LOGIN修学旅行の帰り道、めんどくさそうにしている篝(かがり)と姉大好き灯(あかり)の双子姉妹は、深い霧に包まれた村に迷い込む。そこは、「血月村(ちづきむら)」――赤い月が空に浮かぶ、呪われた村だった。 霧の中に現れた人間、宮守(みやもり)は嫌そうな顔をしつつも、生徒たちに宿を提供する。 しかし彼は言った 「夜には出歩くな」と。 その禁忌を破った生徒達が美しい双子の吸血鬼に襲われる。 この村は双子の吸血鬼に支配された呪われた村だった。 「篝、お前は俺のモノだよ」 「灯、さぁ、おいで僕の花嫁」 花嫁として選ばれた灯を助ける為、篝は双子の吸血鬼に立ち向かう。
View More(……今日もめんどくさい一日だったな……人付き合いも騒がしいのも苦手だし、修学旅行なんて疲れるだけだ)
「ねえ、篝。さっきの写真、見る?」
隣から軽やかな声が飛んでくる。双子の妹、
「……別に」
ぶっきらぼうに返すと、灯はわざとらしく頬をふくらませた。
「も〜、ほんと冷たいんだから」
「それより、シートベルトは?」 「はいはい、ちゃんとしてるよっ!」そう言いながら、灯は篝の腕にするりとしがみついてくる。
昔から変わらない距離感だった。 煩わしい――そう思うのに、離れられると妙に落ち着かない。 篝にとって、それはもう日常の一部になっていた。「ねえ、帰ったらまた一緒に映画観よ?最近サバイバルホラーにハマっててさ」
「……好きにしろ」 「ほんと? じゃあ今度は朝まで付き合ってね」 「調子に乗るな」言葉とは裏腹に、篝は灯の髪を軽くくしゃりと撫でた。
灯は満足そうに笑う。 その顔を見ると、少しだけ胸の奥が静かになる。周りがどれだけうるさくても、灯さえ機嫌よく隣にいれば、それでよかった。――その時だった。
バスが突然、ガクンと大きく揺れて止まった。
「きゃっ……」
「……?」エンジンが一度低くうなり、すぐに沈黙する。
車内の空気が不自然に止まった。 篝と灯は顔を見合わせる。「先生、どうしたんですか?」
「……わからない。運転手さん?」教師が前の座席から身を乗り出す。
運転手は何度かキーを回したが、エンジンはうんともすんとも言わない。 やがて青ざめた顔で教師を振り返った。「すまん……故障したようだ。少し待ってくれ」
たちまち車内にざわめきが広がる。
「え、マジ?」
「こんな山ん中で?」 「圏外なんだけど!」灯が不安そうに窓の外を覗いている。
山道が果てしなく続き、その両脇には木々が無言で立ち並んでいた。 空はすでに灰色がかり、陽はひどく薄い。 まだ夕方のはずなのに、もう夜の気配がにじみ始めている。「……このままだと、夜になるかもな」
「えー、せっかく篝とくっついてられると思ったのに」 「やめろ」 「でも本当に怖いかも。こういうの、ホラーの導入っぽくない?」 「縁起でもないこと言うな」そう言いながらも、篝は無意識に灯の手首をつかんでいた。
灯がきょとんとして見上げてくる。 そこで初めて、自分が強くつかみすぎていることに気づき、篝はそっと手を離した。 そんなやり取りをしているうちに、教師が決断を下す。「仕方ない。徒歩で町を目指す。道なりに進めば、どこかに出るはずだ」
「ええ〜!?」 「夕方なのに!?」 「先生、それ大丈夫なんですか?」不満と不安の入り混じった声が上がる。
だが他に手段もなく、生徒たちはしぶしぶバスを降りることになった。 篝は自分の荷物を肩にかけその上から竹刀袋を背負い直す。「今さらだけど、なんで修学旅行に竹刀持ってきたの?」
「何かあった時、振り回せるだろ」 「ほんと、剣道バカ……」 「おまえを守るくらいには使える」 「……え」 「転ぶなよって意味だ」灯は一瞬だけ目を丸くして、それから小さく笑った。
冗談めかして流したものの、篝の声は自分でも驚くほど真面目だった。 外はひんやりとしていた。 湿った落ち葉が地面に厚く積もり、踏みしめるたび、靴底の下でじっとりと沈む。 山の空気は肌にまとわりつくように冷たく、さっきまでの車内の熱気が嘘のようだった。列になって歩き始めてしばらく経った頃だった。
「ねえ……霧、濃くない?」
誰かの声に、皆の足が止まる。
いつの間にか、白い「山だからだろ」
