Alle Kapitel von 血月の誓い 〜生贄の一族と吸血鬼の花嫁〜: Kapitel 11 – Kapitel 20

33 Kapitel

第11話 逃走の果てに

「篝、早く!」 結城蓮の声が、まるで今にも千切れそうな糸のように震えながら、森の闇を裂いた。 その手が篝の腕を強く引き、崩れ落ちそうな彼女の身体を無理やり支えようとする。 呼吸は浅く、焦燥と恐怖の入り混じった叫びが、ざわめく木々に吸い込まれてなお、篝の耳の奥にこびりついていた。 篝は、その手を拒めなかった。 けれど心だけは、たしかにあの遠ざかっていく灯の影へしがみついたままだった。「……灯」 小さく零れた声は、風に散る露のようにか細く、頼りない。 胸を刺すような痛みが、喉の奥へせり上がってくる。 助けたい、戻ってきてほしい。 ただそれだけを願っているのに、何ひとつ届かない。 結城に引かれる足は地面から離れがたく、それでも止まることは許されなかった。 背後では、生徒たちの悲鳴と、木々を裂く斧の音が遠く反響していた。 そのすべてを包み込むように、影月の気配が夜へ染み込んでいく。 まるでこの夜そのものが、あの男の狂気に侵されていくみたいだった。 ――そして、影月。 その男は森の闇の中、篝の背をじっと見つめていた。 無言のまま、燃えるような視線だけを送り続ける。 その瞳の奥には、静かに煮え立つような感情が宿っていた。「……ふん」 小さな舌打ち。 けれどそれだけで、空気が凍りついたような気がした。「他の男に……触れられて、引かれて……」 唇がゆっくりと歪む。 怒りとも、嫉妬ともつかない感情が、じわじわと彼の顔を蝕んでいく。「篝は……俺のものだ」 低く吐き出された声。 それはもはや愛ではなかった。 手に入れるべき所有物へ向ける、歪んだ執念。 まるで呪いみたいに、その言葉は夜気へ溶けて消えていく。「逃げてみろ…&helli
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第12話 逃れられぬ囚われ

 影月の指が、篝の腕を掴んだ。 その力は容赦がなく、まるで鉄の枷でもはめられたかのように、篝の細い腕へ食い込んでくる。 どうしてこんな細い指に、これほどの力があるのか。 理不尽さに、舌打ちしたくなるほど腹が立った。「……っ」 振り払おうとしても無駄だった。 影月の握力は人間のものではない。 篝の腕など、最初から逃がすつもりもないと言わんばかりに、容易く捕らえている。「……離せ……!」「嫌だ」「離せって言ってる!」「暴れるな。余計に可愛い顔が歪む」 力を込めて振り払おうとしても、影月はびくともしない。 むしろ、その抵抗さえ愉しんでいるように、目を細めた。「……お前は俺のモノだと言ったはずだ」「ふざけるな……誰が……!」「誰でもない。お前だ、篝」 低く囁く声が、篝の鼓膜を震わせる。 このままでは、影月の思うままにされる。 そんなのは絶対に嫌だった。 ――逃げないと。 必死に腕を振りほどこうとした、その瞬間。 影月のもう片方の手が篝の顎を掴み、強引に顔を引き寄せた。「――っ!」 間近に迫る影月の顔。 何をされようとしているのか、その瞬間の篝にはうまく理解できなかった。 ただ本能だけが、これは駄目だと叫んでいた。 目を見開き、必死に抗おうとする。 けれど影月の冷たい唇が、容赦なく降りてきた。「やめろッ!!」 鋭い叫びとともに、結城が影月の肩へ体当たりした。 唇が触れる寸前、二人のあいだにわずかな隙が生まれる。「篝、逃げろ!」「蓮っ!」「早く行け!」 結城は影月を押しのけようとする。 だが、吸血鬼の力に敵うはずもなかった。
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第13話 血月の誓い

