All Chapters of 金木犀の香る町で、さよならを: Chapter 1 - Chapter 10

彰良が言う「大事な仕事仲間」が美桜のことだと知っていた。彼女が海外留学を終え、帰国するのだ。彰良はまるで幼稚園に行きたがらない子供をあやす先生のように、私をあやしていた。でも、私はもう―私は無意識のうちに傍らにあるガラスに視線を向けた。そこに私の影が映っていた。私は彰良がわざわざオーダーメイドしてくれた白いドレスを身に纏い、髪も念入りに整えられた。ガラスに映る姿は細く絞られたウエスト、ふっくらとした胸元、すらりと伸びた足。ドラマの中のプロポーズされるヒロインたちと同じように、もう「大人」だ。しかも「女」なのだ。前世、彰良のパソコンの待ち受け画面は美桜の写真だった。彰良はいつも美桜の写真を見るのが好きだった。その眼差しはとてもおかしくて、時には呼吸が荒くなり、喘ぎ声さえ漏れていた。多くの人が噂していた。あれこそが男が女を見る目なのだと。でも、彰良が私を見る目はいつもお菓子をねだって騒ぐ子供を見る目と何ら変わりがなかった。私はスカートを握りしめ、「もう本当にあなたとは結婚したくない」と口にしようとした。その時、彰良のポケットの携帯が突然鳴り響いた。美桜専用の着信音だ。彰良はすぐに携帯を取り出すと、途端に目元を和らげ、電話に出た。声は低く潜めているのに、まるで蜜を煮詰めたかのように、ねっとりと甘く響いた。「美桜か？着いたのか。こっちで少しトラブルがあったが、すぐ片付く。そこを動かずに待っていろ。すぐに迎えに行く」私は彰良のその優しい声を静かに聞いていた。まるで前世のようだ。たとえ悠斗の誕生日を祝っている最中であっても、彰良はすぐにすべてを置いて、フライトの遅延や荷物の重さに不平を言う電話の向こうの美桜を優しく宥めていた。そして、私が必死で産んだ悠斗は小さい頃から彰良そっくりの顔を上げ、彰良の口調を真似て私にこう言ったものだ。「ママは本当に面倒くさいな。何もちゃんとできない。美桜おばさんがいてくれたらいいのに」彰良は電話を切ると、もはや私の同意を求めることもなく、指輪のケースを私の手に押し付け、私の頭を撫でた。「雨音、いい子だ。先にアシスタントのおじさんと家に帰っていろ。夜、キャンディを持って帰ってやるから。いいかな？」そう言い終わると、彰良はアシスタントに素早く指示を出した。「雨音

「罰ゲーム、無茶振りか……じゃあ、彰良。キスしてもいい？」周りが一斉に騒がしく囃し立てた。私は思わず彼らの方を見た。ちょうど美桜が彰良の前に顔を寄せ、彼の唇にキスをするところだった。彰良は避けようともせず、その瞳には彼女だけを映し、優しく蕩けていた。私の目から瞬時に涙が溢れ落ちた。彰良が本当に美桜を愛しているのだと、より一層はっきりと理解してしまった。そして私は彼の「お荷物」なのだと。でも、今度は彰良を15年間も縛り付けておくつもりはない。今日から私は身を引く。あの二人のために彰良を解放する。突然、胃の奥から吐き気がこみ上げてきた。アルコールの刺激に耐え切れず、私は思わず立ち上がった。私は洗面所に駆け込み、冷たい洗面台に突っ伏して、激しくえずいた。惨めで、哀れだ。次の瞬間、洗面所のドアが開けられた。美桜が入ってきた。顔からは甘美な笑顔が消え、冷たい嘲りが浮かんでいた。「雨音。あんた、いつまで彰良に纏わりつくつもり？」私は涙で滲む目で美桜を見つめ、言葉も出なかった。美桜の眼差しが一層冷たくなった。「彰良は外交官よ。前途洋々なの。彼に必要なのは私みたいに、社交の場をそつなくこなし、彼自身を引き立てることができる女がそばにいることなの！あんたみたいな馬鹿じゃない。あんたは彼に恥をかかせる以外、何ができるって言うの？」美桜は一歩近づき、さらに声を潜め、悪意をぶつけてきた。「教えてあげる。私のお父様とお母様もとっくの昔にあんたにはうんざりしてるのよ！彰良にあの約束を反故にさせるために、彰良とこの養女である私との恋愛関係さえ認めたくらいなんだから！私だって、あんたに手荒な真似はしたくない。物分かりが良ければ、さっさと自分で消え失せて！」私は全身が強張り、顔面が真っ青になった。前世では、彰良と悠斗が私を嫌っているとしか知らなかった。まさか結婚前から、彰良の両親にまでこれほど嫌われていたなんて。美桜は私が呆然としているのを見て、フンと鼻で笑った。「忘れてた。あんた馬鹿だったわね。先の話、理解できた？」その言葉が鋭いナイフのように、私の心の最も脆弱な場所を深く抉った。私は衝動的に美桜を突き飛ばし、逃げ出そうとした。だが、美桜は私の手を掴んで離さなかった。「馬鹿！どこ