そう笑う男子もいたが、その声はわずかに引きつっていた。
前に進むしかない。 そう頭ではわかっているのに、誰もが足を速めたがっているくせに、妙に歩幅がそろわない。 まるで道そのものが、よそ者を奥へ奥へと誘い込んでいるようだった。 ふと、篝が足を止めた。「……鳥居?」
霧の向こうに、黒ずんだ柱がぼんやりと浮かび上がっていた。
かつては朱塗りだったのだろう鳥居は、今や色褪せ、朽ち、苔に覆われている。石碑には、深く刻まれた文字があった。
――夜を迎えるな。
「『夜を迎えるな』……?」
声にした瞬間、背筋を氷の指でなぞられたような寒気が走る。
ただの警告文だ。 そう思おうとしても、文字の彫りの深さが妙に生々しくてまるで必死に刻みつけた遺言のように見えた。「なにそれ……」
「気味悪……」 「こんなの、誰が立てたんだよ」ざわめきが広がる。
そのとき、篝はふと気づいた。 灯の気配が、少し遠い。「……灯?」
振り返る。
灯はちゃんとそこにいた。 いたのに、白い霧がその輪郭を薄く溶かしていて、一瞬、別のモノに見えたのは気のせいだろうか? 篝は反射的に彼女のもとへ戻り、その手をつかむ。「篝?どうしたの」
「……いや。離れるな」 「え、なにそれぇ~珍しいなぁもう」 「いいから」自分でも、少しきつい言い方だと思った。
だが灯が見えなくなる想像をしただけで、胸の奥がざわつく。 この霧の中では、一瞬でも目を離したくなかった。 すると、前方で悲鳴が上がった。「先生、道が……!」
生徒の叫びに、全員が振り返る。
そこにあるはずだった道がなくなっていた。 バスが停まっていたはずの方角は、濃い霧に塗りつぶされ、木々の影さえ見えない。 まるで最初から、帰り道など存在しなかったかのように。「戻れない……の?」
誰かが震える声でつぶやく。
教師も運転手も言葉を失っていた。 篝は灯の手をつかんだまま、背後の霧をじっと見つめる。 その奥に、何かがいる。 はっきり見えるわけではない。 それでも確かに、こちらを見ている気配だけがあった。(まずい……このままじゃ、本当に……)
静寂があたりを包み込む。
笑い声も、話し声も、もうない。 ただ霧の向こうで、見えない『何か』だけが、ゆっくりと近づいていた。結城の叫びは、ほとんど悲鳴だった。「篝ッ!!」 その声が、深い水の底へ沈みかけていた意識を強引に引きずり上げる。 篝の指先は影月へ伸びかけたまま空中で止まり、次の瞬間、はっと我に返った。「……っ、あ……」 息が乱れる。 胸の奥まで這い上がってきていた黒い紋様が、まだ熱を持ったまま脈打っている。 痛みは消えない――むしろ意識が戻ったことで、余計にはっきりした。 肩から胸元へ、皮膚の下を何かがじわじわと侵していくような不快感。 篝は反射的にその腕を押さえた。 影月の目が、わずかに細まる。 その表情の変化はほんのわずかだった。 だが、篝にははっきりわかった。 間違いなく苛立っている。 自分へではなく、あの声を飛ばした結城へ向けて、底の深い苛立ちが滲んでいる。「……また、あの男か」 低く吐き捨てるような声。 さっきまで篝へ向けていた甘さが、ほんの一瞬だけ剥がれた。 赤い瞳の奥で、獣めいた不機嫌が鋭く光る。 外では、結城がなおも何か叫んでいた。 結界越しで言葉は途切れ途切れにしか届かない。 それでも、篝の名を呼び続けていることだけはわかる。 宮守も札を打ち込み続けているのだろう。 社全体が低く軋み、赤布が揺れ、見えない力同士がぶつかり合う気配がしていた。「篝に触れるなと言ったはずだ」 影月が静かに呟く。 それは結城へ向けた言葉でありながら、同時に篝の耳元へ落とされた呪いみたいでもあった。 篝は苦しげに呼吸を整えようとする。 正気へ戻った、戻ったはずだ。 なのに、身体の奥へ入り込んだ熱と痺れは消えない。 影月の声も、さっきよりさらに深く残っている。 夢の残響なんかではない。今この場で直接、意識の内側へ流し込まれている。 影月は再び篝へ視線を戻した。 先ほどの苛立ちは、すでに表面から消えている。 穏やかですらある――だが、その静けさがかえって恐ろしかった。「……まだ、折れないか」「誰が……」「そう言いながら、さっきは手を伸ばしただろう?」 その一言が、篝の喉を締めつけた。 否定したい。 したいのに、指先がほんの一瞬でも影月へ向いた事実が、声を奪う。「違う……!」「違わないぞ?」 影月は篝の顎へ指を添える。 冷たい。 冷たいのに、その冷たさが火照った皮膚へ触れた途端、身体の奥の痛みがわずか