「い、いてぇ……」「大丈夫か、蓮?」「へ、平気平気ッ!」 篝と結城は、宮守に導かれて村の外れへたどり着いた。 そこに広がっていたのは、もはや村と呼ぶにはあまりにも荒れ果てた光景だった。 草は深く生い茂り、崩れた家屋の跡だけが嘗てこの場所に人の営みがあったことをかろうじて示している。 一番ひどい怪我を負っているはずなのに、それでも自分と一緒に走ってくれた結城に、篝は胸の奥で小さく感謝した。 その一方で、彼の顔色の悪さが気になって、思わず覗き込むように問いかける。 だが、結城は痛みを隠すように笑っているだけだった。 けれどその笑顔の裏で、結城の頭には影月に無理やり唇を奪われた篝の姿がこびりついて離れなかった。「……俺は、お前を守れなかったし……」 小さく零れたその呟きは、篝には届かなかった。 同時に、宮守が静かに口を開く。「この村は……嘗ては普通の村だった。だが、あの双子が現れてから……全てが変わった」 篝は息を呑む。 結城もまた、その話に引き込まれるように耳を傾けていた。「双子の吸血鬼、影月と紅月が現れてから、村は恐怖に支配されていった。毎月、満月の夜になるたび、村人たちは【花嫁】と呼ばれる少女を選び、あの双子に捧げなければならなかった。それが、この村の生き延びるための掟だったのだ」「花嫁って……生贄のことか?」 篝が震える声で問いかける。「その通りだ……」 宮守は悲しげに目を伏せた。「彼らに捧げられた娘たちは、もはや死者のようなものだった。双子の力によって魂を奪われ、意思を失い、何もかも支配される。そうして村は次第に、『血月村』と呼ばれるようになった」 篝はその言葉に身を震わせた。 血月村。 その名はまるで、この土地そのものに
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第14話 血月の使者

「……」 ほんのわずかな休息――もうすぐ朝日が昇る時間だった。 宮守の話では、少なくとも昼のあいだ、あの双子は表立っては襲ってこないらしい。「……本当、漫画とかでよく見る感じ。吸血鬼って昼は駄目なんだ」 乾いた笑いを漏らしながら、篝は自分の手を見つめた。 この手を伸ばしていれば、灯を助けられたのかもしれない。 どうしてあのとき、灯の手を放してしまったのだろう。 考えても答えは出ないのに、そのことばかり何度も頭に浮かぶ。 一緒にいたはずの片割れが、今はもう隣にいない。 どんな思いをしているのか。 どんな気持ちでいるのか。 篝にはわからなかった。 それが、たまらなく苦しかった。「……灯」 どうにかして助けなければ。 そう思いながら唇を噛みしめた、そのときだった。 背後から、何の前触れもなく冷ややかな声が響く。「――どうしたの、お姉さん?そんな顔して」 突然の声に、篝ははっと振り向いた。 そこに立っていたのは、白髪の吸血鬼――紅月だった。 穏やかな表情を浮かべているのに、その瞳の奥には篝の焦りも絶望も見透かしたような冷たさが漂っている。「お前……どうしてここに?」 篝が身構える。 だが紅月は、その警戒すら面白がるように口元を緩めた。「灯のことでしょう?今どうなってるか、話してあげようと思って」「え……ッ」 紅月はゆっくりと一歩踏み込み、篝の前に立つ。 その距離が縮まるだけで、空気がひやりと冷えた気がした。 篝は息を呑み、何も言えずに紅月を見つめる。 紅月は無駄に言葉を飾ることもなく、静かに、けれどどこか楽しげに話し始めた。「灯は、ただ選ばれたわけじゃないよ。あの子と出会ったこと自体、ある意味では【運命】だったんだ」
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第15話 二つの血、ひとつの運命

