LOGIN如月家で、長きにわたり冷遇され続けてきた如月寧々(きさらぎ ねね)。 愛人の娘である異母妹・如月依莉(きさらぎ えり)の出現により、彼女は自分の部屋をはじめ、積み上げてきた名誉、そして婚約者さえも奪われてしまう。 何より寧々を絶望の淵に追いやったのは、実の父と兄による依莉への理不尽な偏愛と、自分に向けられる冷酷な仕打ちの数々だった。 「もう、この家には何の未練もない」 如月家との決別を誓った彼女は、亡き母の旧姓である「白川」を名乗り、叔父の支援を受けて再びデザインの世界へと舞い戻る。 圧倒的な実力を武器に、かつて自分を蔑ろにした如月家や元婚約者の周防家を実力でねじ伏せ、彼らに相応の代償を支払わせていく。 そしてついに国際デザインコンテストで頂点に立った寧々は、誰にも邪魔されない、輝かしい第二の人生を歩み始める――
View More私は何も答えず、窓の外で舞う落ち葉に目をやった。深まりゆく秋の風は冷たく、カサカサと乾いた音を立てて葉を転がしていく。ノックとともに叔父が入ってくると、航は一礼して静かに部屋を出て行った。「……何を考えているんだ?寧々」私は手元でペンをくるりと回し、ふっと笑う。「考えていたの。もし如月隆がこのまま死んだら、依莉は正真正銘の殺人犯ね。……将来、二人の墓石に赤いペンキで落書きをしたら、さぞかし『綺麗な』絵が描けるんじゃないかって」叔父は困ったような、それでいて温かい手つきで私の頭を撫でた。「よせ。あんな連中の墓を汚すために、お前の手を汚す価値もない」その時、執事が恭しい態度で入室してきた。「お嬢様。周防聖さんが面会を求めております。門の前で四時間も跪いたまま、お会いできるまで一歩も動かないと……」私は視線を落とし、画用紙の上に最後の一線をシュッと引く。「伝えて。周防家を守りたいのなら、ただ跪いているだけじゃ足りないわ――とね」「かしこまりました」夜の帳が下り、闇が深まる頃。私はモニターに映し出される映像を冷めきった目で見つめていた。門前のカメラには、車のトランクから重そうな麻袋を引きずり下ろす聖の姿が映っている。彼はそれを玄関前に乱暴に放り出した。航が部下を率いて確認に向かう。袋の口が開かれ、中身が露わになる。――あざだらけになり、見るも無惨な姿をした修だった。彼の右脚は、かつての私のように、あり得ない方向へと捻じ曲がっていた。私は瞬き一つせず、その画面を凝視し続けた。「お嬢様、如月修です」インカム越しの航の声も硬い。「頭部への打撃痕、肋骨の骨折が二箇所、そして右脚の骨が完全に砕かれています」私は立ち上がり、凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをした。「……あとは叔父さんに任せるわ。こういう危険な害獣たちよ、一匹残らずきっちりと始末をつけてもらいましょう」「承知いたしました」結末は、あっけなく訪れた。聖は傷害容疑で逮捕され、そのまま収監された。周防家は如月家に続くように没落し、すべての資産を競売にかけられ、一家離散の憂き目に遭った。修はどうにか一命を取り留めたものの、右脚に深刻な障害が残り、二度と松葉杖なしでは歩けなくなった。彼は絶望のあまりアルコー
唐突な問いかけに、聖はぽかんと口を開けた。だが、航は即座に主意を汲み取ったようだ。聖の襟首を無造作に掴み上げると、有無を言わさず池の畔まで引きずっていき、そのまま勢いよく蹴り落とした。ドボォン!派手な水柱が上がる。「ぶはっ、ううっ……!」晩秋の水温は容赦がない。聖は全身を震わせながら水面から顔を出し、必死の形相で岸にしがみつこうとした。私はゆっくりと近づき、縁石にかかった彼の指先を、ヒールの底で冷酷に踏みつけた。「前回はあなたが水をご馳走してくれたものね。だから今回は私が、水をたっぷりと奢ってあげる。遠慮せず、そこで頭を冷やしなさい」聖の顔色が変わった。あの日、車内で私に睡眠薬入りの水を手渡し、意識を奪った卑劣な行いを突きつけられたのだと理解し、その瞳が恐怖で染まる。彼は骨まで凍みる冷水に浸かりながら、ガチガチと歯を鳴らすばかりで、もはや岸に上がろうとする気力さえ失っていた。屋敷に戻ると、執事が恭しく出迎えてくれた。「お帰りなさいませ、お嬢様。靖之様より伝言がございます。如月建設の資金が、ついに底をついたとのことです」それから一週間も経たないうちに、如月建設の倒産は決定的なものとなり、経済ニュースの一面を飾った。債権者たちが如月の実家を取り囲み、連日借金の返済を叫ぶ怒号が響いているという。叔父は自慢のコレクションからヴィンテージものの白ワインを開け、上機嫌で乾杯してくれた。芳醇な香りが舌の上で広がる。それはまるで、私の胸の内で果てなく広がっていくカタルシスのようだった。ふと、テーブルの上のスマートフォンが震えた。画面に表示されたのは、父・隆の名前だった。通話ボタンを押すと、長い沈黙が流れる。やがて、しわがれた声が漏れ聞こえてきた。「……寧々。会えないか」「場所は?」指定されたのは、目立たない路地裏にある会員制クラブの個室だった。ドアを開けると、ソファに深く沈み込んだ父の姿があった。数ヶ月会わないうちに、彼は10歳以上も老け込んだように見えた。髪はすっかり白くなり、かつての威厳ある背中は小さく丸まっている。私が入室すると、彼はどこかぎこちなく立ち上がり、媚びるような笑みを浮かべてメニューを差し出した。「寧々、よく来てくれたね。さあ、何でも好きなものを頼みなさい。父さんが