笑い声が、社の奥でひどく静かに響いた。 それを合図にしたように、空気が変わる。「……っ!」 篝が聖刀へ手をかけた瞬間、床に貼られた札が一斉に赤く燃え上がった。 火ではない――けれど火に似たものが走り、畳の上に複雑な紋を描く。 社全体が生き物のように脈打ち、壁も床も、天井から垂れた布も全てが一斉に篝へ牙を剥いた。「篝っ!」 結城の叫びが飛ぶ。 宮守が札を投げるが、白い紙片は途中で見えない壁に弾かれ、空中で焼け落ちた。 これは、結界だ。 しかも前とは比べものにならないほど濃い。 篝は反射的に灯へ駆け寄ろうとした。だが足元から黒い靄が這い上がり、足首へ絡みつく。 冷たくぬめるような感触に全身が総毛立つ。 振り払おうと身を捩ったその瞬間、背後から伸びてきた腕に腰を強く引かれた。「――捕まえた」 耳元で落ちた声に、心臓がひやりと縮む。 影月が、こちらに目を向けていた。 気配もなく背後へ回り込まれていた。 篝が振り返るより早く、影月の腕は完全に篝を囲い込み、逃げ道を塞ぐ。 乱暴に締め上げるわけではない。 けれど、一度捕らえたものを二度と離すつもりはないという静かな強さが骨の奥まで食い込んでくる。「放せッ!」「嫌だ」 低く囁く声は、奇妙なほど穏やかだった。 それが余計に恐ろしい。 社の奥で、紅月が楽しげに笑う気配がする。 灯は祭壇の前で揺れるみたいに座ったまま、こちらを見ていた。 さっきまで見せていた柔らかな笑みは薄れ、代わりに苦しげな揺らぎが瞳の奥に浮かんでいる。「篝!くそ、離れろ!」 結城が結界へ体当たりする。 鈍い音とともに弾き返され、地面へ膝をつく。 宮守も即座に札を打ち込むが、今度は社全体がそれを拒むように低く唸った。「駄目だ、分断された……!」 宮守の声が苦く沈
社へ足を踏み入れた瞬間、篝は息を止めた。 前に来たときと同じはずの場所なのに、空気の質が違う。 赤い布、揺れる灯火、壁を埋める札、床板に染み込んだ古い匂い――どれも見覚えがあるのに、今夜はそれらが妙に整いすぎて見えた。 まるで誰かのために、丁寧に舞台が用意されたみたいに。 ――その中央に、灯はいた。 花嫁衣装をまとい、祭壇の前に静かに座している。 白い衣は灯火を受けて薄く紅を溶かし、黒い髪が肩口に滑り落ちていた。 指先は膝の上で綺麗に重ねられ、背筋はすっと伸びている。 その姿だけ見れば、ひどく整っていて、ひどく穏やかだった。 穏やかすぎて、逆におかしい。「……灯」 篝の声が、思ったより小さく出た。 胸の奥で心臓が痛いほど脈打つ。 ようやく会えたはずなのに、喜びより先に背筋へ冷たいものが走っていた。 灯はゆっくりと顔を上げる。 その動作には、前に見たようなぎこちなさがなかった。 まるで夢の底から引き上げられかけているような危うさもない。 ただ静かに、滑らかに、篝の方へ視線を向ける。 そして――微笑んだ。「――篝お姉ちゃん」 その呼び方に、篝の足が止まる。 懐かしい声。 懐かしいはずなのに、どこか薄い膜を一枚挟んで聞いているような違和感がある。 抑揚はある、ちゃんと灯の声だ。 けれど、そこに灯そのものの熱がない。 まるでよくできた人形が、覚えた台詞を綺麗に口にしたみたいだった。 灯は小さく首を傾げる。「来てくれたんだね」「……灯」「うれしい」 笑顔は柔らかい。 だが、その柔らかさが篝にはひどく不気味に思えた。 灯はこんなふうに静かに笑う子ではない。 もっと無遠慮で、もっと感情が顔に出る。 嬉しいなら嬉しいで、駆け寄ってきて腕にしがみつくくらいの子だ。 今、目の
