All Chapters of 亡き先代の番に囚われたΩ宰相は、息子である若きα摂政に夜を暴かれる: Chapter 1 - Chapter 3

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第2話 幼き誓い

 朝の陽が、私邸の書斎を斜めに照らしている。  広くはないが整えられたその部屋の中、セイランは静かに書き物を続けていた。 卓上には、整然と並べられた書類と封蝋済みの報告書。  私邸での朝も彼にとっては「執務の延長」であり、  公務と報告が、日々絶え間なく届く。 ペン先が紙を滑る音だけが、静けさの中に響いていた。 そんなとき──  襖の向こうから、小さな足音が近づいてくる。 ぱた、ぱた、と。  寝起きの足取りで、まっすぐに。 セイランは、ペンを止めた。 やがて、そっと扉が開かれる。 そこに立っていたのは、寝間着姿のカイだった。  目元は少し眠たげで、髪はまだ寝癖で跳ねている。  けれど、どこか不安げに、足元に小さな枕を引きずっていた。 セイランは何も言わなかった。  ただ、手元のペンを静かに置いて、椅子を引いた。 そして、無言のまま、腕を広げる。 カイは一瞬だけ躊躇い、けれど次の瞬間には飛び込んでいた。  すとん、と胸元におさまる。  小さな手が、服の裾を握る。「……おはよう、セイラン」 「おはよう、カイ」  セイランの声は、いつもより少しだけ低くて、柔らかかった。 しばらく何も言わず、ただ抱かれていた。  小さな手が、セイランの服をそっと握る。  髪が揺れ、鼻先が襟元に沈んだ。    ─昨夜と同じ匂いがした。  むせかえるほど甘く、微かに熱を帯びた香りが、胸の奥を揺らす。  それは、ざわざわと、身体の内側を目覚めさせる匂いだった。「……ねえ、セイラン。きのうの夢、変だった」 「どんな夢だった?」 「セイランが……誰かにつれていかれる夢」 その言葉に、セイランの手が一瞬だけ止まる。 目に見えて動揺したわけではない。  けれど、ごくわずかに瞳が細められた。「……誰に?」 カイは、セイランの胸に顔を押しつけたまま、小さく息を吸った。  ──言おうとして、言葉が止まる。(アレクシス。僕のほんとのお父さん) でも、それを口にしてはいけない気がした。 夢だと思っていたはずなのに。  本当は、知っている。  昨夜、あの光の中で見たものは── けれどカイは、ただ小さく首を振って言った。「わかんない……でも、すごくこわかった」 「……怖がらなくていい。俺はお前を置いていかない。そう約束した
last updateLast Updated : 2025-10-27
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第3話 還るべきは、この腕

 その夜、宰相官邸の書斎には、まだ明かりが灯っていた。 帝国宰相セイラン=ミラヴィスは、執務机の前にひとり、手帳を閉じていた。 日付は、明日──「将カイ=アレクシオン」が帰還する予定の日だった。 ──七年ぶり、か。 その言葉を胸の内で繰り返したとき、手のひらがわずかに震えた。書き終えた手帳を閉じる指が、いつになく慎重になる。ふと、七年前の春を思い出していた。 送り出したのはカイが十六歳の時だった。あどけなさが残っていた。剣の握り方も、軍靴の歩き方もぎこちなかった。父親とは違う──どこか暖かみのある漆黒の瞳だけは、いつもまっすぐだった。 あの時、自分は言った──「無理をするな。背を預けられる指揮官になれ」と。  カイは「はい、父上」と笑った。  幼さの残るその笑みに、どこかホッとした自分がいた。(まだ、似ていない) そのことに、安堵していたのだ。 けれど、七年。  戦場にいた。  剣を交え、人を導き、血を浴び、そして生き延びた。  あの子が大人になっていることは、当然で、当然なのに── 怖いと思った。 もしも、あの男に似ていたら。表情が、声が、背の傾け方が、指の動かし方が。思いがけないところで、記憶の亡霊が揺れるのではないかと。 ……怖い。けれど、それでも。 あの子が「父上」と呼んでくれるなら。  俺はまた、明日を信じられる気がする。 ずっと、待っていたのだ。 小さなころは、毎朝書斎に来て膝に乗ってきた。抱きしめれば、ふわっと太陽のような髪の匂いがした。寒い日には布団から出たがらず、熱を出せばこちらを呼び、叱れば唇を噛んで耐えた。 泣くことはほとんどなかった。強い子だった。けれど眠る前、そっと手を伸ばして服の裾を掴む夜が何度もあった。 守りたかった。すべてを賭けてでも。あの子は、あの男が残した命で──でも、それだけじゃない。セイランが育ててきた。  目を見て、声を聞いて、抱きしめて、名を呼んできた。 愛していた。  自分の子として、大切に、大切に、愛してきたのだ。 手帳を閉じ、灯りを落とす。  明日、あの子が帰ってくる。  ──けれど、出迎える言葉は、まだ決まっていない。  何を言えばいいのか。どう迎えればいいのか。  「父」としてか、「宰相」としてか、それとも── 宰相セイラン=ミラヴィスは
last updateLast Updated : 2025-10-27
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