INICIAR SESIÓN高校2年が間近に迫った春休み──古塚美月は、幼馴染の如月乃愛からSNSでつぶやけば必ず想い人と結ばれるという「白無垢の恋唄」の噂を耳にする。 全く興味のない美月だったが、不可思議な動画を見つける。それは、真っ暗闇のなかに佇む白無垢の女性の姿だった。 「白無垢の恋唄」を巡り広がる怪異に巻き込まれていく美月。やがてそれは、家族の秘密や自分の呪われた血筋が浮き彫りにしていく。 これは、「白無垢の恋唄」を巡る閉じない呪いの物語──。
Ver más赤い鮮血が垂れる。首を伝い、至極緩慢に重力に従い落ちていく。目が離せなかった、離すことができなかった。虚ろなどこか遠くを見ている目が、初めて認識したようにこちらを見て瞳孔が開く──。* 着信音が鳴っている。「うっ」、と声を出しながら怠そうに目を開くと体を起こした。(寝ちゃってた……制服のままなのに……) 美月は乱れた髪の毛を軽く整えながら、スマホのありかを探す。唸るように鳴り続けるスマホは、いつの間にかベッドの下へと落ちていた。(いくらなんでも、なんでこんなところに……) 振動が自分以外誰もいない家の中に響く。美月はカーペットの上に伏せると右腕だけを伸ばしてスマホを取ろうとした。(ずっと鳴ってる……もしかして)「……兄さん?」 寝ぼけたままだった細い目が開くと、美月は急いでスマホをつかんで起き上がった。「違う……誰?」 知らない番号だった。以前、誰かから聞いたのか顔も知らない男子生徒から電話が掛かってきたことがあり、それ以来美月は見覚えのない着信番号には出ないことにしていた。「でも……もしかすると……」(兄さんに何かあって、その電話なのかもしれない) 幾度か逡巡したあと、美月は意を決して電話に出た。「……はい」「古塚さん? ちょっと急で連絡事項があって」「えっと……」「ああ、ごめん、ごめん。弓道部の二俣です」「あっ、すみません……」 電話先の相手が二俣だと知って、張り詰めた心が緩む。胸の前で握り締められていた拳が解《ほど》かれ、無意識のうちに美月は姿勢を正すと前髪を直した。「いや、いいんだ。それよりさっきの話なんだけど」(さっきの、と言うといなくなった加護先輩の件) 寝る前に抱いていた悶々とした気持ちを思い出す。進展はあったのか、それともやはり美月の勘違いだったのか。「古塚さん、『白無垢の恋唄』って知ってるかい?」「……えっ」 二俣からその言葉が出された瞬間、背筋が凍りつき、すぐに返答することができなかった。背中が急に重くなったような気がしてベッドへと腰掛ける。「なんかSNSで流行っているらしいんだけど、僕はこの年だしSNSやってないからよくわからないんだけど、みんなを帰らせたあと、加護さんにそのことを教えたとかで急に残ってもらった2年生の1人が泣き始めてしまって」 やはり、何かを知ってたんだ──とは思った
弓弦は短い前髪をかきあげる。(これは……母さんが美月を連れてこなかった理由もわかるな) 弓弦が誕生日を迎えたのは、春休みが始まる少し前だった。母親が急に旧家に帰ろうと言い出しのは、リビングでささやかな誕生日祝いを終えたすぐあとだった。最初は渋っていた弓弦だったが、母親のいつもの「遠い目」に首肯《しゅこう》せざるをえなかった。 母親は、「部活のある美月は大変だろうからと二人で」、とさも美月のことを考えて提案しているように装っていたが、本音は「美月は連れていきたくない」と思っているであろうことは明白だった。弓弦は、隣りに座っていた美月の顔を窺ったが、美月が小さく頷いたので二つ返事で承諾することにした。 弓弦と美月の兄妹にとって、一人しかいない肉親である母親は、幼い頃より何よりも優先すべき人間だった。 今回の帰省が実は理由不明の「成人の儀」てあることを知ったのは、電車を乗り継ぎながら移動している最中のことだった。内容や目的を聞いても「着いたらわかる」と返されるだけで、一つだけわかったことは「古塚家の男子は18歳になったら、この成人の儀を受けなければならない」ということだけ。母親はそれ以上口を開くことなく、ぼんやりとあの「遠い目」で流れる車窓の景色を眺めていた。(この令和の世に。なんだよ、成人の儀って、しかも男子だけって。美月は受けなくていいのかよ) 心の中で愚痴をつぶやくが、早々に意味がないことを察して弓弦は横になった。横になったらなったで儀式だからと着せられた黒い袴が快適さを邪魔をして、また板張りの上に胡座《あぐら》をかいて座った。(理不尽なことが多すぎる! じいちゃんもばあちゃんも当たり前のような顔して準備を始めるし。じいちゃんも昔儀式やったことあんだから、どんな感じか事前に教えてくれてもいい……の、に……)「ん?」 どこかから
