夫の宮城瑛人(みやぎ えいと)は天才ピアニストだが、その偏執ぶりにおいてもある意味天才だった。私への執着は、もはや病的と言えるほどだった。結婚して八年。私は仕事を持たず、家中の隅々まで監視カメラが仕込まれていた。知らない男と一言交わすことさえ許されない。そんなある日、私は彼が絶対に触らせてくれなかった金庫の中に、十年分の誕生日プレゼントを見つけてしまった。どのカードにも、たった一人の名前が刻まれていた。「愛しき夏見へ」霧島夏見(きりしま なつみ)。それは、瑛人の少年時代の初恋の人だった。瑛人はプレゼントを奪い去り、その瞳を暗くして私を睨みつけた。「死んだ人間のことに、いちいちこだわる必要はないだろう」彼は冷たく言い放つと、私の顎を掴んで無理やり顔を上げさせた。「それより、お前、今日の宅配業者を一瞬でも見つめたのはどういうことだ?」だが、その直後、彼の秘書がこっそり送ってきた写真が、私の心を抉った。瑛人が、ある女性を抱き寄せ、涙を拭っている。その優しさは、まるで壊れやすいガラス細工に触れるかのようだった。その女性は、夏見に酷似していた。暗闇の中で呆然と座り込んでいると、突然スマホの通知音が鳴り響いた。【昨夜は興奮しすぎた。胸元のキスマーク、ちゃんと隠しとけよ。旦那さんが見たらマジでキレるぞ?】数秒後、さらにメッセージがポップアップした。【昨夜お前、薬盛られたんだろ。俺が送った時、俺も酔ってたけどな】【けど、あいつがお前を放置して出て行った時、完全にシラフだったぞ】たった数行のメッセージが、昨夜封印されていた記憶を抉り開けた。瑛人は幼い頃からアルコールアレルギーで、昨夜の接待でも、私は彼のために一杯ずつ酒を呷った。喉が焼けるように熱く、視界が揺らぎ、天井のシャンデリアは二重にブレて見えた。その時、彼のスマホが専用の着信音を鳴り響いた。画面を盗み見ると、「霧島秋穂(きりしま あきほ)」と表示されていた。夏見と名前まで似ている。だからこそ、彼は心を奪われたのだろう。彼はためらうことなく、いや、考えるより先に電話を取った。そして、彼の声には、私には初めて聞く焦燥と優しさが入り混じっていた。「怖がらなくていい。その場で動くな。すぐに行くから」変な酒のせいで妙な熱が上がっているのを感じた。
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