夜は、まるで最初から待っていたみたいに森へ降りてくる。 日が落ちるのを待っていたのではない。 寧ろ陽が沈んだ瞬間から、こちらがようやくあちらの時間へ足を踏み入れるのだと気づかされるような夜だった。 木々の隙間に沈んだ闇は深く、風さえどこか湿り気を帯びている。 宮守の隠れ家を出た時、篝は無意識に一度だけ背後を振り返った。 戻る場所を確かめたかったのか、それとも、今夜を越えられない予感を振り払いたかったのか、自分でもわからなかった。「行くぞ」 宮守の低い声が、夜気を裂く。 篝は短く息を吸い、頷いた。 隣では結城が黙って歩調を合わせる。 腰には札と縄、簡素な刃物。 戦う力は篝ほどない。 それでも、今夜ここへいるという意思だけは、誰よりも固かった。 三人は森の奥へ進んだ。 足元の落ち葉は湿り、踏むたびに鈍い音を返す。 前回、灯を取り戻せなかった夜と同じ道のはずなのに、今夜の森はまるで別の場所みたいだった。 木々の影が濃い。 遠くで鳴く鳥の声も、途中で首を絞められたみたいに不自然に途切れる。 篝は聖刀を抱えるように持ちながら歩いていた。 鞘の中の刃は相変わらず沈黙している。 だが重みだけは確かだった。 灯を助けるために必要なもの。 双子を断ち切るために必要なもの。 そして、自分の中の何かとも向き合わなければ抜けないもの。 今夜の目的ははっきりしていた――灯を取り戻し、そして儀式そのものを壊す。 もう一度だけではない。今度こそ終わらせる。「――ここから先は、声を落とせ」 宮守が足を止めずに言う。 その手には、すでに数枚の札が挟まれていた。 白い紙は夜の中で妙に浮いて見える。「社の周りには前より濃い結界が張られているはずだ。私はそれを崩す」「俺は?」「篝の補助だ。それと、無理に前へ出るな……お前の役目は篝が踏み込む道を切らさぬことだ」「……わかった」 結城の返答は短い。 けれど、その声に怯えはあっても迷いはなかった。 篝は前を見たまま、指先へ少しだけ力を込める。 影月と向き合わなければならない、避けては通れない。 あの男はおそらく、今夜も篝を待っている。 拒絶されるたびに喜ぶような、あの壊れた執着を胸に抱えたまま。 思い出したくもないのに、夜になると影月の声はひどく近くなる。 ――俺のところへ来
翌朝、篝が目を覚ました時にはすでに結城の姿は小屋の外にあった。 戸口の隙間から差し込む朝の光は弱く、森の底に溜まった冷気を押しのけるほどの力はない。 けれど、それでも夜の名残を少しだけ薄めてくれる。 篝は重い身体を起こし、昨日の夜に影月と交わした言葉を思い出しながら無意識に唇を噛んだ。 頭の奥にはまだ、あの赤い瞳と、静かに歪んだ笑みが残っている。 気を抜けば、今にも耳元で囁かれそうだった。 篝はそれを振り払うように息を吐き、外へ出た。 小屋の前では、結城が札を束ねる宮守のそばで何やら話し込んでいた。
昼の光は弱かった。 木々の隙間から落ちてくるそれは薄く白んでいて、森の奥へ届く頃にはほとんど色を失っている。 宮守の隠れ家の周囲だけが、かろうじて昼であることを思い出させていた。 夜の間に張りつめていた空気も、今は少しだけ緩んでいる。 けれど篝の胸の内は、少しも落ち着いてはいなかった。 灯の腕に浮かんだ紋様。 自分の肌にまで現れ始めた黒い線。 そして耳元へ残る影月の声。 考えることが増えるたびに一つのことしか考えられなくなっていく。 灯を助けなければならない。それだけだっ
その夜、篝はひとりで外へ出た。 宮守の隠れ家から少し離れた林の縁には、細い月の光がひっそりと落ちている。 昼間のうちは曖昧に押し込めていられた考えも、夜になると輪郭を持って浮かび上がってくる。 木々のあいだから吹き込む風は冷たく、湿った土の匂いがする。 けれど篝の胸の内側には、それよりもっと重く、逃げ場のないものが沈んでいた。 灯のことを考えない時間など、もうなかった。 今ごろ、あの子はどこにいるのだろう。 紅月のそばで、花嫁衣装のまま、あの虚ろな目をしているのだろうか。 それともほんの一瞬
社を出たあとも、篝の胸には香奈子の帳面に残されていた文字が重く沈んでいた。 あれは記録であると同時に、警告でもあったのだと理解した。 正気を保ったまま花嫁に選ばれ、少しずつ削られ、最後には自分が誰かも曖昧になっていく。 その過程があまりにも生々しくて、頁を閉じたあとも指先に冷たい感触が残っている気がした。 森の奥へ戻る途中、宮守は一度も振り返らなかった。 結城もまた黙ってついてきている。 枯葉を踏む音だけが、妙に大きく響いた。 昼のはずなのに空は薄曇りで、木々の隙間から落ちる光は白く、頼りない。