Todos os capítulos de 所詮、すべては泡沫の夢: Capítulo 11 - Capítulo 20

26 Capítulos

第11話

消毒液の匂いがするなかで、奈津美は目を覚ました。レースのカーテンから差し込む太陽が、シーツの上に暖かな光を落とす。奈津美はぼんやりと天井を見つめた。ここが現実なのか夢なのか、すぐには分からなかった。そんなとき、隣から低く落ち着いた声が聞こえてきた。「目が覚めましたか?」奈津美がはっと顔を向けると、そこには静かな瞳があった。手にカルテを持っていた達也は、奈津美が目覚めたのに気づくと、ぱたんとそれを閉じた。「飛行機の中で内出血を起こして、意識を失っていたんです。なので、緊急処理を対応させていただきました。今の気分はどうですか?」奈津美は無意識にお腹に手を当てた。痛みはずいぶん和らいでいたが、まだ鈍い痛みが残っている。お礼を言おうと口を開いたが、声が掠れた。「……ありがとうございます」達也は頷き、水の入ったコップを奈津美に手渡した。「藤原達也です。医者をしています。ここは俺の病院で安全な場所だから安心してください」奈津美は無意識に指先でグラスをなぞる。少しの間うつむいて黙っていたが、やがて微かな声で言った。「リン。私の名前は、リンです」こうして、奈津美は達也の病院で療養することになった。達也は毎日様子を見に来てくれた。しかし、診察に必要な質問以外、奈津美のプライベートなことを聞くことは決してなかった。ある日、薬を交換してもらっているときだった。看護師がうっかりトレイを倒してしまい、金属製の器具が床に落ちて大きな音を立てた。その音に、奈津美はびくりと体を震わせ、反射的に体を丸めた。達也の手が、空中でぴたりと止まる。奈津美がとっさに肋骨をかばう仕草が目に入ったのだ。そして、奈津美の手首に残るあざに視線を移すと、不意に口を開いた。「この傷は……事故じゃないですよね?」奈津美は息をのんだ。しかし、達也はそれ以上何も聞かなかった。ただ静かに奈津美の襟元を直し、淡々とした声で言った。「言いたくないなら、無理にとは言いません。でも、もし助けが必要なら、弁護士や警察に頼むこともできますので」奈津美はシーツを強く握りしめ、首を横に振った。達也は黙って部屋を出ていこうとした。その時、奈津美が不意に彼を呼び止める。「あ、あの。ありがとうございます」達也が振り返ると、奈津美は青白い顔にかすかな笑みを浮かべていた。「でも、本当に大丈夫
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第12話

病院の特別室は、飾られた百合の花の香りで、消毒液の匂いはほとんどしなかった。勇太はベッドの傍に座り、湯気の立つスープを手にしていた。スプーンが器の縁に当たり、カチンと軽い音を立てる。「明里、もう一口飲んでごらん」勇太は明里の唇へスプーンを運びながら、とろけるように優しい声で言った。「4時間も煮込んだんだ。丁寧にアクと油も取り除いたからね」明里の青白い顔がほんのり赤らむ。明里はスプーンにそっと口をつけ、スープをすする。長いまつげが照明の光を浴びて、影を落としていた。「勇太、あなたがここにいてくれたら、高橋さんは……」「奈津美は気にしないよ」勇太は明里の言葉を遮った。その口調は、まるで自分に言い聞かせているかのようでもあった。「奈津美は、そういうことでとやかくいうようなやつじゃないから」しかし、勇太が器を置いた時、スプーンがガラスのテーブルに当たって、カチャンと甲高い音を立てた。その音は、まるで一本の針がこめかみに突き刺さったかのようだった。もう、3日になる。奈津美から3日間なんの連絡もない。勇太は携帯を取り出した。待ち受け画面に、奈津美の穏やかな寝顔が映し出される。【17:03:奈津美、今日は遅くなるね】【22:47:まだ怒ってるのか?】【今日09:15:奈津美、電話に出てくれ】最後のメッセージは今朝送ったものだ。しかし、自分が送ったメッセージを示す緑の吹き出しが、トーク画面にぽつんと表示されているだけだった。「ちょっと電話してくる」勇太が急に立ち上がったので、その拍子にスーツの裾を椅子を引っかけ、倒してしまった。廊下の突き当たりにある非常階段で、勇太は三度目の発信ボタンを押す。「おかけになった電話番号は、現在電波の届かない……」という機械的なアナウンスが繰り返されるだけだった。その声が、誰もいない階段に不気味に響き渡る。次に勇太は、空に電話をかけた。「荒井、今から家の方へ行ってくれないか?」勇太は少し考えこんだ後、奈津美の安否確認だとは言わず、家のセキュリティシステムの点検だと告げた。30分ほどして、空から連絡があった。「社長、邸宅の警備システムは全て正常です。ただ……」「ただ、何だ?」「キッチンのディスポーザーが3日間、作動していません。スマートホームの記録によれば、最後に使われた
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第13話