彼は私の手を握ろうと腕を伸ばしかけ――けれど触れる寸前になって、ためらうように指を引っ込めた。「寧々、少し話せないか。いや、いっそ家に帰ろう。お前、家政婦のサチさんが作る筑前煮が好物だっただろう?言えばすぐにでも作らせるから」私は彼を冷ややかに見下ろす。「あら。てっきり私に返すものがあって待っていたのかと思ったわ」修は虚を突かれたように一瞬ぽかんとしたが、やがて自嘲気味に笑った。「……ああ、そうだよな」彼はスーツのポケットから小さなジュエリーボックスを取り出し、私に差し出した。蓋を開けると、そこには母の形見の翡翠のネックレスが収まっていた。胸の奥に温かいものが広がり、張り詰めていた気が少し緩む。退院後、叔父が探しに戻ってくれた時には見つからなかったものだ。十中八九、あの家の誰かが持ち去っていたのだろうと思っていたが、案の定だった。私はパチンと蓋を閉めると、そのまま踵を返して歩き出した。「待ってくれ!」修が私の手首を掴む。「寧々、本当にお前は……家が恋しくないのか?」「家?」あまりの滑稽さに、つい声を出して笑ってしまった。私は乱暴に腕を振り払い、彼の拘束を解く。「あれが私の家だとでも?冗談でしょう。私はあなたたちが『家』と呼ぶあの場所で、殺されかけたのよ。もっと正確に言えば……兄さん、あんたの手で殺されかけたの」修の喉仏が大きく上下した。鋭利な刃物のような私の言葉に貫かれ、彼はよろめくように半歩後ずさり、体をふらつかせた。「父さんが倒れたんだ……急性心筋梗塞で、三度も心肺停止になって、やっと一命を取り留めた。父さんもすごく後悔してるんだ、どうしてもお前に一目会いたいって……」私は足を止めない。振り返りもしない。あの男が死のうが生きようが、私には何の関係もないことだ。母が危篤の時、彼は海外での商談が外せないと言って帰ってこなかった。でも後になって知ったのだ。商談などではなく、依莉を連れて海外へバカンスに行っていたことを。母は最後まで父の帰りを待ち続け、その願いも叶わぬまま息を引き取った。いま彼が苦しんでいるのなら、それはすべて自業自得というものだ。「寧々!」背後で、修が崩れ落ちそうな声で叫んだ。「お前はまだ如月家の人間だろう。どうしてそこまで非情になれるんだ!」
私は、鼻で笑ってしまった。彼の口から紡がれる「心配」という言葉が、吐き気を催すほど白々しく響く。私は優雅な所作で椅子に腰を下ろすと、射るような流し目を彼に向けた。「……兄さんのおかげで、折られた脚の骨が時々うずくのよ。雨の日なんかは特にね」その一言で、修の顔からさっと血の気が引いた。彼はうろたえたように視線をさまよわせたが、それでも諦めきれないといった様子で、対面の席に重く腰を下ろした。私から目をそらすまいと必死だ。「俺たちも……あれから調べたんだ。まさか、あの時、袋の中にいたのが……」修は口をパクパクと開閉させたが、肝心の言葉をどうしても吐き出せないようだった。兄が、実の妹の脚を自らの手でへし折ったのだ。衆人環視の中で認めるには、あまりに残酷で、あまりに恥ずべき事実だろう。私は小首をかしげ、とびきり無邪気で残酷な笑みを向けてやった。「私だったのよ。兄さん、誰だと思って殴り続けたの?……それとも、可愛い依莉のためなら、誰の脚を何本叩き折ろうがどうでもよかったのかしら?」「寧々!」テーブルの上で拳を握りしめ、修がしわがれた声を絞り出す。「違う、あの時は依莉のことで頭がいっぱいで、冷静じゃなかった……俺が馬鹿だったんだ。信じてくれ、もしお前だと分かっていれば、俺は自分の脚を折ってでも……!」「はい、そこまで」私は彼の懺悔をばっさりと切り捨て、椅子の背もたれに深く体を預けた。「兄さん。ここは一条グループの会議室であって、教会の告解室じゃないわ。あんたの安っぽいお涙頂戴劇なんて、三文芝居も見飽きたところよ」「寧々……お前が信じてくれないのも、無理はない。分かってる」修の目元が赤く滲む。「今回、白川側の代表デザイナーがお前だと知って、俺はここに来たんだ。どうしてもお前と話がしたくて」「ふうん」私はテーブルを指先でトントンと軽く叩きながら、気のない相槌を打つ。「私が自分の手で、如月建設にとどめを刺すところを見に来たのね?」「なっ……」「今の如月は倒産寸前でしょう?このプロジェクトを逃せば、もう後がない。まさに最後の命綱ってわけだ」私はにっこりと微笑んで宣言する。「残念だけど、その命綱、私が断ち切らせてもらうわ」修の瞳孔がきゅっと収縮するのが見えた。彼は信じられないもの