二十二世紀の終わり、人類は海に還った。 それは敗北ではなかった。適応だった。海面上昇が始まってから百年、人々は陸地への執着を捨て、海と共生する道を選んだ。巨大な浮島群が海洋に点在し、かつての大陸の名残は深海に沈んで久しい。 深澄が初めて海に潜ったのは、七歳の夏だった。 母に手を引かれ、浮島の縁から海を覗き込んだとき、彼女は不思議な感覚に襲われた。水面下に広がる青い世界が、まるで自分を呼んでいるような気がしたのだ。「怖くない?」 母が優しく尋ねた。深澄は首を横に振った。怖くなかった。むしろ、懐かしかった。理由は分からなかったが、この海の底に、何か大切なものがあるような気がした。「あなたは海が好きな子ね」 母は微笑んだ。だがその笑みには、どこか寂しげな影があった。深澄が気づかないほど、かすかな影。「ママも海が好き?」「昔は……怖かったの」 母は遠くを見つめた。「でも今は、少しだけ好きになれたわ。あなたのおかげで」 その夜、母は深澄に子守唄を歌ってくれた。不思議な歌だった。深い海の底で眠る者たちが、いつか光になるという歌。深澄はその旋律を覚えた。体が覚えた。まるで、ずっと昔から知っていたかのように。 だが母は、その子守唄について多くを語らなかった。誰から教わったのか、どこから来た歌なのか。深澄が尋ねても、母はただ微笑むだけだった。「いつか、あなたが大きくなったら話すわ」 しかしその「いつか」は来なかった。 深澄が十六歳のとき、母は突然の病で倒れた。浮島の医療技術をもってしても、進行を止めることはできなかった。母の体は日ごとに衰弱し、やがて声を失い、最後には眠るように息を引き取った。 葬儀の準備をしているとき、深澄は母の遺品の中から小さな木箱を見つけた。中には古い写真が一枚と、鮮やかな紅色の珊瑚の欠片が入っていた。 写真には若い女性が写っていた。船の甲板で微笑んでいる。風に髪がなびき、背景には広大な海が広がっている。写真の裏には、消えかけた文字で「キサラギにて」と書かれていた。 キサラギ。 深澄はその名前に聞き覚えがあった。歴史の授業で習った。百五十年前、最後の大移動のときに沈んだ移民船団の一つ。八百七十三名の乗員乗客と共に、深海に消えた船。 なぜ母がその船の写真を持っていたのか。 そして、この珊瑚の欠片は? 深
ปรับปรุงล่าสุด : 2025-11-27 อ่านเพิ่มเติม