勇太は最悪の可能性を信じたくなかった。携帯を取り出し、再び空に電話をかける。「今すぐ奈津美の行方を調べろ。使える手は全部使って、地の果てまで探してでも彼女を見つけ出すんだ」電話の向こうで空がすぐに対応してくれた。しばらくの間、勇太の耳にはキーボードを叩く音だけが響く。勇太はこれほど時間が長く感じたことはなかった。しばらくして、空の躊躇いがちな声が聞こえてきた。「社長、高橋さんの個人情報が……全て抹消されています」個人情報を抹消?奈津美はなぜ、突然こんなことを?自分がいない間にいったい何があったんだ?勇太のまつ毛が震え、手のひらは知らず知らずのうちに固く握りしめられ、血の気を失っていた。手のひらに走る鋭い痛みが、勇太を我に返らせる。そうだ……あのネックレス!あのネックレスに、奈津美の行方に関する手がかりがあるかもしれない。勇太は勢いよく書斎に駆け込み、録画映像を再生した。しかし、目の前に映し出された防犯カメラの映像は、勇太の頭を真っ白にさせた。画面の中では、高い台の縁に立つ袋の中の人を、明里が嘲笑うかのように口元を歪めていた。そして、袋の中の人がもがいた瞬間、布がずり落ちてその顔が見えた。勇太は息が止まった。青白い顔、乱れた長い髪、口の端から滲む血。奈津美だった。奈津美は自分の方を見つめ、唇を震わせて何かを言おうとしているようだった。しかし次の瞬間、自分の手によって突き落とされた。ドシャーン――監視室に水しぶきの音が響き渡る。だが、勇太の耳には、甲高い耳鳴りしか聞こえていなかった。ネックレスを固く握りしめる勇太の指の関節は白くなっていた。喉の奥からは、生臭い血の味がこみ上げてくる。突然、勇太は何かに気づいたのか、動画を巻き戻した。そして、ぴたりと指を止める。そこには、明里のはっきりとした笑みがあった。まるで、画面の前の勇太を嘲笑っているかのようだった。見慣れないその顔を食い入るように見つめる勇太の呼吸が、次第に荒くなっていく。その時、再び携帯の着信音が鳴った。「社長、病院から……」電話の向こうから空の声が聞こえてきたが、勇太はそれを乱暴に遮った。「車を用意しろ」勇太の声はひどくかすれていた。「今すぐ向かう」タイヤが地面を擦り、甲高い悲鳴をあげる。勇太が病院に着く
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第14話