「すべては、運命なんだよ、お姉さん」 そう言いながら、紅月はくるりと一回転してみせた。 まるで戯れる子どものような仕草なのに、その言葉だけが妙に重く、篝の胸に沈んでいく。「僕たち――影月と僕、そして君の一族は、運命で繋がっている」「繋がっているって、どういう意味……」 篝は思わず息を呑んだ。 紅月の言う『運命』とは何なのか。 灯と自分の血に、どんな意味があるのか。 知りたくないのに、聞かずにはいられなかった。「灯と君の一族は、昔【生贄の一族】と呼ばれていたんだ」「【生贄の一族」?」「ずいぶん昔の話だからね。君の家では、もうそんなふうには伝わってないのかもしれないけど」 紅月は笑っている。 けれど、その何気ない口調の奥にあるものは重く、冷たい。 冗談で済ませられる話ではないことだけが、はっきりと伝わってきた。「その血は、僕たちにとって必要不可欠なんだ。特別な力を持っている。だから、灯が選ばれたのは決して偶然じゃない」 篝は目を見開いた。 灯が花嫁に選ばれたのは、ただ一族の血のせいだというのか。 それだけの理由で。 それだけの理由で、灯は奪われたのか。 怒りと困惑が入り混じり、頭の中がうまくまとまらない。 だが紅月は、篝の動揺など気にする様子もなく、さらに言葉を重ねた。「君と灯の一族の血は、僕たちの【血の契約】に深く関わっている。昔から君たちの一族は、僕たちに血を捧げる存在として生きてきたんだ」「そんな……」「だから灯も選ばれた。あの子が【花嫁】になることは、最初から決まっていたようなものだよ」 篝の喉がひくりと震えた。 そんな理不尽があっていいはずがない。 生まれた時から決められていた運命だなんて、そんなもの、認められるわけがなかった。「そんなこと、だったら灯じゃなくて、私でも――」「いや、灯じゃなきゃ駄目だった」
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第16話 見送る背で、誓うこと

「俺も行くからッ……!」「……」 紅月と別れて数時間後――昼の光の下、双子が潜むとされる場所へ向かう準備を進めていた篝に、結城蓮がまっすぐな瞳でそう言い放った。 本心では、彼を連れて行くのは危険すぎる。 そう思って、篝は止めたかった。 助けを求めるように宮守を振り返るが、老人は小さくため息をつき、首を横に振るだけだった。 篝は幼い頃から剣道を学び、運動神経も高い。 だが、結城は違う。真っ直ぐ向けられる篝の視線に、思わず結城はたじろいだ。「な、なんだよ……そんな目で見たって、絶対についていくからな!」「……蓮。お前と私は中学時代の同級生で、灯と三人でよくつるんでいた。そこまでは覚えてる」「お、おう……」「だけど結城……お前、戦えるのか?」「ぐっ……」「私の記憶が正しければ、お前は運動より勉強派だったよな?」 図星だった。 結城は昔から運動神経が良いほうではなく、そのことを篝もよく知っている。「……多分影月は、私を殺すつもりはない。それを逆手に取って懐へ入り込み、討つ」「じゃ、じゃあ……もう一人の男は?紅月は?」「……考えてる」 影月が自分を殺さないだろうという確信があるからこそ、篝は単身で向かう決意を固めていた。 あの男は、殺すよりも【自分のもの】として手に入れることを望んでいる。 自分を【花嫁】とまで呼ぶのだから――それを利用するしかない。(紅月のことは……灯を救ってからだ) 灯のそばには、間違いなく紅月がいる。 彼女を救い出すには、隙を突くしかない。 篝は、宮守から預かった【聖刀】を強く握りしめた。 すると背後から、宮守が低い声で語りかける。「何度も言うが、その刀を抜くには相応の覚悟が要る。何かを――いや、何か大切なものを犠牲にすることになるかもしれんぞ。それでも抜くのか?」「そのつもりだよ……でも、これ、全然抜けないんだけど」 篝は試しに何度か鞘から引き抜こうとしたが、びくともしない。 宮守はふっと息を吐き、言葉を継いだ。「その刀は意思を持っている。必要とされる時が来れば、自ら抜かせるだろう」「……本当に?」「ああ。少なくとも、私はそう信じてきた」 信じるしかない。 篝は再び、隣に立つ結城を見つめた。「私はお前を守れない。宮守さんと一緒に、ここにいてくれ」「でもっ……!」 その瞬間、篝
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第17話 花嫁の間

