All Chapters of 富豪夫の裏切りと、破滅のウェディング: Chapter 1 - Chapter 7

私は抗がん剤分野の研究者だ。幸せな家庭と、やりがいのあるキャリアを持っていた。全てが順調だったはずなのに、まさにその時、人命救助の切り札となる研究薬を積んだ専用車が、まるで神隠しのように消えたのだ。監視カメラを確認すると、車を運転していたのは、なんと高校の同級生、東雲穂乃香（しののめ ほのか）だった。「何があなたの車よ。ふざけないで。これはうちの旦那の車だわ！」私は焦燥感に駆られ叫んだ。「車を返しなさい！今すぐ、即刻よ！」言い終わるや否や、電話の向こうから周囲の嘲笑が聞こえてきた。「ねぇ、誰に向かって話してるか分かってるの？」「あんたの車？笑わせないで。これはA国の億万長者の車よ！」穂乃香が勝ち誇ったように口を挟んだ。「私、もうすぐA国のお金持ちと結婚するの。彼が私の安全を心配して、特別にこの車を使わせてくれたのよ。防弾ガラス付きで、安全性は格段に高いのよ！あんたみたいな貧乏人が、よくもこの車を自分のものだと主張できたものね？」薬を取り戻すため、私は仕方なく穂乃香の結婚式場に駆け込んだ。そこで目にしたのは、式場のポスターの中で穂乃香と抱き合っている男が、他でもない、三年間連れ添った私の夫、古谷風磨（ふるたに ふうま）だった。結婚して三年になる夫が、今、他人の結婚式のポスターにいるなんて。一瞬、目を疑った。だが次の瞬間、穂乃香がブーケを手にステージに上がり、来賓に向かって堂々とドヤ顔で宣言した。「皆様、本日は私と古谷風磨、古谷社長の結婚式にお越しいただき、ありがとうございます！」私はスマホを取り出し、わずか30分前に風磨が送ってきたメッセージを見た。【珠希、会いたいよ！今日は会社でやることが山積みだから、また後で報告するね！】 【帰宅する時は必ず教えてね。愛してる】私の心は氷のように冷え切った。思い返せば、研究所での日々、薬の開発のために私はラボに籠りきりだった。半年も家に帰らないことさえあった。それでも、私の仕事を知った上で、風磨はプロポーズしてくれたのだ。離れている間も、彼は毎日自分のスケジュールを報告し、私を安心させてくれた。別れるたびに、彼はいつも切実に帰宅時間を尋ねた。私はずっと、彼が私を大切に思い、会いたいからだと信じていた。今となっては、ただただ滑稽でしか

人々は驚いて振り返った。そこにいたのは、迎えに出ていた風磨だった。そして、風磨の隣にいる来賓たちの身分も、皆の注目を集めた。「見て！あの御曹司まで来ている！彼は軍界で最も権勢のある松下一族の代表だぞ」「あっちの人は、フォーブスにも載っている財界の重鎮だ！」「ヤバい！軍、財界、政界のトップが顔を揃えるなんて、格が違いすぎる」「さすが億万長者の古谷風磨だ。これこそ真の人生の勝ち組だね」風磨は人々の議論を聞いて、口角を上げ、満面の笑みでまっすぐ歩いてきた。人垣に隠れている私には気づいていなかった。だが、この場にいる私だけが知っている。軍、商、政が風磨に顔を立てているのは、私のおかげだということを。正確には、私の抗がん剤のおかげだ。それは、医療市場全体を揺るがし、ひいては世界全体を震撼させるほどの薬。もし国家の秘密保護と、あの政財界の最高権力者の重点的な配慮がなければ、私はとっくに無数の暗殺で命を落としていただろう。それは、がんを完全に治癒する可能性を秘めた薬であり、その意義は計り知れない。ある試算では、もし本当にがんを完全に治癒する薬があれば、その価値は数十兆円どころではない。社会にもたらす巨大な変化は言うまでもない。国家は極秘にしていたが、それでも上層部には噂が届いていた。そして、私の存在があったからこそ、彼らが古谷家、ひいては風磨の古谷グループに密接な配慮を示す理由となっていたのだ。しかし、私の十数年の青春を費やして作り上げた、わずか三本の試験管分の抗がん剤が、今、地面に全てこぼれ落ちた。私は散乱した薬液を見て、その場に泣き崩れた。保冷箱から離れ、太陽光に晒されたそれは、すでに失活し、何の役にも立たない。私はかろうじて体を支え、電話を取り出した。あの久しくかけていない電話番号にダイヤルする。向こうから冷徹な男の声が響いた。「もしもし」私は込み上げる涙をこらえ、震える声を抑え込んだ。「薬液が破壊されました。至急、迎えに来てください。これ以上遅れると、あの方の命の保証はできません！」事態の深刻さを悟った男は、即座に指示を出した。電話の向こうで、ヘリコプターの離陸音と、軍隊が出動する轟音が聞こえた。電話を切った後、私はその場に立ち尽くし、支援を待った。人々はそれを見て