花嫁の美桜はそれを見て、顔色も悪くなった。美桜は無理やり笑顔を作った。「彰良、彼女、行っちゃったわ。私と結婚したくないの？私があなたのお嫁さんになりに来たのよ」「何だと？」彰良は信じられないといった様子だったが、美桜の甘い言葉に取り合う余裕はなかった。「雨音はどこへ行った！彼女は知的能力が低いんだぞ！よくも彼女を一人で行かせたな！」そうだ。あのおどおどと馬鹿っぽく、いつも彰良が迎えに来るのを、娶ってくれるのを、ただ大人しく待っているだけだった女の子がいなくなった。彰良がいかにして「正常な」私を世間に披露し、恩返しという名の結婚式を無事に終わらせることばかり考えていたまさにその時、私はすでに美桜と取引を終え、私を苦しめるだけのその場所から去っていたのだ。私は新幹線に乗り、南にある故郷へ向かっていた。あれが私の両親の家。小さな古びた家だ。壁には一面にコケが生している。庭には大きな金木犀の木があって、風が吹くと、葉がサラサラと音を立てる。新幹線の中でゆっくりと眠ろうと思うのに、頭が休まらず、ずっと夢を見続けていた。夢の中で、結婚式は続き、私は彰良のお嫁さんになった。私はとても重いウェディングドレスを着て、頭にはキラキラ光るティアラを戴き、まるでお姫様のようだ。彰良と手を繋ぎ、バージンロードを歩いた。誰もが私たちを見ていた。彰良は優しく笑い、ずっと私を見つめてくれていた。だが、場面は急に切り替わった。私たちは外国を訪問し、とても広くて明るい宴会場にいた。綺麗な服を着た外国人がたくさんいて、眩しいほどの照明が輝いていた。彰良が私の分からない言葉でスピーチをしていた。皆が彼を見て、拍手を送っていた。それなのに、私の頭はひどく痛んだ。まるで針が中に突き刺さっているようだ。目の前の景色がぐらつき始め、耳鳴りがした。私は彰良を掴もうとするが、手が言うことを聞かずに震え、そのまま床に倒れ込んだ。体が水から上げられた魚のように激しく痙攣した。私は制御できずに嘔吐し、汚物が綺麗なドレスと光沢のある床を汚してしまった。さらに恐ろしいことに、パンツの中に生暖かい感覚が広がった。私は失禁してしまったのだ。周りから一斉に驚きの声が上がり、カメラのシャッター音が鳴り響いた。私は魂が抜けたかのように