 篝が社の奥へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。 外の森に満ちていた湿った冷気とは違う。 もっと重く、もっと粘ついた、呼吸の奥にまで染み込んでくるような異質さだった。 古びた板張りの床は黒ずみ、壁には幾重にも札が貼られている。 けれどそれは守るためのものには見えなかった。 寧ろ、この場所に満ちる何かを閉じ込めて濃く煮詰めるためのもののように思えた。 天井からは赤い布が垂れ下がり、灯籠の火が不自然に揺れている。 赤い――何もかもが、妙に赤かった。 火も、布も、床に落ちる影までもが、血の色を薄く溶かしたように見える。 ――その中央に、灯はいた。 篝の足が、そこで止まる。 花嫁衣装を纏った灯は、ひどく静かに座していた。 白無垢のはずなのに、その白ささえどこか生気を吸われたように鈍く、長い髪は黒々と肩を流れ落ちている。 伏せられた睫毛は微動だにせず、細い指先は膝の上で行儀よく重ねられていた。 人形みたいだ、と篝は思った。 あれほどよく笑って、よく喋って、篝の腕にしがみついていた灯が、まるで最初から感情など持っていなかったみたいに、そこにただ置かれている。「……灯」 声にした途端、喉の奥がひりついた。 返事はない。篝は無意識に一歩、前へ出る。 靴裏が床を擦る小さな音が、やけに大きく響いた。 その気配に、灯の睫毛がかすかに震える。 ゆっくりと持ち上がった顔は、確かに灯のものだった。 けれど、その瞳の奥には薄い靄がかかったような虚ろさがあった。 何かを見ているようで、何も見ていない。 意識の表層だけをこちらへ向けて、そのもっと深い場所は別のところへ沈んでいるような目だった。 それでも、完全に壊れてはいない。 篝にはわかった。 あの目の奥に、まだ灯がいる。 薄く、遠く、今にも掻き消えそうなほど弱々しくても、確かに残っている。「灯、私だ。わかるだろ」 自分でも驚く
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第18話 届きそうで届かない

 灯の睫毛が、かすかに震えた。 篝はその微細な反応を見逃さなかった。 祭壇の中央、白い花嫁衣装に包まれた灯は、相変わらずひどく静かだったが、その目の奥にだけで揺れるものがある。 完全に奪われてはいない。 まだ届くかもしれない。 そう思った瞬間、篝の胸の奥で、今にも消えそうだった希望がじわりと火を取り戻した。「……灯、こっちを見て」 自然と声が強くなる。自分でも抑えきれなかった。 灯の唇がわずかに開く。 虚ろだった瞳が、ゆっくりと篝を捉えた。「……お姉、ちゃん……?」 その呼び方は、痛いほど懐かしかった。 篝の喉がつまる。胸の奥を何かが強く掻きむしった。 その一言だけで、記憶が溢れそうになる。 腕にしがみついてきた重み。 鬱陶しいほど近かった距離。 笑いながら名前を呼ばれる、あのどうしようもなく日常だった時間。「そうだ。私だ、灯。迎えに来た」 一歩、前に出て――床板が軋む。 祭壇を囲む赤い布が、風もないのにかすかに揺れた。 灯の表情が、ほんのわずかだけ変わる。 作り物みたいに無機質だった顔に、微かに戸惑いが浮かんだ。 まるで長い夢から目覚めかけた人間のように。「帰ろう……一緒に」 篝がそう言った瞬間だった。 ふ、と紅月が笑った。「そんなに急かさないでよ、お姉さん」 その声音は春先の風みたいに柔らかい。 まるで優しい兄が妹に言い聞かせるような、妙に穏やかな響きだった。 だが、その優しさの薄皮一枚下にあるものを、篝はもう知っている。 紅月は灯の肩へそっと手を置いた。 触れ方はあくまで穏やかで、乱暴さなど欠片もない。 それなのに、灯の身体はぴくりと震えた。 細い肩が強張り、そのまま首筋までかすかに強張っていく。
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第19話 囚われの花嫁