私は一目で優空を見つけた。彼女は記憶の中の姿のままだったが、少しやつれた様子だった。優空は私を見たが、すぐに私だと認識できなかった。それも当然だ。今の私は、ボサボサでみすぼらしい姿。気づかなくても無理はない。「さあ、田村さん。この人が君の指導教官だと言っている。確認してくれ。こいつが田村さんの先生なのか？」風磨は私を指さし、優空に言った。優空は眉をひそめ、首を横に振った。「すみませんが、私の先生は、めったに人前に姿を見せません」穂乃香は嘲笑した。「聞いた？図々しいわね。自分の分際もわきまえず、よくも田村さんの先生だなんて言えたわね。彼女の先生はとっくに国家機密として保護されてるのよ。あんたなんて、何者でもない！」私は諦めたように首を横に振り、弁解する気力もなかった。ただ、あの人がまだ来ないかと密かに考えていた。私が考えていると、優空が突然「あれ？」と声を上げた。皆が不思議そうに彼女を見た。優空は口を開いた。「どうして、あなたがその玉の腕輪を持っているんですか？それは、私の先生が肌身離さず身につけていたものですよ」私は腕を上げ、確認した。泥にまみれた前腕に、白色の腕輪が嵌まっていた。その腕輪は素朴で上品、そして極上の素材だった。これは、両親が私に残してくれた、数少ない形見の一つだ。父はがんを患った。そのため、母の研究は抗がん剤の研究に切り替わり、私も母の影響でこの分野に触れるようになった。しかし、残念ながら父はがんで亡くなった。その後、母も心労がたたって、早くに私のもとを去った。だから、両親が私に残してくれた唯一の思い出が、この腕輪なのだ。優空が近づいて詳しく見ようとする前に、穂乃香が飛び出してきた。穂乃香は私の手を掴み、言った。「フン、この女は盗み癖があるのよ。これもきっと盗品でしょう！この腕輪、すごく高そうじゃない。あんたに買えるわけがないわ」私は大声で叫んだ。「触るな！」しかし、穂乃香の手はすでに腕輪を掴んでいた。私は力いっぱい抵抗し、周囲の人々も囲んできた。「言うまでもない、盗品に決まってる！」「盗みを働く愛人なんて、本当に気持ち悪い！」「みんなで協力して、この盗品を取り上げろ！」私の声を聞いた優空は、一瞬で私

穂乃香は言いながら、突然何かを悟ったように言った。「もしかして、以前、うちの旦那と関係があったからですか？でも、もう関係は切れています。彼に配慮して、この女にそこまで丁重にする必要はありませんよ。私が、正真正銘の古谷夫人なんですから」穂乃香はそう言って、風磨の腕に絡みつき、自分の所有権を主張した。風磨も納得したように笑った。「その通りです。珠希はもう過去の人間ですよ。すでに珠希との離婚書類を用意しています。今や、穂乃香こそが俺の妻ですよ。珠希なんて、せいぜいどこかの取るに足らない研究者に過ぎん」二人の中傷する言葉を聞き、慎輔は怒りに燃え、顔色を陰らせた。「ふざけるな！貴様らごときが、よくも池田教授を侮辱できたものだ！」その怒号は、風磨と穂乃香を完全に凍りつかせた。参列者たちも言葉を失い、私の姿に視線を集中させた。誰もが心の底から恐怖を覚えた。特殊隊の隊員たちが、私のためだけにやってきたのだと、ようやく理解したのだ。この期に及んで、風磨も悟った。彼は心中の衝撃を抑えつけ、震える声で尋ねた。「珠希の正体は一体何なんですか？なぜ、彼女に指示を仰ぐんですか？」慎輔は冷たく言い放った。「貴様には知る資格はない。貴様が知るべきは、私がこの方の指示に従って行動するよう命令を受けている、ということだけだ」慎輔は言い終えると、再び私に向き直り、恭しく礼をした。「池田教授、どうぞご指示ください！」私は風磨と穂乃香を一瞥し、冷たい声で告げた。「この二名が犯した罪は多岐にわたります。重婚罪、個人財産の毀損、他者への暴行、そして最も重大な重要研究資材の破壊です」その後、私は周囲の人々を見渡し、付け加えた。「この人たちも、その破壊行為に加担しています」私は、抗がん剤の試薬を破壊した者たちを一人残らず指差した。特殊隊の隊員たちは次々と拘束した。その光景に、穂乃香は腰が抜けて地面に崩れ落ち、風磨もパニックに陥った。風磨はこの時、ようやく理解した。彼の事業の順調さも多くの要人からの厚遇も、全て私のおかげ、私の立場を尊重してくれていたからだと。その考えに至り、彼は慌てて前に出て私を引き留めようとした。「珠希、以前は俺が悪かった。君をないがしろにした。馬鹿なこともたくさ