青白い光に照らされている勇太の社長室。デスクの上には、ファイルが山のように広げられていた。その多くは、明里がこれまでいかに陰で勇太と奈津美の関係を壊そうとしてきたかを示すもので、中には探偵がまとめた報告書の束もあった。写真、録音データ、送金の記録。そして、あの時のチンピラたちの証言までもが揃っていた。「明里さんに頼まれたんです。ひと芝居打ってくれって。それに、報酬は弾むからと……襲うふりだけで、本当に手出しするつもりは全くありませんでした……陣内社長が信じてくれさえすれば、後から追加で報酬をくれるとも言っていました……」勇太は、指の関節が白くなるほど拳を握りしめた。その瞳の奥では、どす黒い感情が渦巻いている。最初から最後まで、全ては明里が仕組んだ芝居だったのだ。そして自分は、心から愛した人を、この手で地獄へ突き落としてしまった。しかし、ボディーガードに「案内」されて社長室に入ってきた明里は、まだ甘えるような笑みを浮かべていた。「勇太、どうしたの?そんなに慌てて私を呼ぶなんて……」明里が言い終わる前に、書類の束がその顔に叩きつけられる。「どういうことだ?」勇太の声は、氷のように冷ややかだった。床に散らばった書類。その中にあった写真や送金の記録に気づくと、明里の顔からは笑顔が消えた。「私……私からちゃんと話させて!」明里は慌てて床にかがみ込み、震える手で書類を拾おうとした。「これはきっと誰かの罠だよ!そうだ、高橋さんに違いない。彼女は私を恨んでるから……」「奈津美だと?」勇太は目の前の女を見つめ、驚くほど冷静な声で言った。そしてデスクの引き出しからボイスレコーダーを取り出し、再生ボタンを押す。「身の程知らずだったあの女が悪いんだから……」明里の甲高く、悪意に満ちた声が社長室に響き渡った。明里の顔からはみるみるうちに血の気が引いていく。明里はなんとか笑顔を取り繕うと、書類を脇に投げ捨て、ゆっくりと勇太のもとへ歩み寄った。「勇太……信じて。私は本当にこんなことしてない……」勇太の冷え切った視線を浴び、明里の呼吸は次第に荒くなる。「信じて……私はあなたをこんなに愛しているんだから……」「愛してる?」勇太は嘲るように言うと、明里の顎をぐいと掴んだ。「こんな真似をしておきながら、よくも俺を愛してい
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第15話

精神病院の廊下で、勇太は佇んでいた。冷たい蛍光灯の光が彼の影を長く伸ばす。勇太の手には書類が握られていた。そこには、明里が長年にわたって犯してきた罪が、詳細に記されている。会社の金の横領、詐欺、傷害。そして、奈津美を巧妙に陥れた手口までの全てが……病室のドアが開くと、隅の方で明里が体を丸めていた。顔には包帯が巻かれている。自傷痕らしい。顔を上げた明里が勇太の姿を見つけると、その目に一筋の希望を宿した。「勇太……私を助けに来てくれたの?」弱った体で膝立ちのままにじり寄ろうとするが、どうやら力が入らないようだ。明里はボロボロになった姿で床に這いつくばり、勇太のズボンの裾を必死に掴む。勇太は答えずに、ただゆっくりと明里の前にしゃがみ込み、冷たい目で見下ろすだけだった。そして、低く静かな声で話しかける。「明里。俺がなぜここに来たか分かるか?」明里は震えながら首を横に振った。涙が頬を伝う。「私……私が悪かったの。本当に、ごめんなさい……」「悪かった?」勇太は鼻で笑うと、書類を明里の目の前に投げつけた。「これが、お前の言う『ごめん』か?」書類に書かれた内容に目を落とした瞬間、明里の顔からは血の気が引いた。明里が必死に首を振る。「ちがう!こんなこと私はやってない!誰かに嵌められてるんだよ、きっと!勇太!信じて……お願い、私を信じて!」「嵌められているだと?」勇太は身をかがめ、明里の顎を骨が軋むほどの力で鷲掴みにした。「お前の戯言を、俺がまだ信じるとでも思てるのか?」ぱっと手を離すと、勇太はハンカチで自分の指を拭った。その顔には、心の底からの嫌悪感が浮かんでいる。その仕草が、明里の心を深く抉った。彼女は獣のように勇太に飛びかかる。しかし、あっけなく蹴り飛ばされた明里は、床に尻もちをつきならが、ヒステリックに叫び出した。「勇太!なんてことするのよ!あなたを愛しているのに!私がしたことは、全部あなたのためだったのに!」「俺のためだと?」勇太の眼差しから、最後の温度が消え去った。「お前は自分の欲望のために、俺と奈津美の全てを壊したんだ。それが、俺のためだとでも言うのか?そうか。それなら今度は、俺がお前のために何かをしてやる番だな」勇太は振り返ると、入口に立つ医師にアイコンタクトを送る。「今日から、こいつの治療方針は俺が決めるから
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第16話

