杏は克哉を冷ややかに見つめ、何の感情もこもっていない声で言った。「あなたの間違いはね、先に愛がなくなったのはあなたの方なのに、菖蒲に別れを切り出させたことですよ。先に愛がなくなったくせに、菖蒲を結婚っていう檻に閉じ込めて傷つけ続けたのです。菖蒲があなたを愛しているのをいいことに、何度も恥をかかせたのですよ。克哉さん、あなたと菖蒲は一緒に育った仲でしょう。愛情がなかったとしても、家族みたいな情や、友情はあったはずじゃないですか。それなのに、よくもまあ、愛人のために菖蒲を何度も犠牲にできたんですね?知ってます?自分が膵臓がんの末期だってわかった後も、菖蒲がどんな思いで、あなたと小林さんの噂を必死に否定したかを。痛くて眠れない夜を何度も過ごしながら、それでも撮影帰りのあなたのために夜食を作り続けたことを。菖蒲がどんなに……」杏はそれ以上言葉を続けられなかった。涙で顔をくしゃくしゃにしながら、声にならないほど泣いた。「克哉さん、この10年間のあなたの行いは、菖蒲を裏切っただけじゃなく、10年前のあなた自身をも裏切ってるのですよ。わかってますか?」そう話す杏の言葉は、錆びついた鈍いナイフのように、ゆっくりと、しかし深く克哉の心をえぐった。克哉は何か反論しようと口を開いた。しかし、喉に何かが詰まったかのように、まったく声が出なかった。脳裏に、10年前の光景がよみがえった。19歳の菖蒲は、洗いざらして色褪せた制服を着ていた。両親の遺影を抱きしめ、その目は桃のように真っ赤に腫れていた。自分は言った。「菖蒲、これからは俺がお前の面倒を見る」菖蒲は泣きながら自分の胸に飛び込み、くぐもった声で言った。「克哉、私、もう帰る家がないの」自分は菖蒲の髪を撫でながら言った。「俺が、お前の家族だ、俺がいるところがお前の家だ」それがいつから、変わってしまったのだろうか?初めて撮影現場で綾に出会った時からだろうか?笑うとえくぼができる綾は、若くてまだ初々しかった頃の菖蒲と、どこか似ていた。それとも、初めて主演男優賞を受賞した祝賀会で、菖蒲が胃の痛みで先に帰り、若くて活発な綾が朝まで飲み明かしてくれた、あの時からだろうか?「申し訳ないことをした……」克哉は、ほとんど聞き取れないほどか細い声で呟いた。「なんですって?」杏は鼻で笑っ
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