朝の陽が、私邸の書斎を斜めに照らしている。 広くはないが整えられたその部屋の中、セイランは静かに書き物を続けていた。 卓上には、整然と並べられた書類と封蝋済みの報告書。 私邸での朝も彼にとっては「執務の延長」であり、 公務と報告が、日々絶え間なく届く。 ペン先が紙を滑る音だけが、静けさの中に響いていた。 そんなとき── 襖の向こうから、小さな足音が近づいてくる。 ぱた、ぱた、と。 寝起きの足取りで、まっすぐに。 セイランは、ペンを止めた。 やがて、そっと扉が開かれる。 そこに立っていたのは、寝間着姿のカイだった。 目元は少し眠たげで、髪はまだ寝癖で跳ねている。 けれど、どこか不安げに、足元に小さな枕を引きずっていた。 セイランは何も言わなかった。 ただ、手元のペンを静かに置いて、椅子を引いた。 そして、無言のまま、腕を広げる。 カイは一瞬だけ躊躇い、けれど次の瞬間には飛び込んでいた。 すとん、と胸元におさまる。 小さな手が、服の裾を握る。「……おはよう、セイラン」 「おはよう、カイ」 セイランの声は、いつもより少しだけ低くて、柔らかかった。 しばらく何も言わず、ただ抱かれていた。 小さな手が、セイランの服をそっと握る。 髪が揺れ、鼻先が襟元に沈んだ。 ─昨夜と同じ匂いがした。 むせかえるほど甘く、微かに熱を帯びた香りが、胸の奥を揺らす。 それは、ざわざわと、身体の内側を目覚めさせる匂いだった。「……ねえ、セイラン。きのうの夢、変だった」 「どんな夢だった?」 「セイランが……誰かにつれていかれる夢」 その言葉に、セイランの手が一瞬だけ止まる。 目に見えて動揺したわけではない。 けれど、ごくわずかに瞳が細められた。「……誰に?」 カイは、セイランの胸に顔を押しつけたまま、小さく息を吸った。 ──言おうとして、言葉が止まる。(アレクシス。僕のほんとのお父さん) でも、それを口にしてはいけない気がした。 夢だと思っていたはずなのに。 本当は、知っている。 昨夜、あの光の中で見たものは── けれどカイは、ただ小さく首を振って言った。「わかんない……でも、すごくこわかった」 「……怖がらなくていい。俺はお前を置いていかない。そう約束した
Last Updated : 2025-10-27 Read more