勇太は、かつて奈津美と暮らした邸宅の前に立っていた。手の中の防犯カメラの映像は、もう数え切れないほど見返していた。でも、防犯カメラの記録はすっかり消されていて、役に立ちそうな手がかりはまったくなかった。「探し続けろ」勇太の声はかすれ、目は血走っていた。「たとえ東都をひっくり返してでも、奈津美を見つけ出すんだ!」空が気まずそうに書類を差し出す。「社長、高橋さんの個人情報はすでに抹消され、出入国記録も消されていました……」勇太は指の関節が白くなるほど、ぐっと拳を握りしめた。それから、勇太は狂ったようにあらゆる人脈を使い、さらには莫大な懸賞金までかけて奈津美を探した。しかし、奈津美はまるで蒸発したかのように、まったく足取りがつかめなかった。勇太はかつて二人で行った全ての場所を訪れた。高校のキャンパス、遊園地、山頂の神社。奈津美が留学していた海外の街にまで足を運んだ。でも、いつも空振りに終わった。勇太は頻繁に夢を見るようになった。夢の中で、奈津美は血の海に立ち、冷たく彼を見つめて言うのだ。「勇太、あなたが私を地獄に突き落としたのよ」はっと目を覚ますと、シャツは冷や汗でぐっしょり濡れていて、心臓がまるで誰かに抉り取られたかのように痛むのだった。勇太は捜索範囲を広げ始め、会社の仕事さえ手につかなくなっていた。飛行機を乗り継いで国から国へと渡り歩き、あの見慣れた姿を探し求めた。3ヶ月後、勇太はモンテーニュ通りの高級ブティックの前に立っていた。その目は虚ろに、ショーウィンドウのウェディングドレスを見つめている。奈津美はかつて言っていた。シンプルなサテンのドレスが好きだと。レースもダイヤもいらない、ただの純白なドレスがいいと。勇太は自嘲気味に口の端を歪めた。あの日々はもう泡のように消えてしまい、今となっては奈津美がどこにいるのかさえ分からない。ふと、視界の隅に見慣れた姿が映った。滝のように流れる黒髪、華奢な後ろ姿……歩き方まで、夢に出てくる彼女にそっくりだった。勇太の心臓はどきりと跳ね、ほとんど本能的にその後を追いかけた。「奈津美!」女は振り返らず、そのまま歩き続けた。勇太は歩を速め、彼女の腕をつかもうと手を伸ばす。しかし次の瞬間、一台の黒いセダンが女の前に停まった。ドアが開き、スーツ姿の男が彼女
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第17話

奈津美が陣内グループにただならぬ関心を寄せていることに、達也が気づいたのはこれで三度目だった。達也は書斎の入口に立っていた。デスクライトに照らされた奈津美の華奢な背中は、ぴんと張り詰めている。手にしたペンが紙に残す筆跡は、とても鋭いものだった。これはデータの分析なんかじゃない。まるで……仇を解剖しているみたいだった。「また陣内グループの報告書を読んでいるんですか?」達也はホットミルクを手に、わざと少し足音を立てて部屋に入った。奈津美の指が微かに震え、彼女は素早くファイルを閉じた。「いつもの分析ですよ」そう言ってミルクを受け取ると、完璧な笑みを浮かべる。「未来のライバル企業を、早めに知っておきたいので」達也は、奈津美の嘘に気づかないふりをした。この3ヶ月、奈津美は他のどの会社よりも熱心に陣内グループを調べていた。時には、明け方まで没頭していることもあった。でも、達也がそのことに触れようとすると、彼女はいつも巧みに話を逸らすのだ。特に、この間のことがあってからは。結局達也は、「あまり無理はしないように。明日は朝から会議なんですから」と言ってカップを置くだけだった。奈津美は頷いたが、その視線はもう書類の山に戻っていた。達也が書斎のドアを閉めると、再びペンが紙の上を走る音が聞こえた。それは、まるで彼女の執念が形になったような音だった。午前3時17分。鋭い悲鳴が、静まり返った邸宅に響き渡った。達也はベッドから飛び起きた。医師としての本能が、彼を一瞬で覚醒させる。声は奈津美の寝室からだった。達也はスリッパも履かずに、奈津美の部屋へ駆けつけた。ドアを開けると、目の前の光景に達也の心臓は凍りついた。奈津美はベッドと壁の隅でうずくまり、両手で自分の首を強く絞めていて、顔は血の気がなく、真っ青だった。ネグリジェは冷や汗でぐっしょりと濡れ、痩せた背中に張り付いている。奈津美はまるで風に震える木の葉のように、がたがたと震えていた。達也が何より息をのんだのは、奈津美の目だった。瞳孔は開ききって焦点が合わず、まるでここにないはずの恐ろしい光景を見ているかのようだった。「リンさん!」達也は奈津美の前に片膝をついたが、下手に体に触れることはできない。「俺を見て!俺の声が聞こえますか?」返事はない。奈津美の呼吸はどんどん速く
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第18話

