事だった。  美月は長らくそれが当たり前だと思っていたのだが、乃愛と話をしたり、クラスメートの会話に耳を傾けていると、どうも他の家では母親か父親か、どちらにせよ親が家事をすることが当たり前らしい、ということがわかった。  玉子焼きは兄がしょっぱいのが好みだった。甘いのが好きな美月は以前は2回玉子焼きを作っていたのだが、面倒くさくなって今は兄に合わせて卵液に醤油を一回ししている。適度に混ぜ終わったところで、火力を調整したフ
last updateLast Updated : 2025-12-24
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第13話 行方不明の二人

 街中に咲き誇る桜の木を眺めながら美月が弓道場へ着くと、部員が中央で集まり何かを話していた。それも男子と女子両方の部員だ。(……緊急ミーティング?) 制服のスカートのポケットに入れたスマホを見るも、部からの連絡は入っていなかった。弓道着姿の部員は誰もおらず、みんな制服でいることから今しがた何かが起こったのか、と美月も急いで中央の輪に入った。 すぐに気がついたのは、みんなこれまで見たことがないような深刻な面持ちをしていることだった。大会の前や段級審査のときももちろん不安や緊張でピリッと張り詰めた真剣な雰囲気になることもあるが、ここまで悲壮感が漂うような空気になったことはない。 話をしているのは副部長と男子弓道部の部長と二俣だった。周りの部員がざわざわと話している中、二俣の焦った声に耳を傾ける。「──つまり、加護さんと森久保さんの2人と連絡が取れないということでいいのかな?」(加護? 加護先輩のこと? じゃあ、もう1人は森久保……先輩?) 美月は月に一度の合同練習の記憶を思い返していた。森久保がわざわざ自分の横に立ち、弓の持ち方や動作を教えてくれた姿が目に浮かぶ。別け隔てなくよく目を掛けてくれる先輩だと、美月は思っていた。 黒髪ベリーショートの副部長は強くうなずくと身振り手振りでさらに詳しい状況を説明する。「そうです! 今日、ここへ来たら彩乃と仲良くしている2年生2人から、昨日の夜から連絡がつかないって言われて、私も連絡してみたんですが全然つかまらなくて」 2年生の2人とは、昨日更衣室で加護先輩と話していた2人だろうと、美月は30人ほどの部員から2人の姿を探した。(いた。でも、顔色がおかしいような……) ポニーテールで髪の毛をまとめた1人は困ったような顔をして、訴える副部長の顔を見つめていた。しかし、なぜか下を向いているもう1人は長い前髪で表情は読み取れないものの蒼白い顔をしていた。 何か知ってる──そう考えたときに外野から声がして思考が途切れてしまった。「おっ! 美月ちゃん来たじゃん!」「何? 弓道部、練習やらないの!? 俺ら美月ちゃんの練習見にきたんだけど!」(あいつら、こんなときまで!!) さすがに許せないと文句の一つでも言ってやろうと近づこうとしたそのとき、二俣の口からこれまで聞いたことのない怒声が飛んだ。「いい加減にしろ!
last updateLast Updated : 2025-12-26
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第14話 無関心な母

 家のドアを乱暴に閉めると、美月は制服のままに2階の自室へと上がりベッドにダイブした。無地の白い枕を両手でつかむと、抱き締めて二度、三度と寝返りを打つ。 どうしてあんなことを言ってしまったのか、美月にもわからなかった。いつものとおり無関心でいればよかった。何を言われても気にせず、涼しい顔で生活を送ってきたのだ。正義ずらして事実をただし、真実を明らかにするようなことをする必要はなかった。(だいたい私は本当に何も知らないんだから、知らない顔して真っ直ぐ帰ればよかったんだ) 今になって不安が襲ってくる。あのときは先輩が何かを隠していると思ったのだが家に帰り冷静に考えると、そうじゃない可能性がいくつも思いつく。先輩はただ、いなくなったことが怖くなってショックを受けていただけなのかもしれない。そうだとすると。(──また、部での印象が悪くなっちゃうな) 美月は枕を胸の上で抱いたまま、天井を見上げた。真っ白な天井には長年住んでいた証のようにところどころ染みが目立っていた。 ぼうっと、染みの数を数えていると突然今朝方の夢を思い出す。母親の手を黒い手がつかみ、続いて1つ2つと全身を覆うように黒い手が増えていく。まるで母親をどこかへ連れて行こうとするかのように。 体がゾワッと震えて、背中に冷たいものが走る。目を閉じると夢は霧散するように消えた。 思えば、無関心なのは母親に対しても同じだった。 美月は、父親の存在を知らない。遡れる記憶の最初から、家には兄と母親と自分しかおらず、生まれたときには父親がいたのか、兄が生まれたときにはどうだったのか、離婚なのか死別なのか、そもそも籍を入れたのか入れていないのか、何も知らなかった。 母親に聞こうと思ったこともない。というよりも何かを尋ねていい雰囲気は皆無だった。料理の話もそうだったが、そもそも母親と他愛もない何かを話す、という行為が自分には許されていない、認められていないことをなんとなく感じ取っていたからだった。 美月には母親と久しく会話した記憶はない。3人で食卓を囲むこともほとんどない。あるとすれば兄の誕生日くらいで、それも黙って美月が用意した誕生日らしいピザや手巻き寿司、フライドチキンなどのご飯とホールケーキとを食べるだけで、仮に口を開いたとしてもこの間みたいな突拍子もないことを言い出すか、兄の話ばかりだった。普段は兄と
last updateLast Updated : 2026-01-26
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第15話 祠(古塚弓弦side)

