愛人の娘が、この家に引き取られた日のことだ。父の後ろにおどおどと隠れる彼女。けれど父は、何事もないかのように私へ笑いかけた。「寧々。お前が一番大切な娘であることに変わりはないんだよ」兄も私・如月寧々(きさらぎ ねね)の頭を撫でて、優しく言った。「俺の妹は、永遠にお前ひとりだけだ」けれど、その言葉はただの呪いだった。私の部屋も、愛用していたピアノも、三年間徹夜を重ねてやっと勝ち取ったデザイン賞の栄誉さえも、気づけばすべて彼女のものになっていた。そして決定的だったのは、あの夜。如月依莉(きさらぎ えり)は私がデザインしたドレスを身に纏い、私の婚約者の腕に絡みつきながら、婚約披露宴の主役として笑っていた。全身の血が凍りつくようだった。席を立とうとした私の両肩を、父と兄が左右から死に物狂いで押さえつける。「寧々、わきまえなさい。大人になるんだ」父の低い声が、ごうごうと耳鳴りのように響いた。その晩、私は浴室で手首を切った。赤く染まっていくバスタブの水面を眺めながら、意識を手放した。次に目を覚ました時、病室にいた父はひどく渋い顔をしていた。てっきり心配してくれるのだと思った私の期待は、最初の一言で打ち砕かれた。「依莉は心臓が弱いんだ。血など見せられたら発作を起こしかねない。こんな悪ふざけで彼女を脅すのは、もうやめなさい。いいかい?」兄も深いため息をつく。「あの子は妹なんだぞ。お前が姉として譲ってやれ。不満があるなら、俺に言えばいいだろう」その瞬間、憑き物が落ちたように頭が冷えた。ああ、そうか。この家族はもう、私にはいらない。……退院の日が決まると、私は長年疎遠になっていた番号へ電話をかけた。「……叔父さん。私、白川の家に戻りたいの」受話器の向こうで短い沈黙があり、やがて震える声が響いた。「寧々……!やっと、帰ってくる気になったか」通話を終えると、父が迎えにやってきた。父は自らハンドルを握り、車内では甲斐甲斐しく私の体調を気遣った。まるで良き父親そのものだった。けれど車が停まったのは自宅ではなく、街外れのマンションの前だった。「寧々、ここは静かだし、内装もお前の好きなテイストにしてある。療養するには一番いい環境だろう」父は慈愛に満ちた表情で、私の頭を撫でる。
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