「最初に鼻に水が入ってきて、焼けるように痛いんです」奈津美の声はすごく小さくて、まるで他人の話をしてるみたいだった。「それから肺が痙攣して、息を吸おうとしても、もっと水が入ってくるだけで。そして、一番怖いのは……」彼女が顔を上げた。「自分の命が少しずつ消えていくのがはっきり分かるのに、何もできないことなんです」達也は、奈津美の左手の薬指が不自然な形に曲がっているのに気づいた。骨が折れたあと、ちゃんとした手当を受けられずに、そのまま固まってしまったんだろう。「夢で見たんです……」奈津美は急に立ち上がるとデスクに向かい、一番下の引き出しから一つの茶封筒を取り出した。「これを、見てください」達也は、ずっしりと重いその封筒を受け取った。中から出てきたのは、何枚もの写真とカルテ、そして……しわくちゃになった奈津美の戸籍抄本。「じゃあ、これが君の本当の……」達也は言いかけて、言葉を失った。目の前に広がる光景に、ただただ驚くしかなかった。写真には、血の海に倒れている奈津美が写っていた。おでこには痛々しい傷跡があって、彼女の下のカーペットはどす黒い赤色に染まっている。カルテには【肋骨三本骨折、右手人差し指の粉砕骨折、肺に水が溜まり……】と書かれていた。「これは……」「勇太にやられました」奈津美の声は、不思議なほど落ち着いていた。「彼は私の元夫なんです……」奈津美の言葉が一瞬途切れた。そして、彼女の視線がその戸籍抄本へと移る。「いいえ、違いました。私たち、実際には何の関係もないんです」奈津美が自嘲気味に笑った。「彼は袋の中にいるのが自分の妻をいじめたチンピラだと思っていました。でも、その中にいたのは……私だったんです」達也が次のページをめくると、防犯カメラの映像を切り取った画像があった。背の高い男が、麻袋をかぶせられた人を何度も飛び込み台からプールに突き落としている。その隣には、見目麗しい若い女が、口元に笑みを浮かべて立っていた。「彼女の名前は陣内明里です」奈津美は、その女を指さした。「あの男の、正式な奥さんで……そして私は、ただの笑い者ですね」達也は、奈津美がなぜそこまで陣内グループに執着するのか、ようやく理解した。これは普通のビジネス上の競争ではない。骨の髄まで染み込んだ、深い憎しみだったのだ。「だから、あいつを破滅させてや
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第19話

