婚姻届を出して五年、ずっと時間がなくて挙式できなかった消防士の夫が、ついに時間を作ってくれた。でも式の当日、どうしても彼と連絡が取れなかった。署員家族会のLINEグループに送られた動画を見るまでは——その動画では、夫の後輩の女性が私の夫、深津蒼介(ふかつ そうすけ)の腕に寄り添い、市長から直々に授与される「消防功労章」を受け取っていた。他の家族たちは羨望の声を上げる。「深津隊長の奥さま、本当にお綺麗ね。噂の『化粧もしない専業主婦』とは全然違うでしょ」「そうよね、品があって優雅で、きっと深津隊長を支える良き妻なんでしょうね」荒れた手を震わせながら、私こそが蒼介の妻だと言おうとした瞬間——ドンという音とともに、キッチンでガス爆発が起きた。高温に焼かれる激痛に耐えながら、彼に助けを求める電話をかけた。しかし彼は苛立たしげに遮った。「何を騒いでるんだ?式をすると嘘をついたのは、お前がこんな真似をするような奴だからだ。沙織の父親は俺を庇って殉職した。彼女を妻として表彰式に出席させるくらい、当然だろう?」私は呆然とした。電話は躊躇なく切られ、かけ直すと電源が切られていた。……一か月後、その「沙織」という後輩が火傷を負った。蒼介は私に、彼女の傷を治す皮膚移植をさせるための話を切り出そうとしたが、音声メッセージを送ろうとする時、ようやく私と最近一言も話していない事を思い出した。「いつまで冷戦を続けるつもりだ?三十分以内に来い。もし沙織に傷跡が残ったら、キッチリ財産分与してから離婚してもらうからな!」財産分与は、結婚生活でのあらゆる資産がお金で清算されることを意味する。専業主婦の私には、何もない。彼は私が必ず来ると思っている。でも知らないのだ。私とお腹の子は、とっくに炎に包まれて死んでいることを。住み慣れた家を離れて、まだ少し違和感がある。昔は、霊は愛する人が想ってくれれば、死の場所から離れられると言われていたらしい。でも一か月が過ぎても、私は玄関さえ出られなかった。夫は一度も私を思い出さず、今私を探す唯一の理由も、若林沙織(わかばやし さおり)に皮膚移植をするためだけ。苦い笑いがこぼれた。そうよね、生きている時でさえ気にかけてもらえなかった。死んでからなら、なおさ
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