──翌日、午後。 式典の準備が進む帝都ラティナス・帝国文化院は、喧噪と緊張に包まれていた。 装飾された高天井の広間には、警備兵たちが警戒に立つ中で、騎士団や技術局の設営班が式典壇上の調整を急いでいた。 その一角。 黒の礼装に身を包んだカイ=アレクシオンが姿を現すと、ざわついていた空気がわずかに張りつめる。 昨日まで謹慎を受け、王宮の幽閉区画に閉じ込められていたカイは、今や皇帝の命により「皇配候補」として復帰を果たした。 ――だが、彼自身はまだ、その立場を完全に飲み込めていなかった。 ユリウスとの婚約も、セイランとの断絶も。 すべてが、現実のようで夢の中のようだった。「カイ閣下、控室はこちらです」 設営を統括していた文官が、最終確認のための控室へと彼を案内した。 簡素な木の扉を前に、文官が説明する。 「壇上裏の控室には、閣下ともうお一方、最終確認を任されております」 その言葉に、カイはわずかに眉をひそめた。(……誰だ?) 無言のまま扉を押し開けると、室内の気配に呼吸が止まる。 そこにいたのは、他でもない── セイラン=ミラヴィスだった。 ──二人きりだった。 互いに、一瞬だけ言葉を失ったまま、静寂が流れた。 だが、カイが歩を進めると、セイランはすぐに表情を整え、椅子を勧める。「ご苦労だったな。……突然の婚約発表、驚いたことだろう」 セイランの声は、あくまで公務の顔だった。 控えめな口調、姿勢も姿も乱れなく、ただの宰相として目の前に立っている。 カイもそれに倣い、無言のまま書類を受け取る。 まるで何もなかったかのように、式典の流れや配置確認について確認が続けられた。 ──本当に、何もなかったように。 あの夜のことも。 拳をぶつけたことも。 「好きだった」と叫んだ声すらも。 だが、それは続かなかった。 ふと、セイランの手元から資料束が滑り落ちた。 厚手の紙が数枚、床に舞い、ふたりの間に散らばった。「ああ、すまない」 セイランがしゃがみ込み、それを拾い集めようとかがんだ――そのときだった。 黒衣の襟元がわずかにゆるみ、下から白磁のような肌が露わになる。 その、うなじのすぐ下。 紅く、鋭く、二点で刻まれた──双牙の痕。 カイの呼吸が止まった。 それは、|番《つがい
Last Updated : 2025-11-08 Read more