奈津美はT&Nグループの最上階で、窓の前に立ち、街全体を見下ろしていた。窓ガラスには自分の姿が映っている。指先にはワイングラス。暗い赤色の液体が、グラスの中で静かに揺れていた。それはまるで、あの日彼女が血の海に倒れた時の色のようで……秘書の加藤健二(かとう けんじ)がノックして入ってきて、丁寧に書類を差し出す。「社長、陣内グループの株価がさらに5%下落しました。陣内社長の最近の経営判断について、市場はかなり懐疑的です」奈津美は書類を受け取ると、唇の端に冷たい笑みを浮かべた。「順調ね」彼女は陣内グループの最近の財務報告書をめくり、ある数字の行を指先でそっと叩く。勇太は、かつて明里が横領した資金の穴を埋めるため、すでに名義の資産をかなり売却していた。「うちが持ってる陣内グループの社債を売り続けて」奈津美は書類を閉じ、落ち着いた声で言った。健二は少し躊躇った。「しかし……陣内グループがあまりに早く倒産すると、我々の投資の一部も損失になってしまいます」奈津美は顔を上げ、目に鋭い光を宿す。「かまわない。そんなこと、どうでもいい」奈津美にとって大事なのは、勇太がかつて一番大事にしていたものを、どうやって少しずつ失っていくか、それだけだった。かつての自分が全てを失ったように。陣内グループでは、勇太がオフィスでパソコンの画面を睨みつけていた。株価のグラフは暴落の一途をたどる。株主からの電話が次々とかかってきたが、彼はあまりのうるささに、携帯をマナーモードにした。「裏で誰が操っているのか、はっきりさせろ」勇太は冷たい声で空に言った。空は額に冷や汗をにじませた。「すでに調査しました……資金の流れは海外の新しい投資会社からなのですが、バックが強くて、今のところ実質的な経営者が分かりません」勇太は眉を顰め、ふと何かを思い出した。「会社名は?」「T&Nです」勇太はその名前を何度も口ずさむ。何かを理解したかのように、瞳が微かに揺れた。奈津美。彼の瞳が急に細められ、無意識に握りしめた万年筆から、インクが書類に滲んでいく。奈津美なのか?戻ってきたのか?個室で座る奈津美の向かいには、陣内グループのかつての財務部長、北条青斗(ほうじょう あおと)がいた。青斗は手をこすり合わせ、視線を彷徨わせる。「あのう、約束し
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第20話

勇太の嫌な予感は、やはり的中してしまった。陣内グループの株価がようやく安定してきた矢先、まるで示し合わせたかのように、複数の投資機関が一斉に資金を引き上げた。その結果、株価は暴落し、これまでにないほどの最安値を記録する。勇太は大きな窓の前に立ち、こぶしをきつく握りしめた。彼の後ろに立つ空は、息を殺すことしかできなかった。「北条は?」「もう……連絡がつきません」その言葉で、オフィスは水を打ったように静まり返った。空は額の汗をぬぐいきれない。もし自分が調べてきたことを報告すれば、自分のキャリアもここで終わりかもしれないと思ったのだ。「あの投資機関の所有者は分かったか?」やはり来たか。空は一度目を閉じ、手にしていた資料をデスクに置いた。「社長、調査の結果、例の投資機関はそれぞれ別々の会社がバックについていました。しかし、その会社は……全て、T&Nグループの傘下にあることが判明しました」その言葉を聞いても、勇太は驚かなかった。むしろ、「やはりか」と腑に落ちるような感覚さえあった。直感が告げていた。T&Nは、奈津美なのだと。奈津美が、自分に復讐しにきたのだ。そういうことなら……T&Nのオフィスビルの前で、勇太は立ち尽くしていた。スーツには皺がより、その目は真っ赤に充血している。もう3日間も、勇太はここで待ち続けていた。しかし、受付は勇太の面会依頼を丁寧ながらも冷たく断り続けたし、警備員も彼が無理やり入ろうとするたびに、警戒して行く手を阻んだ。だが、もう我慢の限界だった。「どけ」それは、恐ろしいほど低い声だった。警備員が反応する間もなく、勇太は彼を突き飛ばすと、エレベーターホールへと突き進んだ。今日こそ、奈津美に会わなければならない。最上階にある社長室のドアが、乱暴に開け放たれた。奈津美が大きな窓を背にして座っていた。勇太に背を向けたまま、手にした万年筆で、書類の上に鋭い一本線を引く。「陣内社長」奈津美は振り向きもせず、静かな声で言った。「許可なく会社に立ち入るなんて。警察を呼んでもいいのだけれど」勇太は息を呑んだ。この声は……夢の中で、数えきれないほど聞いた声。それが今すぐそこにあるのに、まるで知らない人のように冷たかった。「奈津美……」勇太はかすれた声で一歩踏み出す。
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