「ここは、いったい……?」  辺りは一面、黒に塗り潰されていた。まだ真昼間だというのに、夜のように暗く手探りをしなければ壁がどこにあるかわからないほどだった。天井は低く、立ち上がればすぐに頭がついてしまう。  一人でも圧迫感を感じる狭い部屋だった。ここに二人も人が入れば空気が薄くなってしまうのではないかと思ってしまうほど。窓もなく、唯一の出入り口と言えば今連れてこられた古びた木製の戸だ。その戸ですら両手を地べたについて這うような体勢でなければ出入りはできない。  戸は、中に入った途端に大きな閂《かんぬき》で施錠されてしまったために誰かが来なければ開けてもらうことはできないが。  少し体を揺するだけで埃や木屑《きくず》がパラパラと落ちてくる。虫が一匹もいなそうなのが幸いだったが、特にひどいのは臭いだった。どこからというものではなく、部屋全体からなんとなく漂ってくる腐臭。鼻が慣れてくれば気にならないのかもしれないが、ねっとりと粘りつくようなその臭いが嫌だった。 「これが祠?」  幼い時分から妹と二人で想像していた祠のイメージとはだいぶかけ離れていた。祠と聞けば、古いなりにもそれなりに綺麗に保たれており、神社でよく見る白紙や赤い鳥居に守られるようにして何か依代のようなものが鎮座しているのを想像していたが、実際に入ってみれば何もないただの狭い空間があるだけだった。  他との境界線がないわけではない。地上にあるだだっ広い旧家からは階段を降りて来なければならず、閂付きの戸、窓も何もない空間は意図的に他と隔絶されているように造られている。それでも、これではただの部屋に過ぎなかった。  半ば期待していた分、落胆も大きかった。その上これから一週間もここで生活しなければいけないという事実が心を暗くする。 (成人の儀って言ってたよな?) 「ま
last updateLast Updated : 2026-01-28
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第16話 成人の儀

 弓弦は短い前髪をかきあげる。 (これは……母さんが美月を連れてこなかった理由もわかるな)  弓弦が誕生日を迎えたのは、春休みが始まる少し前だった。母親が急に旧家に帰ろうと言い出しのは、リビングでささやかな誕生日祝いを終えたすぐあとだった。最初は渋っていた弓弦だったが、母親のいつもの「遠い目」に首肯《しゅこう》せざるをえなかった。  母親は、「部活のある美月は大変だろうからと二人で」、とさも美月のことを考えて提案しているように装っていたが、本音は「美月は連れていきたくない」と思っているであろうことは明白だった。弓弦は、隣りに座っていた美月の顔を窺ったが、美月が小さく頷いたので二つ返事で承諾することにした。  弓弦と美月の兄妹にとって、一人しかいない肉親である母親は、幼い頃より何よりも優先すべき人間だった。  今回の帰省が実は理由不明の「成人の儀」てあることを知ったのは、電車を乗り継ぎながら移動している最中のことだった。内容や目的を聞いても「着いたらわかる」と返されるだけで、一つだけわかったことは「古塚家の男子は18歳になったら、この成人の儀を受けなければならない」ということだけ。母親はそれ以上口を開くことなく、ぼんやりとあの「遠い目」で流れる車窓の景色を眺めていた。 (この令和の世に。なんだよ、成人の儀って、しかも男子だけって。美月は受けなくていいのかよ)  心の中で愚痴をつぶやくが、早々に意味がないことを察して弓弦は横になった。横になったらなったで儀式だからと着せられた黒い袴が快適さを邪魔をして、また板張りの上に胡座《あぐら》をかいて座った。 (理不尽なことが多すぎる! じいちゃんもばあちゃんも当たり前のような顔して準備を始めるし。じいちゃんも昔儀式やったことあんだから、どんな感じか事前に教えてくれてもいい……の、に……) 「ん?」  どこかから
last updateLast Updated : 2026-01-30
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第17話 着信音(古塚美月side)