彰良は鏡の中の自分を見つめ、初めてはっきりと認識した。自分は人生で最も貴重なものを失ってしまったのかもしれない。それは恩義のためではなく、彰良自身が認めることを恐れていた、静かに芽生えていた愛と、滑稽で哀れな自尊心のゆえだった。彰良が私を見つけた時、すでに季節は晩秋だった。家の庭にある金木犀の木が今年はことのほか早く花を咲かせた。深緑の葉の間に、黄金色の小花がびっしりと咲いている。風が吹き抜けると、はらはらとこぼれ落ち、その甘い香りが遠くまで運ばれていく。私はちょうど木の下の石のベンチに座り、金木犀のお菓子の作り方を習っているところだった。隣のお婆さんがもち米粉とシロップをダマができないように滑らかにこねるコツと、摘みたての金木犀をそっと混ぜ込む加減を根気よく教えてくれた。そして、向かいの家の和人（かずと）という男の子は石のテーブルに突っ伏したまま、短い両足をぶらぶらさせながら、私にぽつりぽつりと話しかけてきた。「雨音お姉ちゃん、その花びら、入れすぎだよ！苦くなっちゃうよ！」「雨音お姉ちゃんが作ったその形、ワンちゃんみたいだね！」和人を見ていると、悠斗のことを思い出した。でも、あの子はいつも私を嫌っていたけれど、和人はそうではない。私は不器用に生地をいじくり回し、顔を粉まみれにしながらも、和人の笑い声につられて、思わず吹き出してしまった。ここに戻ってからの日々は、私にとってかつてないほど穏やかなものだった。隣近所の皆さんは、私が戻ってきたことに最初は驚いていたが、その後は心から喜んでくれた。彼らは私の母を、そして、馬鹿になる前の幼い私を覚えていてくれた。彼らは私に話しかける時、急かしたり、わざと大声を出したり、ゆっくり話したりすることもなかった。まるで故郷に帰ってきた一人の若者として、普通に接してくれた。誰も私を変な目で見ることはないし、「あの馬鹿だ」なんて後ろ指を指す人もいなかった。ここでは、私はただの望月雨音。両親を早くに亡くし、定住するために戻ってきた物静かな娘だ。私はとても幸せだ。この幸せはとても素朴で、穏やかで、まるでこの大地そのもののように。だから、彰良が長旅の疲れを滲ませ、この静かな庭にはおよそ不似合いな焦燥感をまとって戸口に現れた時、私の口元にほころびかけた笑

「彰良。あなたが求めているのは結局のところ、正気で、治った雨音なんでしょう？」私は一拍置き、一言一句、はっきりと尋ねた。「それじゃあ、もし私の頭の傷がいつか再発して、私がまた、あの馬鹿で、四六時中あなたの世話が必要で、あなたを外交の場で恥ずかしい目に遭わせる雨音に戻ってしまったら？あなたはそれでも、今と同じように、迷わず私と一緒にいると誓える？」彰良は凍りついた。彼の瞳の奥に、一瞬の躊躇がよぎった。ほんの一瞬だったが、彼が無意識に引き結んだ唇とわずかに揺れた視線が、私の目から逃れることはなかった。彰良はすぐさま我に返り、焦ったように保証した。「誓える！もちろん誓えるとも！君がどんな姿になろうと、俺は君を愛し、面倒を見る！」だが、もう遅かった。私は彰良を見つめ、まるですべてを吹っ切れたかのように、口元にかすかな笑みを浮かべた。「ほら、彰良。あなたは躊躇った。あなたが躊躇った、あの一瞬に。答えはもうはっきりと出ていたのよ。あなたに必要なのは、あなたに相応しく、あなたの足手纏いにならない伴侶であって、望月雨音そのものじゃない。私が馬鹿であろうと、治っていようと、関係ないの」その言葉は、強烈な鉄槌の一撃のように、彰良が必死に取り繕っていた虚勢と、彼に残されていた最後の甘い期待とを、容赦なく打ち砕いた。彰良はよろめきながら一歩後ずさり、顔から血の気が引いていた。口を開けたまま、しかし、もはや何の弁明の言葉も出てこなかった。すべての力が抜け落ちたかのように、彰良はそこに力なく立ち尽くした。彼は理解した。彼が失ったのはあの愚鈍だった雨音だけではない。目の前にいる、彼の弱さと利己主義をすべて見透かした、この正気の雨音をも失ったのだと。彰良にはもう何の理由も、何の資格も、私を「恩返し」という名の鳥籠に引き戻すことができなかった。結局、彼は何も言えず、ただ苦痛に満ちた眼差しで私を深く一瞥した。その眼差しは、まるで絶望の底のように暗く沈んでいた。そして、彼は踵を返し、重い足取りで、よろよろとこの金木犀の香りが満ちる小さな庭を去り、路地の角に消えていった。あの日以来、私はずっとこの小さな町に留まっている。日々は素朴で、満ち足りている。私は結婚していないし、結婚したいとも思わない。花を育てることを学び、様