「ここは、いったい……?」 辺りは一面、黒に塗り潰されていた。まだ真昼間だというのに、夜のように暗く手探りをしなければ壁がどこにあるかわからないほどだった。天井は低く、立ち上がればすぐに頭がついてしまう。 一人でも圧迫感を感じる狭い部屋だった。ここに二人も人が入れば空気が薄くなってしまうのではないかと思ってしまうほど。窓もなく、唯一の出入り口と言えば今連れてこられた古びた木製の戸だ。その戸ですら両手を地べたについて這うような体勢でなければ出入りはできない。 戸は、中に入った途端に大きな閂《かんぬき》で施錠されてしまったために誰かが来なければ開けてもらうことはできないが。 少し体を揺するだけで埃や木屑《きくず》がパラパラと落ちてくる。虫が一匹もいなそうなのが幸いだったが、特にひどいのは臭いだった。どこからというものではなく、部屋全体からなんとなく漂ってくる腐臭。鼻が慣れてくれば気にならないのかもしれないが、ねっとりと粘りつくようなその臭いが嫌だった。「これが祠?」 幼い時分から妹と二人で想像していた祠のイメージとはだいぶかけ離れていた。祠と聞けば、古いなりにもそれなりに綺麗に保たれており、神社でよく見る白紙や赤い鳥居に守られるようにして何か依代のようなものが鎮座しているのを想像していたが、実際に入ってみれば何もないただの狭い空間があるだけだった。 他との境界線がないわけではない。地上にあるだだっ広い旧家からは階段を降りて来なければならず、閂付きの戸、窓も何もない空間は意図的に他と隔絶されているように造られている。それでも、これではただの部屋に過ぎなかった。 半ば期待していた分、落胆も大きかった。その上これから一週間もここで生活しなければいけないという事実が心を暗くする。(成人の儀って言ってたよな?)「ま
家のドアを乱暴に閉めると、美月は制服のままに2階の自室へと上がりベッドにダイブした。無地の白い枕を両手でつかむと、抱き締めて二度、三度と寝返りを打つ。 どうしてあんなことを言ってしまったのか、美月にもわからなかった。いつものとおり無関心でいればよかった。何を言われても気にせず、涼しい顔で生活を送ってきたのだ。正義ずらして事実をただし、真実を明らかにするようなことをする必要はなかった。(だいたい私は本当に何も知らないんだから、知らない顔して真っ直ぐ帰ればよかったんだ) 今になって不安が襲ってくる。あのときは先輩が何かを隠していると思ったのだが家に帰り冷静に考えると、そうじゃない可能性がいくつも思いつく。先輩はただ、いなくなったことが怖くなってショックを受けていただけなのかもしれない。そうだとすると。(──また、部での印象が悪くなっちゃうな) 美月は枕を胸の上で抱いたまま、天井を見上げた。真っ白な天井には長年住んでいた証のようにところどころ染みが目立っていた。 ぼうっと、染みの数を数えていると突然今朝方の夢を思い出す。母親の手を黒い手がつかみ、続いて1つ2つと全身を覆うように黒い手が増えていく。まるで母親をどこかへ連れて行こうとするかのように。 体がゾワッと震えて、背中に冷たいものが走る。目を閉じると夢は霧散するように消えた。 思えば、無関心なのは母親に対しても同じだった。 美月は、父親の存在を知らない。遡れる記憶の最初から、家には兄と母親と自分しかおらず、生まれたときには父親がいたのか、兄が生まれたときにはどうだったのか、離婚なのか死別なのか、そもそも籍を入れたのか入れていないのか、何も知らなかった。 母親に聞こうと思ったこともない。というよりも何かを尋ねていい雰囲気は皆無だった。料理の話もそうだったが、そもそも母親と他愛もない何かを話す、という行為が自分には許されていない、認められていないことをなんとなく感じ取っていたからだった。 美月には母親と久しく会話した記憶はない。3人で食卓を囲むこともほとんどない。あるとすれば兄の誕生日くらいで、それも黙って美月が用意した誕生日らしいピザや手巻き寿司、フライドチキンなどのご飯とホールケーキとを食べるだけで、仮に口を開いたとしてもこの間みたいな突拍子もないことを言い出すか、兄の話ばかりだった。普段は兄と