 影月の腕の中は思っていたよりもずっと冷たかった。 冷たいのに、その拘束は妙に丁寧だった。 乱暴に締め上げられているわけではなく、骨が軋むほど強く押さえつけられているわけでもない。 ただ、逃がさないと決めたものを静かに囲い込むように、確実に篝の身体を閉じ込めている。 ――ひどく気味が悪かった。 乱暴に扱われた方が、まだましだったかもしれない。 敵意や暴力なら、怒りに変えて拒める。 だが影月の手つきには、妙な優しさがあった。 壊れ物を扱うみたいに、あくまで大事そうに篝を抱え込んでいる。 そのクセ、指先に込められた力だけは逃げ場を一切許さない。「……離せ」 喉の奥が焼けるように熱い。 叫んだつもりでも出た声は自分でも驚くほど掠れていた。 影月はすぐ背後に立ち、篝を抱き寄せたまま、わずかに目を細める。 赤い瞳が灯火を映して、濡れたように揺れた。「そんな顔をするな」「誰のせいだっ……」 あっさり認めた声音に、怒りがさらに募る。 なのに影月は気分を害した様子もなく、寧ろその怒りすら愉しんでいるみたいだった。「だが、お前はもう俺のところへ来るべきだ」 耳元でそう囁かれた瞬間、背筋をぞわりと寒気が走った。 優しい声だった。 無理強いするような調子ではなく、さも当然のことを告げるような静かな口調。 だからこそ、なおさらおぞましい。「ふざけるな……」「ふざけていない」「私はお前のものじゃない」「今は、まだそう思っているだけだ」 その言葉に、篝は歯を食いしばった。 冷たい指先が肩口に触れる。 あやすように、宥めるように、そこを軽く撫でられただけなのに全身の毛が逆立った。 嫌悪が喉の奥までせり上がる。 やめてほしい。 触れるな。 見つめるな。 そん
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第20話 逃げ帰った夜

 森を抜け、宮守の隠れ家へ戻った頃には、空の色はすでに夕闇へ沈みかけていた。 古びた小屋の中には湿った木の匂いが染みつき、壁の隙間から差し込む光も弱い。 ようやく身を隠せる場所へ辿り着いたはずなのに、篝の胸の内には少しの安堵もなかった。 寧ろ、ここまで生きて戻ってきてしまったことそのものが灯を置いてきた事実をなおさら重く突きつけてくる。 結城が戸を閉める音がして、宮守が外の気配を確かめるように耳を澄ませる。 そんな音や仕草さえ、篝には遠く感じられた。「篝、座れ」 宮守に促され、篝は壁際へ腰を下ろした。 膝から力が抜ける。 自分では平気なつもりでも、体はとうに限界に近かったらしい。 肩の傷がずきりと疼き、そこで初めて自分が息を詰めていたことに気づく。「……傷、見せろ」 結城がしゃがみ込みながら言った。 篝は反射的に腕を引いた。「平気」「平気じゃないだろ。顔色ひどいし、肩も腫れてる」「こんなの、大したことない」 強がってみても、声に力がない。 結城は困ったように眉を寄せ、それでも無理に押しつけることはせずそっと薬箱を開いた。「大した事なくても手当てはする。動けなくなったら困るだろ」 その言い方が、妙に優しくて、篝は言い返せなかった。 黙って肩を差し出す。 傷口に布が触れた瞬間、じんと痛みが広がった。 思わず息を飲むと、結城の手が一瞬止まる。「悪い」「……別に」 消毒の痛みよりも、もっと別のものの方が胸に重かった。 灯を、また置いてきた。 その言葉が何度も頭の中で繰り返される。 あの時、灯は確かに自分を見ていた。 虚ろな中でも、ほんの一瞬だけ昔の灯に戻った。 手を伸ばせば届きそうだった。 なのに結局、自分は引き戻されて灯だけがあの場に残された。「……俺は、お前を守れなかったし」 結城が小さく呟く。 篝はそこでようやく顔を上げた。「何」「もっと俺が役に立てたらって……思ってる」「それ、お前のせいじゃない」 言葉にすると、思っていた以上に鋭い響きになった。 結城は目を丸くする。篝は唇を噛み、視線を落とした。「悪い……違うんだ。本当に、お前のせいじゃない」「でも」「助けられなかったのは、私だ」 その一言を口にした途端、胸の奥がぎゅうっと縮む。 結城は何も言わなかった。 何か言おうとした
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