 赤い鮮血が垂れる。首を伝い、至極緩慢に重力に従い落ちていく。目が離せなかった、離すことができなかった。虚ろなどこか遠くを見ている目が、初めて認識したようにこちらを見て瞳孔が開く──。* 着信音が鳴っている。「うっ」、と声を出しながら怠そうに目を開くと体を起こした。(寝ちゃってた……制服のままなのに……) 美月は乱れた髪の毛を軽く整えながら、スマホのありかを探す。唸るように鳴り続けるスマホは、いつの間にかベッドの下へと落ちていた。(いくらなんでも、なんでこんなところに……) 振動が自分以外誰もいない家の中に響く。美月はカーペットの上に伏せると右腕だけを伸ばしてスマホを取ろうとした。(ずっと鳴ってる……もしかして)「……兄さん?」 寝ぼけたままだった細い目が開くと、美月は急いでスマホをつかんで起き上がった。「違う……誰?」 知らない番号だった。以前、誰かから聞いたのか顔も知らない男子生徒から電話が掛かってきたことがあり、それ以来美月は見覚えのない着信番号には出ないことにしていた。「でも……もしかすると……」(兄さんに何かあって、その電話なのかもしれない) 幾度か逡巡したあと、美月は意を決して電話に出た。「……はい」「古塚さん? ちょっと急で連絡事項があって」「えっと……」「ああ、ごめん、ごめん。弓道部の二俣です」「あっ、すみません……」 電話先の相手が二俣だと知って、張り詰めた心が緩む。胸の前で握り締められていた拳が解《ほど》かれ、無意識のうちに美月は姿勢を正すと前髪を直した。「いや、いいんだ。それよりさっきの話なんだけど」(さっきの、と言うといなくなった加護先輩の件) 寝る前に抱いていた悶々とした気持ちを思い出す。進展はあったのか、それともやはり美月の勘違いだったのか。「古塚さん、『白無垢の恋唄』って知ってるかい?」「……えっ」 二俣からその言葉が出された瞬間、背筋が凍りつき、すぐに返答することができなかった。背中が急に重くなったような気がしてベッドへと腰掛ける。「なんかSNSで流行っているらしいんだけど、僕はこの年だしSNSやってないからよくわからないんだけど、みんなを帰らせたあと、加護さんにそのことを教えたとかで急に残ってもらった2年生の1人が泣き始めてしまって」 やはり、何かを知ってたんだ──とは思った
last updateLast Updated : 2026-02-02
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第18話 白無垢の女

 二俣の言葉を遮ると、美月は事態を説明してもらうことを急いだ。冷や汗は止まらず、それどころか軽い耳鳴りもしてくる。美月は空いた片方の耳を手で包むように押さえる。乃愛のスマホで見つけた奇妙な映像が頭を過《よぎ》った。「そうか、それなら話が早いね。その、まあ、本当かどうかは定かじゃないんだけど、この呪《まじな》いを知った加護さんは試したかもしれないんだ。あの、森久保さんに」(試した? ということは、加護先輩は森久保先輩のことを? でも……)「ですが、それが2人がいなくなったこととどういう関係があるんですか?」 質問しながら動画の白い光を思い出す。心臓が脈打つのがわかった。キーン、と耳鳴りが大きくなり、頭が痛くなる。逸《はや》る気持ちが、美月の心に警鐘を鳴らしていた。「それが……いいかい? 僕はそうは思わないけど、呪いをした者には不可解なことが起こるらしい。結ばれた2人の前に、何か妙な者が現れるらしいんだ。なんでも、白い服を着た、女だとか」 美月は、息を呑んだ。スマホの小さな画面で見た動画が鮮やかに蘇る。一瞬映ったと思ったのは白い光ではない。美月は乃愛からスマホを預かったあのとき、確かにその双眸《そうぼう》で見ていたのだ。 白い服を着た髪の長い女が、暗闇の中を佇んでいるのを。「白無垢の女!」 思わず声を発していた。白無垢姿だったのかは定かではない。けれど、そうだという自身でも理解の超えた確信があった。「白無垢の女?」 反芻するように二俣は美月の言葉を繰り返した。「この呪《まじな》い、『白無垢の恋唄』って言うんですよね。短歌の詠み手はきっと女性だと思ったんです。それに、私昨日、SNSで『白無垢の恋唄』を検索して妙な動画を見つけて。そこに映っていたのは、暗闇の中に一人だけ佇む白い服を着た髪の長い女性だったんです」 一息で言い切ると、やや間があった。電話先だとしても、躊躇いがちに何度も口を開けては閉じる二俣の様子が目に浮かぶ。「……古塚さん……その、言いにくいんですが、その化物を見たっていう話がSNSで上がっているらしいんです。いくつか投稿を見せてもらいました。僕はたちの悪い悪戯だと思うんですけど、ようは加護さんと森久保さんはその化物に遭遇して行方不明になったんじゃないかと言っていて……」「それって、つまり……」「はい、たぶん。もし、万が一、S
last updateLast Updated : 2026-02-04
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第19話 幼い記憶

 美月はメッセージアプリを起動する。兄からの連絡はまだない。既読すらされておらず、行方がわからない。一瞬迷ったが、画面に表示されている電話ボタンをタップし、スマホを耳に押し当てた。  機械的な呼び出し音が何度もリピートする。 (出てよ! こんなときくらい安心させてよ!)  やがて呼び出し音は切れて、通話は強制終了した。美月は、スマホをベッドの上に投げ捨てた。 「バカみたい」  か細い声で一人呟くと、美月は部屋を出て階下のリビングへと降りていく。リビングを横切りキッチンの横を通り、洗面所へと向かった。  とにかく。何よりも冷たい体を温めたかった。体を温めれば全部気のせいだったと思えるような気がした。  お風呂を沸かし始めると、制服や下着を乱雑に脱ぎ捨てて浴室のドアを開ける。お湯が溜まり切る前にシャワーを浴びて目を閉ざした。  いつもは気にしたことがない浴室内に無機質に反響する水の音が、今はとても心地よい。 (兄さん……昔はよくお風呂にも一緒に入ってたっけ……)  幼い頃の記憶が蘇る。一人でいることが怖かった美月は、風呂も一人で入ることはできず、いつも兄に手を引いてもらって風呂場まで連れてきてもらっていた。 (人一倍、怖がりだったっけ)  シャワーを止めると、手首に巻いていたゴムで長い髪の毛をくくる。 (体洗うときはずっと喋ってて、頭は一人じゃ洗えなかったんだ)  湯船に浸かる。冷たくなっていた身体が足先から徐々に温かくなっていくのを感じる。 (兄さんは、文句言いながらも毎日ちゃんと頭を洗ってくれた)  
last updateLast Updated : 2026-02-06
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第20話 SNS

 浴室から出た美月はすぐに髪の毛を乾かすと、弓道の試合のときにするように頭の後ろに髪の毛を集めて団子状にまとめる。そうして、デニムに白いロングTシャツの私服に着替えると、間違えて兄の分も作ってしまった弁当箱をリビングのテーブルの上に置く。  弁当箱の横にはスマホを置き、昼食を食べながら「白無垢の恋唄」についてSNSを調べていた。 (二俣先生の言うように、投稿数がすごい増えている気がする)  ざっと画面を下にスクロールしていくが、件《くだん》の句やその結果の投稿が切れる気配がないほど続いている。試しに何人か投稿者のアイコンをタップしてみると、住んでいる県はバラバラで噂はすでに自分たちの周りだけでなく広範囲に拡がっていることがわかった。 (でも、どうして? こんな、子どもみたいな噂なのに……)  何かをきっかけにしてSNSはすぐに拡がる。ただの噂程度ならすぐに消えてしまう情報だが、何十回、何百回、何千回と投稿が増えていくにつれてその情報が「事実」かどうかは関係なくなっていく。本気で信じている者、冗談で楽しんでいる者、悪意を持って拡げている者、流行りに乗る者──様々な思惑が混ざり合って個々の状況と関係なく爆発的に拡がっていく。まるで強力な伝染病のように。 (それに……あった、これだ)  一つの投稿が目に留まり、美月は動かしていた手を止めた。箸を掴むと玉子焼きに手を伸ばした。 〈白無垢の化物だってなんか知らないけど、この唄危険じゃない?〉  食事を進めながら、次々と投稿を確認していく。 〈化物とかいるわけなくね?w〉 〈動画あるんだって怖くて見てないけどでも〉 〈私、冗談でやっちゃったんだけど…〉
last updateLast Updated : 2026-02-09
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